第184の扉 感情の名前と涙の意味
「お前は誰だ? 敵か?」
「……」
太陽は俯いて沈黙したまま。彼の拳には力が入っているような気もする。その表情が苦しそうに見えるのは気のせいか。
目の前の少年は敵なのだろうか。そして、もし少年が太陽でないのなら、本物の太陽はどこに行ったのだろう。彼の目的は何だろう。
「お取込み中失礼するよ」
翼たちが考え込んでいると、真っ黒な扉が出現。その中からは京也とフードを被った少女が。彼らの姿を捕らえた途端、太陽が慌てだした。
「京也帰れ。今すぐに」
「来たばっかりじゃん。そんなこと言うなよ」
太陽はひどく焦っているのだが、京也は涼しい顔をしている。しかし、京也の表情からほんの少し悲しみの感情を読み取れた。その意味は何だろう。
翼たちが考え込んでいると、京也がおもむろにその手を太陽へと向ける。そして……
「今日が誕生日みたいなもんだよな。俺からのプレゼントだよ、おめでとう」
「!?」
京也が手のひらから真っ黒な煙を噴出させる。避ける間もなく、煙の中に太陽が埋もれてしまった。
「太陽!」
「桜木さん、ダメだよ!」
「相原くん離して! 太陽が! 太陽が!」
風花が飛び出そうとするも、翼が抱え込んで食い止める。しかし、風花はかなり興奮状態。不安だった感情に加えて、京也の出現と謎のこの状況。彼女の心は不安で崩壊寸前だろう。
「どうなってるの……」
翼は風花を止めたものの、全く状況を理解できない。太陽の異変を作ったのは京也なのか。京也は太陽に何をしたのだろう。
「ケホッ、コホッ」
翼たちが混乱する中、煙の中から太陽の姿が現れる。しかし……
「黒、色?」
煙から姿を現した太陽の髪は真っ黒。普段は風花と同じく真っ白の髪をしている彼だが、今は一変して真っ黒の髪になっていた。
「んぅ、……痛、い」
黒色になった太陽を見た瞬間、風花が頭痛に苦しみだした。相当痛むようで立っていることさえもままならず、座り込んでしまう。
その様子を横目に京也が風花へ話を振った。
「風花、覚えてないか?」
「おい、京也!」
京也の言葉を、太陽が真っ青になって止めようと動く。彼の口を塞ごうと手を伸ばした。
「風花に何も言うな!」
「はいはい、うるさい」
しかし、京也は太陽の伸ばしてきた手をパシッと掴み、そのまま床に押し倒した。体重をかけて彼の上に乗っかり、完全に身体を拘束。
「よいしょっと」
「おい、京也! 離せ!」
「やだ」
太陽がモゾモゾ動くも、京也の拘束は緩まない。
「さてと……」
そして、いまだ頭を押さえている風花に、京也がギロリと視線を投げた。何か攻撃を仕掛けるつもりなのか、と翼たちが身構えるも
「風花。こいつは、月だよ」
京也は悲し気に言葉を紡いだだけ。その声にいつもの鋭さはなく、ひどく寂しい雰囲気を含んでいた。その感情の理由は何だろう。
「つ、き……?」
京也の言葉を聞いた瞬間、風花の瞳が涙で溢れ、ポロポロと頬を伝った。しかし、彼女は自分が泣いている意味が分からないようで、ただ流れている涙を見ることしかできない。
「太陽くんじゃ、ないの……」
「どういうことだ?」
そして、翼たちの混乱は加速していく。京也は目の前の少年を『月』と言った。彼はなぜ太陽とうり二つの見た目をしているのだろう。なぜ太陽になり替わって自分たちを騙そうとしていたのだろう。そして、太陽はどこに行ったのだろう。
翼の背中に嫌な汗が流れ落ちる。先ほど自分が想像してしまった嫌な予感が、当たりそうな気がしてきた。太陽はどこか遠くに行ってしまいそうな気がする、という嫌な予感が。
「ぁ、ぁ……うぁ」
「桜木さん!?」
翼たちが考え込んでいると、突然風花の頭痛が増した。眉間にシワを寄せて、苦しそうにうずくまっている。ポロポロと涙を流しながら、彼女の苦痛は止まらない。何が起こっているのだろう。
「全部思い出したか、風花?」
「あ゛ぁぁ、んぅ」
「まだか……」
京也が問いかけるもそれさえ答えられないようで、風花は苦しそう。京也の言葉を聞く限り、風花の頭痛と太陽の変化は、心の器の封印関係のことなのだろうか。
「おい、京也、やめろ! 思い出させるな!」
風花が苦しむ中、京也の下で月が暴れる。しかし、そんな二人の様子に動じず、京也は再び口を開いた。
「よく一緒に遊んでいたな? 太陽も、月も一緒に」
「あそん、だ?」
「桜の木に登って怒られたこともあったな」
「ん……?」
「お前の横に居ただろう?」
「だ、れ?」
風花は苦しみながら、京也と月を見つめる。頭に白色の靄がかかって、なかなか答えが見えてこないのだ。しかし……
「太陽、の中に、いる?」
「よくできました」
ポツリと呟かれた風花の解答に、京也は満足そうに微笑む。風花が白い靄の中から、真相のヒントを掴み始めたらしい。
「こいつらは二人で一つだった」
京也は風花の靄を晴らすため、言葉を続けていく。
太陽と月。この二人は同一人物だけれど、違う人格。つまり二重人格である。普段は太陽が自分の中に月の人格を封印しているため、月が表に出てくることはまずないらしい。しかし……
「風花、これなーんだ?」
京也はポケットの中から一つの瓶を取り出した。そこには真っ黒なおどろおどろしい液体が。風花はその液体の正体が分からないのだろう。ただ首を傾げるのみ。
「おい、きょう、むぐ!?」
「お前は黙ってろ」
液体を見て何かを察した月が、京也に何か言おうとするも、口を塞がれてしまい、なす術がない。そして、京也は月に悲しげな視線を向けると、そのまま口を開いた。
「太陽を殺した」
京也から飛び出したひどく残酷な言葉に、全員が驚きの目を京也に注ぐ。彼はその視線を涼しい顔をして受け取った。
そして、風花が京也に縋りつくように言葉を紡ぐ。
「京也くん、なに、言って……」
「太陽は消えた。死んだって言ったんだ」
「う、そ」
「嘘じゃないよ。死んだ、俺が殺した」
京也が手に持っているのは、昨晩太陽に注入した液体。これは魔の部分を強くする作用を持つ物である。
太陽の身体の中には、太陽の持つ聖の魔力と、月の持つ魔の魔力が混在している状態だった。しかし、京也が薬を注入したことにより、その均衡が崩れ、魔が全てを飲み込んだ。それと共に太陽の人格が消滅。そして、封印が解かれて月が表に出てきた。
「太陽くんが、死んだ……」
翼は京也の言葉に驚きを隠せない。しかし、彼の言葉で全ての謎が解けてしまった。
月が太陽と同じ容姿をしている理由。京也と敵対している理由。必死に太陽に成りすまそうとした理由。
これら全てに説明がついてしまった。つまり、京也の言っていることが事実だということになる。
「たぃよぅ、たいよぅ」
「居ないよ、死んだ」
「あぁぁぁ、太、陽。やだぁ」
風花は床に崩れ落ちて、ポロポロと涙を流している。今までずっと一緒に居てくれた太陽がもう居ない。しかも、彼を殺したのは幼馴染である京也。風花はもう精神崩壊寸前である。しかし……
「太陽はもう居ない。戻ってこない」
「ぁ、ぁ……」
「術はもう解けたよ、思い出せるはずだ」
「んぅ……」
泣き崩れている風花に、京也は全く容赦しない。彼女の封印の中の答えを掴ませようと、冷酷な仮面を貼り付けたまま、彼女に現実を突きつける。
風花の記憶を思い出さないように封じ込めた、太陽の封印。彼が死んだことで、その術が消えたのだろうか。そして、京也は封印を解くために太陽を殺したのか。
「風花、ちゃんと考えろ。お前はもう答えを知っている」
「たぃよう、たいよう」
「だから、居ないんだって。死んだの。お前を守ってくれるあいつは、もう居ない」
「んぅ、やだ、やだやだやだ」
「やだって言っても、死んだから帰って来れないよ。死者を生き返らせることは、誰にもできない」
「あぁぁぁぁ」
京也の突き付ける現実により、風花の頭の中の霧が徐々に晴れていく。そして、彼女の手が答えを掴もうと動いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます