第175の扉  サプライズ

「ふぉ、ひさしいのぉ、優風、梨都」


 夢の国の王、タタンの元へ、風花の母親である優風と梨都が訪れた。

 優風は真っ白のロングワンピースに、風の国の紋章である桜が描かれたローブを羽織っている。梨都はざっくりとスリッドの入った青色のチャイナ服。


「こんにちは、タタン様。お招きどうも」

「ご無沙汰しております」


 優風が柔らかく微笑み、梨都が膝をついてお辞儀した。

 夢の国は精神世界。そして、この国に入国するためには、夢の国の住民が招待するしかない。それほどまでに厳重に守られた世界である。


「風花に心のしずくを返してくれてありがとう」

「ふぉ、当然のことじゃ、お礼を言われることではないぞよ」


 夏休み直前に夢の国に招待された風花。彼女はその時タタンから5つも心のしずくを返してもらっていた。


「もう半分程度集まったそうじゃな」

「えぇ」


 タタンも優風も穏やかな表情で話を進めていく。夢の国と風の国。この両国は昔から親交が深く、協力関係にある国である。しかし……


「風花に何をするつもりだったのかしら」


 その言葉とともに、優風の髪が不気味にふわりと舞い上がる。彼女の白いローブがバタバタと音を立てて、風になびいた。今の彼女から先ほどまでの優しい雰囲気は一切感じない。


「……」


 梨都もそんな彼女の横に立ち、タタンに鋭い視線を向けていた。優風は風花の母親、梨都は風花の師匠。自分たちの大切な少女を泣かせた相手に、二人の怒りは爆発寸前。


「答えによっては、全面戦争も辞さないのだけれど?」

「なぜそうも恐ろしいことを言うのじゃ」


 そんな二人の威圧を受けてもタタンの表情は変わらない。にこやかな笑顔を浮かべて、椅子に座ったまま。そして、おもむろに自分の後ろに目を向けた。


「おいで」

「あら、あなた……」


 タタンが呼びかけると、椅子の影から一人の人物が。その登場で、威圧感を放っていた優風と梨都から力が抜け、驚きの表情へと変わる。


「どうしてここに?」

「忘れたか? ここは精神世界じゃ」


 タタンは優しく微笑みながら、その子の頭を撫でる。その人物は無表情で、されるがまま。その様子に優風と梨都が顔を歪めるも、すぐに柔らかな笑顔を浮かべて優風が口を開いた。


「近くに来てくれる? 顔をよく見せて?」


 優風の呼びかけにも、その人物は表情を変えないし、言葉を発さない。そして無言のまま歩みを進めた。


「ごめんね、もう少し待っていてね」

「……」


 優風は近くに来たその子の頬を優しく手で包み込み、瞳を見つめる。大切な大切な宝物のように、優しく、どこまでも暖かく。










「だから、風花を呼んだのね。でも、予め言ってくれればいいじゃない? 太陽くんが心配していたわよ」


 一通り再会を楽しんだ優風がため息をつきながら、タタンに話を振る。


「サプライズじゃ」

「こんな心臓に悪いサプライズは、いらないのだけれど」

「ふぉふぉ」


 優風が頭を抱える中、相変わらずタタンはご機嫌。彼は何を考えているのだろう。


「京也くんも巻き込んだそうじゃない。やめてよね、かわいそうよ」

「ワシが巻き込んだんじゃないわい。京坊が勝手に来たんじゃ」


 夢の国に風花が呼ばれた時、彼女を庇うように動いてくれた京也。

 京也は魔界の王子であり、表舞台では風の国の敵である。しかし、彼は本当は優しい男の子。風花の敵にならなくてはいけない今の立場に、心を痛めているのだ。そんな少年にこれ以上負荷をかけたくない。


「安心せい、ワシはみんなの味方じゃ」

「はぁ、お願いだからもうやめてね」

「ふぉふぉ」


 タタンは何も反省していない様子。恐らく彼はまたサプライズをしそうだ。優風の頭痛が止まらない。






 _______________





 一方……


「んぅ、や、あぅ、京也くん、や、めて」

「あ? お前から誘ったくせに何言ってやがる」


 風花を押し倒し、その上に馬乗りになった京也がギロリと目を光らせている。逃れようと風花が抵抗するのだが、京也はゴリラなので全く逃れることができない。


「そうだけどぉ……もぅ、やぁなの」

「うるさい、黙れ。そもそも、俺を煽ったお前が悪いだろ?」

「そんな、つもりじゃない、もん!」

「ほぅ……じゃあどういうつもりで言ったのか、教えてもらおうか」


 ふるふると涙目で首を振る風花に対し、京也は全く容赦せず、迷うことなく手を近づけてくる。その仕草を受けて、風花の抵抗が増した。


「んんっー! 意地悪しないでぇ。いやぁぁぁ!」

「ふんっ! そんなことは知らん。大人しくしてろ」

「あぅ、京也くんやだ! やだやだやだ! 嫌い!」

「嫌いで結構。お前はそんな嫌いな俺に負けたんだ」


 京也の下でモゾモゾと風花が抵抗するも、彼の身体から逃れることはできない。やはりゴリラと少女では少女に勝ち目はないのだ。


「責任とって、好きなだけ啼け」


 京也は低い声で呟くと、モゾモゾ風花に向かってその手を伸ばしていった。













 パチン!


「っ……痛っっっっい!!!」


 風花が涙目になって赤くなった額を押さえる。


「痛いの! おでこに穴が空いちゃう!」

「開くわけないだろ? ただのデコピンじゃん」

「京也さんはご自身がゴリラだということを自覚した方がいいですよ」


 パチン!


「痛いのです! おでこに穴が空きます!」

「だからぁ! 開く訳ないって言っているだろ!」


 余計な一言を放ってしまった太陽も、風花と同様に涙目になって額を押さえる。風花と二人で蔑みの目を京也に送っていた。


「次は負けないもん!」

「上等だ、次も勝ってやる!」

「それではもう一回配りますね」


 ここは風花の家のリビング。風花、太陽、京也の三人が何をしていたかというと、仲良くトランプをしていたのだ。

  先日翼たちにトランプを授けてもらった風花が、太陽と一緒に楽しもうとしていたのだが、人数が足りないことに気がつき強制的に京也を召還。


「そういう目的で呼ぶなって!」


 と、ぶつくさと言っていた彼だが、風花がトランプを見せながらその楽しさを伝えると、彼の目が一瞬キラキラと光った。


 ゴツン


「痛いのです……何も言ってないのに」


 京也の目のキラキラを見て、思わず口許が緩んでしまった太陽が彼の鉄槌を受けた。大きなたんこぶが頭の上に出来上がる。


「ね? いいでしょ京也くん。3人の方が楽しいと思うの」

「……し、仕方ねぇーな。風花がそこまで言うなら付き合ってあげなくもない」

「そこまでは言ってませんが?」


 ゴツン


「痛いのです……」

「お前さっきから俺に喧嘩売ってる?」


 と、いうことで、風花、京也、たんこぶが2つ出来上がっている太陽の3人でトランプ大会が開始したのだ。

 風の国にトランプの文化はない。そして、それは魔界も同様である。風花は人数が足りなかったという理由もあるものの、京也ともトランプの楽しさを共有したいという感情があったのだろう。


「負けた人はは罰ゲームね」

「絶対に勝つ!」


 三人の瞳に光が宿り、負けられない戦いの火ぶたが切って落とされた。

 そして、順調にカードの枚数が減っていき、一番に太陽が勝ち抜け。風花と京也の一騎打ちとなり、ジョーカーが二人の間を行ったり来たり。膠着状態となった。


「もう! ジョーカーさん! 京也くんの所に行きなよ、その方がきっと幸せになれる!」

「おい、風花! お前ジョーカーさんになんてこと言うんだよ! 俺の所に来ちゃうだろ……ほら来ちゃったじゃん」

「そのままそこに居てよジョーカーさん! 私はダイヤさんが欲しいの! あぁぁぁ!」

「なぜ50%の確率をそうも外せるのでしょうか」


 太陽が呆れた視線を送る中、二人のバトルは白熱。ジョーカーさんは風花と京也二人のことが好きらしい。何度もお互いの所を行き来していた。

 そして最終的に負けてしまった風花が、罰ゲームに京也のデコピンを食らわなくてはいけなくなり、冒頭のやり取りに戻る訳である。


「絶対に勝って京也くんにデコピンするんだから!」

「姫様、頑張ってください!」

「太陽、ありがとう!」


 先ほどのデコピンが相当痛かったらしい。風花の瞳に炎が宿った。これは彼女が勝つまでトランプ大会は終わらないかもしれない。


「……ったく」


 闘志を燃やす風花を見て、ため息をつく京也。京也と風花たちは一応敵同士。それなのに、ただの遊び相手として呼び出していいものなのか。彼らには自分に対する警戒心がないらしい。


「まだいいか……」


 キャッキャッとはしゃぐ二人を見ながら、京也は寂しげに呟く。彼のポケットの中には先日董魔からもらった瓶が。

 風花、太陽、京也の三人がこうやって仲良く時を過ごせるのは、もう長くは続かないかもしれない。

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