第9章  秋の月はあなたと共に

第176の扉  文化祭本番だぁー!

「「文化祭本番だぁーーー!」」


 アホ毛コンビ、おっと、失礼。彬人と結愛が騒いでいる。

 夏休みも終わり、本日は待ちに待った文化祭。学校全体が浮つき始め、たくさんの人が行き交っている。

 翼たちの通う東中学校は、中高一貫校。そのため中学一年生から高校三年生までの生徒と保護者、関係者が一堂に集い、かなりの盛り上がりを示していた。


「わぁ!」


 飾り付けられた学校を見て、風花の瞳がキラキラに輝く。教室はカフェの開催のために、白と黒を基調としたシックな仕上がり。至る所に音符や楽器のイラストが張られており、落ち着いた印象のカフェになっている。

 そして、校庭には様々な屋台のテントが立ち並び、その上にはカラフルな提灯が吊るされていた。


「すごい!」

「およ!」

「すごいのだ!」


 風花は文化祭初体験。アホ毛コンビに誘われて、彼女の上にもアホ毛が見えるような気がする。彬人と結愛に混じって、アホ毛トリオになってしまった。


「ん? うららちゃん、なに?」

「何でもありませんわ」


 うららがスッと風花の頭を撫でで、アホ毛を収納する。心のしずくを取り戻し、感情豊かになってきた風花だが、アホ毛コンビのせいでその表現方法がぶっ飛んでしまいそうだ。


「さて、一葉ちゃん、この後のご予定は?」


 そんなやり取りを横目に見ながら、美羽が一葉に話を振った。彼女が黒い笑顔を携えているのは気のせいだろうか。


「午後からカフェのシフトで、それまでは適当に回ろうかなって……え、なに?」

「んふふっ、本城くーん!」

「!?」


 突然、美羽が叫び出し、彬人を召喚する。もちろん彼は、のこのことやってきた。


「なんなのだ?」

「一葉ちゃんが午後まで暇なんだって。本城くんもカフェのシフト午後でしょ? 一緒に回ってあげて」

「ちょっと、美羽!」

「ふはっ! よかろう!」


 一葉が止めるも彬人が嬉しそうに頷いたので、二人は一緒に文化祭を回ることとなった。

 クラスの出し物、カフェはシフト交代制。午前と午後に分かれて営業を行うことになっている。ちなみに本日のカフェのシフト表を組んだのは美羽である。こんなこともあろうかと、二人のシフトがバラバラにならないようにしたのだ。


「バイバーイ! 楽しんでね~」

「バカ!」


 ニマニマしながら手を振る美羽に、一葉は真っ赤な顔を返し、彬人と共に消えていった。

 漆黒の堕天使彬人と素直になった一葉。文化祭をきっかけに急展開するカップルが多い中、この二人の関係は進展するだろうか。それを想像すると、美羽の笑いが止まらない。


「さて……」


 カップル予備軍を見送った美羽は、営業準備をしている教室内を見渡してみる。午前のシフトの人たちが慌ただしく準備を行う中、見当たらない人物が二人。


「相原くーん、成瀬くーん、諦めて出ておいで~」


 美羽たちのクラスの出し物は『男装女装カフェ』。出し物決定の時に壮絶な戦いを繰り広げ、もぎとった努力の成果である。大半の男性陣が諦めてメイド服に身を包む中、翼と優一だけ姿を消した。彼らはこれから接客係なので、犠牲になってくれないと困るのだが……


「翼、このまま逃げ切るぞ」

「うん」


 教壇の中に隠れこんで、美羽をかわす二人。採寸の時には犠牲になってしまったが、本番の大人数の目の前でメイド服など、黒歴史以外の何物でもない。シフトに穴をあけてしまうので心苦しいが、背に腹は代えられないのだ。


「んふふっ、私から逃げられると思ったら大間違いなんだから」


 どうやら美羽には何か考えがあるようだ。黒い笑みを携えながら、余裕の表情である。しかし、教壇に隠れている二人は美羽の表情を確認できない。ジッと息を潜めて隠れこんでいた。
















「ほぉぉぉぉ!」


 その頃、目をキラッキラに輝かせた彬人が、校庭に並ぶ出店を見てはしゃいでいた。


「一葉! 一葉! すごいぞ、いろいろあるのだ!」

「そうね……」

「どうする? 何する? 何して遊ぶ?」

「……」


 彬人の頭の上のアホ毛が、いまだ見たことのない速さでぴょこぴょこと揺れている。相当楽しみなのだろう、彼の言葉から厨二病がポンっと抜けた。


「なぁ、一葉! どうするのだ? 何したい?」

「……」

「サメ釣り? 輪投げ? 金魚すくい?」

「……どれでもいいよ」


 キラキラ彬人の隣で真っ赤な一葉。てっきり彬人がいつもの如く『深淵』とか『漆黒』とか言うものだと思っていたのだが、予想の遥か上を飛んでいく反応だった。こんなに無邪気にされては、赤くならざるを得ない。


「む?」


 無邪気にはしゃいでいた彬人だが、とある地点でアホ毛が止まる。彼の視線の先には……


「なぜ颯がいるのだ?」

「寝ててもいいって言われたからぁ」


 眠たそうに店番をしている颯の姿が。他のクラスの友人に『ここに居てくれるなら、お客さんが来ない間寝ててもいい』と言われたらしい。ちなみに彼も彬人たち同様に午後のシフトなので、これから犠牲になる予定である。


「二人ともやっていくぅ?」


 颯の声で視線を奥にすると、そこには所狭しと並べられている景品の数々。そして、彼が差し出してくれた拳銃。そう、颯が店番しているのは射的である。


「ふはっ! 俺様の実力を見せてやる」


 颯の誘いに彬人のアホ毛がまた揺れ出した。一葉も拳銃を受け取って横に並ぶ。


「あんたはどれ狙いなの?」

「あやつだ!」


 彬人が指さした先には、大人気のゲーム機が。しかし、かなり大きく、当たったとしても倒れないだろう、と文句を言いたくなる位に重そうである。


「無理ではぁ?」

「いや、欲しいのだ」


 颯がやんわり止めるも、彬人は諦めるつもりがないらしい。颯から受け取った拳銃に、弾を詰めて構えた。


「ぁ……」


 構えた彼の様子を見て一葉から思わず声が漏れる。


 真剣な横顔。すっと伸びた鼻。鋭い瞳。長くて細い指。動きが止まったアホ毛。


 今の彬人は普段と雰囲気が違う。狙った獲物は逃がさない。彼のその雰囲気がそう告げていた。

 一葉は彼の今まで見たことないその雰囲気に、見惚れていたのだが……



 パン




「取れない、だ、と……」


 彬人がすぐに通常運転に戻った。さっきまでの真剣な表情から一変、絶望のどん底のような表情に変わっている。


「ふふ、んふっ、全然、違う、方向に飛んでいったけどもぉ? んふふっ」


 彬人の放った一撃は、彼の狙いを大きく反れて飛んでいった。当たりもせず、かすりもせず、全くもって別方向。弾の軌道を見て、颯が笑いの地獄へと落ちていく。


「もう一度やるのだ!」

「ふふっ、もう、やめればぁ。彬人くん、んふふ、向いてないと思うよぉ?」

「うるさい!」


 颯の忠告を聞かず、彬人が再び弾を込めて構えた。


 真剣な横顔。すっと伸びた鼻。鋭い瞳。長くて細い指。動きが止まったアホ毛。


 今の彬人は普段と雰囲気が違う。狙った獲物は逃がさない。彼のその雰囲気がそう告げていた。そして……




 パン





「取れない、だ、と……」

「んふふっ、ねぇ、俺言ったじゃん。ふふっ」


 彬人の放った球はまた大きく反れて飛んでいった。彼は「取れない」と表現しているが、正確に言えば「当たっていない」のだ。取れる訳がない。


「はぁ、一瞬でもカッコいいって思った私がバカだった」


 男子二人がわちゃわちゃする中、一葉は一人ため息をついていた。














「翼、この勝負勝てるぞ」

「うん! あと10分隠れきればいけるね」


 カフェ開始10分前。翼と優一はいまだ教壇の影に隠れていた。10分経過すれば、カフェの中に客が入ってきて接客等に追われるため、美羽が翼たちを探す時間はないだろう。つまりあと少し逃げ切れば、勝ちである。

 更に現在営業直前でバタバタしているので、美羽の常套手段である親衛隊は出払っている。これなら逃げ切れるかもしれない。

 二人は静かに握手を交わしていたのだが、そんな彼らの近くに無邪気な声が響いた。


「相原くん、どこー?」

「ここだよ、桜木さん!」

「バカ、翼!」


 無邪気な風花の声に誘われて、翼が教壇の影から顔を出す。優一が連れ戻そうとしたが、一歩及ばず。そして……


「あ! 相原くんたち居たよ、美羽ちゃん」

「風ちゃんありがとね」


 にこやかに微笑む風花の隣には、真っ黒笑顔の美羽が。そして彼女の手元には、フリフリのメイド服。


「さて、二人とも、営業開始だよ」

「「あぁぁぁぁ」」

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