第183の扉 正反対
「もうすぐテスト週間ですね。みなさん、しっかり準備しておいてください」
西野の発言を聞き、教室中のテンションが下がった。学生たちにとって避けては通れない道。テスト週間がついにやってくる。
優一やうららなど、成績上位陣は特に問題はないのだろうが、
「テスト週間、だ、と……」
「何それ美味しいのぉ」
補修常連組である彬人や颯は真面目にやらなければ、赤点は回避できないだろう。彼らが絶望にさいなまれる中、西野の授業が始まっていった。
_______________
「三人ともありがとね。ちょっと待ってね、今片付けるから」
放課後、翼、優一、うららの三人で太陽の様子を見に行こうということになった。三人の準備が整う中、風花がバタバタと鞄の中に教科書を片付けている。
「心配だよね」
「疲れが溜まっているのでしょうか」
「桜木の飯を食い続けた代償じゃねーのか」
翼とうららが真面目に心配する中、優一が失礼な発言を繰り出している。小さな声で呟いたので、帰り支度に夢中の風花には届かない。
「ぐっ……神崎、痛い」
「何か?」
「いえ……」
しかし、うらら様は耳がいいようだ。優一の足をグリッと踏みつぶしている。優一が文句を言うも、ニコリと黒い笑顔で微笑まれ、黙るしかなかった。
「ただいま」
「「「こんにちは」」」
「っげ……お帰りなさいませ」
風花たちが帰宅すると、いつも通り燕尾服に身を包んだ太陽が迎えてくれた。胸元のネクタイがぐちゃぐちゃになっているのは気のせいだろうか。そして、優一とうららの顔を見て、変な声を出したような気もする。
「何か変だな」
「そうですわね」
流石はツートップ。太陽の違和感に早速気がついたようだ。疑いの目線を太陽に注いでいる。
「さぁ、みなさん、お疲れでしょう。ゆっくりしてくださいね」
太陽は冷汗をかき、ぎこちない笑顔を浮かべながらキッチンへと消えていった。やはり今日の彼は普段とは様子が違う。
「太陽手伝うよ」
「あ、僕も行く」
お茶の準備をしている太陽の背中を、風花と翼が手伝いに追った。
「どう思う?」
「悪い感じはしませんが、妙な胸騒ぎがしますわね」
残された優一とうららは難しい顔をしながら、彼らの背中を見送る。
朝風花が零した言葉「黒」。しかし、今の太陽の髪の毛はいつも通りの真っ白。黒色の部分は見当たらない。
そして太陽が隠している隠し事。彼はまだ自分たちにもその真相を打ち明けてくれないが、推測が正しければ、風花が朝漏らした『黒』という言葉にヒントが存在する。
「少し様子を見るかな」
「ですわね」
優一とうららが警戒を高める中、キッチンでは……
「えっと、あいつはコーヒーがダメだから、こっちで。他の奴らは何だっけ……これか?」
太陽が小声でブツブツ言いながら、全員分のお茶とお菓子を準備していた。彼の動作は何だか不安定で危なっかしい。今にでもコップを落として割ってしまうのではないか。そんな彼の元に風花と翼が。
「太陽くん、手伝うよ」
「……ありがとう、ございます」
カチカチと危うい動作の太陽から、翼がスッとお盆を受け取った。翼の後ろでは風花が心配そうな目線を向けている。
「太陽」
「あ? じゃない、何でございましょうか? 姫様」
「調子悪いの?」
「別に、あ、じゃなくて、大丈夫でございます」
明らかにおかしい。いつも丁寧に結ばれているネクタイは曲がっているし、時折口調が乱れているし、笑顔がぎこちないし、目つきが悪いし、歩く時がに股で歩いている。普段と異なる部分を上げるとキリがない。ただ単に体調不良ということではない気がする。一体何があったのだろうか。
「お待たせしました」
翼と風花が考え込んでいると、不安定な動作でお盆を運んでいく太陽。そして、また不安定な動作で優一たちの前にコップを置いている。
「変だと思うの」
「ソンナコトハゴザイマセン」
風花が心配の視線を向けながら、太陽の隣にボフンと座る。純粋な瞳に撃ち抜かれて、太陽から冷汗が止まらない。心なしか顔も引きつっている気がする。
普段の彼なら、風花に見つめられればにこやかに微笑んで、頭を撫でそうなのに、今の彼は手汗が半端ない。どうしたのだろうか。
「太陽、ちょっと来い」
太陽の限界が近い中、優一が鋭い視線を向けて彼を呼んだ。うららも引き連れてリビングを後にする。
「どうしたんだろう。おかしいよね」
「そうだね」
三人の背中を見ながら風花が呟く。風花は余程太陽のことが心配なのだろう。唇をギュッと噛んで、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
「きっと大丈夫だよ」
翼は彼女が安心できるように、風花の近くに座って背中をさする。
太陽は風の国の大臣兼風花の従者。彼女たちは幼い頃から生活を共にしてきた。太陽の母親である
風花と太陽の年齢は3歳差。お互い年の近い兄妹という感覚なのだろう。そんな太陽の今まで見たこともない変化。風花が不安になるのは仕方がない。
「大丈夫、きっと」
翼は風花に優しく声をかけながら、自分にも言い聞かせていた。
文化祭のカフェで起こった太陽の暴走事件。結局真相は闇の中。しかし、あの時の彼らからは普段の優しい雰囲気を微塵も感じなかった。
何だか嫌な胸騒ぎがする。太陽がどこか遠くへ行ってしまうような、そんな嫌な胸騒。そして……
ガッシャーン
翼の予感を加速させるように、キッチンから嫌な音が響き渡った。
「え、何?」
「太陽!」
音を聞いた途端、風花がキッチンへと飛び出した。一歩遅れた翼も素早く彼女の後を追う。そしてキッチンに入ると……
「翼、桜木を守れ」
優一とうららが太陽に杖を向けていた。彼らの態度は真剣そのもの。切羽詰まっている様子さえも感じる。翼は素早く自分の後ろに風花を隠した。
「お前誰だ、太陽じゃないな」
優一が太陽から視線をそらさず、鋭く言葉を発する。彼の言葉を聞いて、太陽の肩がピクリと震えた。
時は少し遡る。
「太陽、どうした?」
「体調がすぐれないのですか?」
リビングを抜けた優一とうららが、太陽に問いかける。今日の彼は明らかにおかしい。服はぐちゃぐちゃ、所作も不安定。笑顔がぎこちなく、目つきが悪い。普段の太陽とはまるで正反対。
「大丈夫でございます。何でもありませんよ」
それでも太陽は必死に隠しこもうとしている。頑なに口を閉ざす彼には、二人からため息が漏れた。恐らく彼のこの変化は、自分たちにも内緒にしている、風花の封印関係のことだろう。
「まぁまぁ、太陽くん。そろそろ話したらどうかね」
何度か逃げられてきたものの、こうなってはもう逃がさない。優一は彼に体重をかけて、その肩を組んだ。
「俺らはもう覚悟できてる」
「……」
「話してくれないか?」
「……」
「なぁ、太陽」
「っち、うるさいな」
「「!?」」
彼の舌打ちと共に、乱暴な言葉が飛び出した。そして、太陽の身体から真っ黒な禍々しい魔力が漏れだす。その衝撃でテーブルに置いてあったコップが嫌な音を立てて、砕け散った。
「どういうことだ……」
「太陽さんの魔力ではありませんわね」
驚いた優一とうららが杖を構えて、すぐに距離を取る。キッチンを異様な空気が包む中、二人は目の前の太陽とは別の存在を感じていた。まるでそこに京也がいるのではないかと、錯覚すら覚える。それほどまで今の彼は不気味で冷酷で、禍々しい気配を漂わせていた。
そして、音に反応して翼と風花がやってきて、先ほどの場面へと戻る訳である。
「お前は誰だ? 敵か?」
杖を向けた優一の言葉が太陽を貫く。そして風花がやってきたと同時に、先ほどまで漂っていた黒い物は太陽の中へしまわれていった。やはり彼は黒の変化を風花に見せたくないのだろう。
「たいよぅ?」
「桜木さん、僕の後ろに居て」
翼の背中から心配そうな風花が顔を出すも、彼がそれを押し込めた。優一たちの言う通り、今の彼が太陽でないのなら、狙いが風花である可能性が高い。
「……」
太陽は俯いて沈黙したまま。彼の拳には力が入っているような気もする。そして、その表情が苦しそうに見えるのは気のせいか。
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