第185の扉 掴んで離さない
「死んだ、俺が殺した。太陽はもう居ない」
「あぁぁぁ」
風花が泣き崩れる中、京也は残酷な言葉をかけ続ける。彼女の頭の中の白い霧が徐々に晴れ始め、風花の手が真実を掴もうと動いた。
「いい加減にしてください、京也さん」
しかしその瞬間、心臓を握られているような恐怖が京也を襲い、慌ててその発生源から遠ざかる。
「あーあ、完全復活?」
京也がため息をつきながら、目を向けると、ゆらりと不気味に黒い物を漂わせている彼の姿が。
先ほどまで京也に押さえつけられていたものの、彼の中にある威圧で撃退。鋭く目を光らせて睨み付けた。
「原液を薄めて持ってきましたね?」
「あれれー? おかしいなー。間違えてしまったのかなぁー」
彼の身体から真っ黒な物が吹き出して黒い髪が不気味に宙を舞う中、白々しく棒読みの台詞を読み上げる京也。どうやら本当に薄めた状態で注入したらしい。そのため、太陽の人格は完全には消えなかった。
「全く、あなたは本当に恐ろしいですね」
黒色の物が身体から抜けきると、目付きの悪さもなくなり、くりくりお目めの太陽が復活。髪の毛も黒色から白色に戻った。
「助かりましたけど、董魔さんには何と報告するのです?」
「容量間違えたよ、ごめんね。てへっ」
「……キャラが変わっていませんか」
京也の返答に頭を抱える太陽。京也は無邪気にてへぺろしている。京也も二重人格だろうか。太陽は開いた口が塞がらない。そんな中……
「たぃ、よぅ?」
泣いている風花の声が響いた。彼女の声により、話し合いが中断。太陽が温かく微笑みながら風花を包み込む。
「姫様、ご心配をおかけしました」
「うぅ、太、陽。たぃよぅ、たぃよぅ」
風花は泣きながら、彼の腕の中に収まった。太陽の服に風花の涙の跡がついていく。太陽は風花の頭を撫でながら、京也をジトッと睨んだ。
「あなたのせいですよ、京也さん。姫を脅すようなことをするから」
「ショック療法だって。ごめんね、てへっ」
「いい加減にしないと殴り飛ばしますよ!」
「あぁぁ、ごめんなさいごめんなさい。真面目にやる、今のお前の拳は洒落にならないからやめてぇ」
無邪気にてへぺろしていた京也だが、太陽の拳が怖いようだ。舌をしまって真面目な顔に戻った。
「たぃよう、たぃよう、グスン」
「ここにおりますよ、姫様」
「ごめんな、風花」
泣き続ける風花を太陽が優しく抱きしめて、京也が謝りながら頭を撫でる。京也は太陽が死んだと思わせることで、風花に自力で封印を解かせそうとしたのだろうか。しかし、その途中で太陽が起きて失敗。風花の封印はまだ継続中。
太陽は死んでおらず、きちんと無事に戻ってきた。京也も本気で彼を殺す気がなかったのだろう。これで一件落着、元通り……
「おい」
と、なるはずがない。優一の鋭い声が響き、太陽と京也がビクリと肩を揺らす。
「何で勝手に仲良くなってるんだ」
「どういうことか、説明してくださいますわよね?」
苦笑いしている翼の隣に、真っ黒のオーラを纏っている優一とうららの姿が。コロコロと状況が変化し、置いてけぼりになってしまっていた彼らだが、いつまでもそのままという訳にはいかない。鋭い視線と威圧を二人に向けた。
「よし、俺は帰る! じゃあな!」
「あ! 自分だけ逃げないでください!」
京也がいち早くローブの少女を連れて、離脱。真っ黒な禍々しい扉がパタンと閉じられた。そして、残されたのは……
「太陽」「太陽さん」
「あの、えっとぉ……」
風花に抱きつかれたままの太陽。優一とうららが詰め寄ってくるので、太陽から汗が止まらない。
「はい、チーンしてください」
風花の涙が落ち着き、太陽が彼女の顔を整える。しかし、風花はまだ不安なようで、太陽の服を掴んで離そうとしない。京也が去ってからも、ずっと風花は太陽に抱き着いたままだった。
「たぃよぅ」
「ここにおりますよ」
ずっと風花に仕えてくれている従者の太陽。彼の存在は風花の中で大きなものになっている。その存在が消えていたかもしれない、という状況は、彼女の心に恐怖を植え込んだ。
「京也さんも大変なことをしてくれましたね……」
風花の頭を撫でながら、京也への文句を言い放つ太陽。身体から何やら黒い物が湧き出ている気がする。穏やかに風花に微笑みを向けているのに、その腹の中は真っ黒なのだろう。翼から苦笑いが止まらない。しかし……
「さて、説明してもらおうか?」
「もう逃がしませんわよ」
鋭い視線を向けるツートップ。鋭くその瞳が光っていた。もう彼らの目を欺くことはできないらしい。太陽は風花の頭を撫でながら、話を進める。
「皆さんが先ほど会った、私の中のもう一人、月ですが……私は彼をずっと封印しておりました」
太陽の中のもう一つの人格、月。太陽はその人格が表に出てこないように、ほとんどの魔力を使って、自分の中に封じ込めていた。
「時々纏っていた黒い物って」
「彼の魔力です。たまに乱れて出てきてしまいましたが……」
太陽が取り乱した時、たまに纏っていた黒い物。あれは、太陽の心が乱れて封印が弱まった結果、身体の外に出てしまった月の魔力だそうだ。この前の文化祭は月の精神が暴走して、完全に太陽が身体を乗っ取られた。あの時の乱暴な口調や態度は月の物である。
そして、太陽が強敵と対峙した時にも黒い物を纏っていた。あれは太陽が自身の魔力を解放したことで封印が弱まり、自然と月の魔力が漏れたようだ。しかし、身体に大きな負担がかかるため、本来の力を発揮することはできない。
「でも、どうして封印なんか……」
翼が疑問を投げかける。月は太陽に比べれば乱暴な部分がありそうだが、封印をしなくてはいけない程の人物なのだろうか。
今回月は必死に太陽に成りすまそうとした。それは自分の存在を風花に知られたくなかったのと、太陽が戻ってくるまでの穴を埋めるためだろう。
彼は太陽と同じく風花想いの優しい少年のようだが、なぜ封印という判断をしたのか。
「……」
太陽は翼の疑問に黙り込み、チラリと隣の風花を確認する。
「教えて。月のこと知りたい」
「姫様……」
視線に気がついた風花が、太陽に懇願する。彼女の手は微かに震えているようにも見えた。風花自身、真実を知るのが怖いのだろう。それでも……
「教えて」
風花の瞳に迷いの色は浮かんでいない。彼女は何かを守ると決めた時、その瞳に迷いの色は浮かばない。今の風花は何を言ったところで、意見を変えてはくれないだろう。いずれ彼女が知る未来なら、それは今でいいかもしれない。
「……分かった。俺から話す」
太陽の目がツンとした目元、黒色の髪に変化し、月と人格がチェンジ。月は風花の頭をひと撫ですると、ゆっくりと話始めた。
「俺たちは父親が魔界、母親が風の国の人間だ。異国間で結ばれた夫婦の間には、稀に複数の魔力を宿す子供が産まれる。そのような子供は『混合』と呼ばれ、俺と太陽のように、二重人格を持つことが多い」
太陽の聖の魔力、月の魔の魔力。彼らは身体に二つの魔力を宿している状態である。
「普段は俺が太陽の魔力で封じ込められているから、あまり魔法を使えない」
太陽が最初に出会った時に言っていた言葉。扉魔法と回復魔法しか使えない。この言葉の本当の意味はこれである。
封印するために大半の魔力を使用している状態であるため、戦闘系の魔法を彼はほとんど使えない。
「そして、どうして俺が封印されているかだが……風花が心を失ったすぐの頃まで遡る」
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