第182の扉 絶望の足音
「入りますよー」
風花は小声で呼びかけて、太陽の部屋の扉を開ける。すると、中はカーテンが閉められており、電気もついていない。真っ暗だった。そして、ベッドの上には布団にくるまっている彼の姿が。
「寝てるのかな」
風花がゆっくりと近づいていくと、太陽はスヤスヤと穏やかな息を響かせて眠っていた。呼吸と同時にその胸が上下している。
「珍しいこともあるんだねぇ」
風花は優しく彼の髪を撫でる。風花と太陽は付き合いが長いが、寝坊している所を初めて見た。彼はいつも時間に正確。ぴっちり、ちゃっかりなのだ。
「昨日楽しかったもんねー」
昨日は文化祭。風花も初めての出来事だったが、太陽にとっても初めての出来事だった。その疲れが出たのだろうか。それならこのまま寝せておいた方がいいだろう。そう思い、彼女が部屋を後にしようとした時……
「のぁ!?」
後ろからいきなり腕を引っ張られ、バランスを崩す。そのまま太陽の布団の中に倒れ込んでしまった。
「んー?」
風花は何が起きたのか状況が理解できなかったが、目の前には太陽の寝顔。そして、腰には彼の腕、足は太陽の両膝がばっちり拘束している。さながら抱き枕状態だ。風花は身動きが取れない。
「困ったねー」
のんきに布団の中で呟いているが、このままでは風花は学校に遅刻してしまう。しかし、動くと気持ちよさそうに眠っている太陽を起こしてしまうだろう。どうしたものか、と彼のぬくもりを楽しみながら考えていると、太陽の髪に異変を感じた。
「黒色?」
太陽の髪は風花と同じく真っ白なのだが、一束だけ黒い部分がある。部屋が暗いため見間違いだろうか。風花がもっとよく見ようともぞもぞしていた時、ぱちりと彼の目が開いた。
「あ、太陽起きた」
「……」
「おはよう!」
太陽は寝ぼけているのだろうか、トロンとした表情で自分の腕の中に納まっている風花を眺めていた。しかし……
「@#“!?>¥!!!」
突然声にならない悲鳴を上げて、すぐにベッドから飛び起きる。
「ひひひひひ、ひ、めさま!? なぜ、ここに?」
「太陽が起きてこないから、起こしに来たの。そうしたら布団に引き込まれた」
「@#“!?>¥???」
風花の発言に太陽がまた声にならない悲鳴を上げる。そして、みるみる顔が真っ青に。
「ひめさま、おおお怪我は? 何か変なことされませんでしたか? 大丈夫ですか?」
「んー? 何もなかったよ。お布団暖かくて気持ちかったー」
風花は余程気持ち良いのだろう。ニコニコ笑顔でまだ布団の中にいる。
太陽は自分が寝ている間に、何か粗相を働いたのでは、と焦ったが何もなかったようだ。風花の様子にホッと胸を撫で下ろす。
「寝坊するの珍しいね。昨日遅かった?」
「申し訳ございません。いつも通りに休んだはずなのですが……」
太陽はいまだバクバクといっている胸に手を当てながら、風花に謝罪する。特に夜更かしをした覚えは彼にはない。
「疲れが溜まっていたのでしょうか……」
昨日は確か、ソファで力尽きた風花をベッドに運んで、その後すぐに自分も休んだはずである。特に変わったことはなかったのに、どうして寝坊してしまったのだろう。
「あっ! 朝ご飯冷めちゃう。準備できたらおいでね」
「……すぐに参ります」
太陽が考え込んでいると、風花がパタパタと部屋を出て行った。疑問に感じながらも、やはり答えが出ない。
悩んでいても仕方がないので、気持ちを切り替えて、身支度を整えようとしたのだが……
「え」
太陽は鏡に映る自分の顔に戸惑いの声をあげる。彼の白色の髪の中に一束だけ黒い部分があるのだ。先ほど風花が発見したものだろう。
その存在を確認すると同時に、額に汗が滲み、顔がみるみる真っ青に。そして……
「いっ!?」
突然の胸痛が発生し、胸を押さえてしゃがみこむ。心臓を握りつぶされているような痛みで、立っていることさえままならない。
「どうして……魔法も使っていないのに……」
太陽の混乱が続く中、身体からはブワッと真っ黒な物が噴き出し、徐々に太陽全体を包み込んでいった。息が乱れ、胸の痛みも治まらない。
「太陽ー?」
太陽が痛みに苦しんでいると、リビングから風花の声がする。なかなか出てこないので、心配になったようだ。階段を上って、徐々に近づいてくる足音が聞こえる。
「この姿を、姫に、見せるわけには……」
胸痛は収まらないし、身体を包む黒い物も消える気配がない。太陽には今の姿を彼女に見せられない理由があるのだ。風花がこの部屋にやってくるのはかなり不味い。
「ふぅ……」
太陽は痛みを堪えて、呼吸を整える。そして、声が不自然にならないように言葉を紡いだ。
「大丈夫です。姫は学校に行ってください。遅れますよ」
「あぁ!? もうこんな時間! 大変、大変!」
「行ってらっしゃいまし」
風花の足音が徐々に遠ざかっていき、パタンと玄関の扉が閉まる音がする。どうやら学校へ向かってくれたようだ。
「よ、かった……はぁ、ぅ」
安心していた太陽だが、胸の痛みは治まらない。そして、身体から噴き出てくる黒い物が徐々に彼の姿を覆い尽くし、そのまま意識を飛ばした。
「ギリギリセーフ!」
「あ、桜木さんおはよう」
「相原くん、おはよう!」
猛ダッシュして登校した風花が、何とか滑り込みセーフ。授業開始まで10分という所で遅刻を免れた。
「寝坊か?」
「珍しいですわね」
「違うの、違うの! 太陽が変だったんだよ」
風花が教室に着くと、翼、優一、うららが話しかけてくれる。風花は三人に朝の太陽のことについて興奮気味に話し出した。
「あのね! 起こしに行ったら、布団の中に引き込まれてね!」
「「!?」」
「そのまま太陽に抱かれたの!」
「ぐはっ……」
『抱かれた』発言を聞き、翼が吐血。しかし風花はその様子には気がつかずに、話を進めていく。
「太陽ね、(寝顔が)すごく気持ちよさそうで」
「ぐ……」
「私も(布団が)気持ち良かったから」
「あぁ……」
「そのまま抱かれたの!」
「桜木、もうやめてあげて。翼が瀕死だからさ……」
優一が指さす先には、血を吐いて倒れている翼が。風花が言葉を省略して話すので、かなりのダメージを食らってしまったようだ。
「相原くん、どうしたの?」
風花は翼瀕死の意味が理解できず、キョトンと首を傾げていた。優一は笑いをかみ殺しながら、風花の頭をポンポンと撫でる。
「桜木、言葉はちゃんと使おうな」
風花は優一の言っている意味も理解できず、ますます首を傾げていた。風花は言葉の肝心な部分を省略する習性があるのだ。今後治していかないと、また翼が吐血しそうである。
「あ! 違うの! あのね、あのね!」
しかし、風花はすぐに気を取り直し、また興奮気味に言葉を紡ぐ。
「太陽の髪の中に黒色の部分があったの!」
「「黒?」」
風花の発言に優一とうららが声を揃える。文化祭で太陽が黒色の物に包まれていたが、それと何か関係があるのだろうか。
そして、太陽の隠し事。二人は一つの結論にたどり着いているのだが、それとも関係がありそうだ。優一とうららの顔が曇った。
「授業始めますよ」
考え込んでいると、担任の西野が入ってきて授業スタート。
「おい、翼。そろそろ復活しろよ」
「ふぇ……」
いまだ吐血していた翼は、フラフラと自分の席へと戻っていった。
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