第177の扉 覚えた違和感
「お前の負けだ。諦めて俺の物になれ」
真剣な横顔。すっと伸びた鼻。鋭い瞳。長くて細い指。動きが止まったアホ毛。
今の彬人は普段と雰囲気が違う。狙った獲物は逃がさない。彼のその雰囲気がそう告げていた。
パン、パン、パン
「なぜなのだ!」
「だからぁ、向いてないんだってぇ。全然当たってないじゃん?」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
彬人は真剣に拳銃を構えているのだが、何回やってもかすりもしない。彼の放つ弾は明後日の方向へと飛んでいくのだ。颯が気を効かせて、狙いやすい位置に移動してくれたのだが、全く当たらない。驚くほどに射的の才能がない。これは諦めた方がいいだろう。
パン
彬人と颯がぎゃんぎゃんと騒ぐ中、心地よい銃声が響いた。驚いた彼らが振り向くと……
「はい、あげる」
一葉がゲーム機を一撃で仕留め、彬人に差し出していた。彼女の放った弾は真っ直ぐにゲーム機の箱に向かっていき、命中。重心を後ろにぐらつかせ、見事に仕留めた。
「ほぉぉぉぉ! いいのか! いいのか!」
「う、うん。いいよ、別に」
「ありがとう、一葉! とっても嬉しい!」
彬人はアホ毛を揺らしながら、満面の笑みでゲーム機を受け取る。その仕草はまるでサンタさんにプレゼントをもらった子供が如く。彼の言動を受けて一葉の顔が赤く染まった。彬人はいつもは邪気の塊なのに、なぜ今日は無邪気なのだろう。
「ずっと欲しかったのだ! これでゲームができるのだ! 嬉しい!」
とことん無邪気な彬人。一葉は真っ赤な顔を両手で隠して、必死に心を落ち着けていた。そんな中……
『俺には無理だろうな』
夏旅行の花火大会で言われた言葉が頭をよぎった。それと同時に苦しい黒い感情に飲み込まれそうになる。
この言葉の意味は何だろう。何が隠されているのだろう。全く分からない。彼はその身に何を抱えているのか。
「何か欲しいものあるか?」
一葉が考え込んでいると、一通り楽しみ終わった彬人が話を振る。お返しとして何かプレゼントしたいらしい。彼のあの実力でもぎ取れるとは思えないのだが、彬人はやる気に満ち溢れている。
「……じゃあ、あの髪留め。今使っている奴だいぶ古いし」
「任せろ!」
一葉が指差したのは、鍵をモチーフにした髪ゴム。彬人は獲物を確認すると、嬉しそうに銃を構えた。あの実力でどうして自信満々な返事ができるのだろうか。謎である。
真剣な横顔。すっと伸びた鼻。鋭い瞳。長くて細い指。動きが止まったアホ毛。
今の彬人は普段と雰囲気が違う。狙った獲物は逃がさない。彼のその雰囲気がそう告げていた。
パン
「取れたーーー!」
彬人の放った弾はまっすぐに狙いを定めた髪留めへ。見事命中し、獲得した。さっき明後日の方向に弾を打ち抜いていたのと同一人物なのか、と疑いたくなるほど真っ直ぐに飛んでいき、命中。
「はい、一葉! 取れたのだ! どうぞ!」
満面の笑みで髪留めを差し出してくれる彬人。彼の純粋でキラキラとした瞳が一葉を射抜いた。
「ぁ、ありが、と……」
顔を真っ赤にして煙を吹き出しながら、一葉が髪留めを受け取ろうとしたのだが……
「彬人くんがぁ、つけてあげたらぁ?」
「@#%&’*>!?っ」
颯が眠そうに衝撃発言を繰り出し、一葉は赤い顔を更に赤く染め上げる。颯は真っ黒の笑顔をしていた。彼は完全に楽しんでいる。
「む? いいぞ」
しかし彬人は颯の楽しみには気がつかずに、一葉の肩を掴んで後ろを向かせる。今髪を束ねていた髪留めを外し、サラサラと一葉の髪に触れた。ふわりと風が吹き、彼女の髪が嬉しそうに踊る。
「できたのだ」
「……ありがと」
一葉の頭にはキラリと光る鍵の髪留め。彼女の青みがかった髪に良く似合っていた。彬人は恥ずかしそうにうつむく一葉を、しばらく見ていたのだが……
「似合ってるな。可愛いぞ」
「プシュゥ」
真っ直ぐな言葉もプレゼント。もちろん一葉が貫かれて、頭から煙が出た。
今日の彼には邪気が全くない。普段は邪気の塊なのに、なぜこうも無邪気なのだろう。謎である。
「あ! 太陽!」
「お招きありがとうございます」
風花がカフェに入ってきた太陽の姿をいち早く捕らえ、出迎える。今日の彼は灰色のトレーナーにジーパンというラフな格好。流石にこの場にいつもの燕尾服で来ることはできない。対する風花は……
「お似合いですね、姫様」
「えへへ」
風花は恥ずかしそうに頭を掻いた。今日の彼女は燕尾服。白色のシャツに紺色のベスト、真っ黒のスラックスを身に着けている。
「いつもの太陽と同じなの」
風花はずっとこの姿を太陽に見せたかったのだ。モジモジしながらも、彼女はとても嬉しそう。そんな彼女の様子に太陽は口元が緩む。風花は普通の女の子。学校で仲間たちとたくさんの思い出を作ってくれればそれでいい。
「こっちにどうぞ! 待っててね」
「ありがとうございます」
テーブルに案内すると、風花はお水を取りに消えていった。心なしか彼女の足元が弾んでいる気がする。余程今の状況が楽しいのだろう。
「ん?」
しかし太陽は席に座ると、何やら不思議な違和感を覚えた。ざわざわと胸騒ぎがする。教室の中を見渡してみるも、何もおかしな所は発見できない。気のせいだろうか。太陽が首を傾げていると
「イラッシャイマセ、ゴチュウモンハ?」
「優一さん……」
目の前にはフリフリのメイド服に身を包む優一ちゃんが。膝丈の黒色ワンピースに、フリルがたくさんついた白色のエプロン。髪の毛には可愛らしいリボンがついている。
以前太陽にメイド服を着てくれと頼み込んだことがあったのだが、これのせいだろう。太陽はようやく彼の行動の意味が分かった。
「……心中お察しします」
「ん、ありがと」
美羽のおかげで可愛らしい仕上がりなのだが、やはり優一は納得がいかない。普段から目つきが悪い彼だが、今日は更に鋭く尖っている。
「なに、この子。可愛い」
「え、真っ赤だ、ヤバい。可愛い」
太陽が優一の目つきの悪さを観察していると、向かいのテーブルからお姉さまたちの声が。その注目の的になっているのは……
「あ、あのぉ、僕……」
綺麗なお姉さまに囲まれて、耳まで真っ赤にしている翼ちゃん。もちろん優一同様フリフリのメイド服姿だ。
彼はもともと可愛らしい顔つきをしているので、女装が良く似合う。そして、おどおどとした挙動不審な態度が、お姉さま方の心を揺さぶるようだ。さっきからいくつも「翼ちゃーん」と指名が入っている。人気ナンバー1である。
そして人気ナンバー2というと。
「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
「……はぃ(トゥンク)」
客にうっとりとした視線を向けられている美羽。流石は芸能人。彼女のスタイルの良さと丁寧な所作、男装しても滲み出る可愛さ。老若男女に関わらずお客さんを骨抜きにしていた。
「皆さんすごいですね」
太陽は彼らの人気ぶりに感動の声を漏らし、辺りを見渡してみる。他のメンバーは休憩中なのだろう。カフェの中には太陽の知っているメンバーだと翼、優一、風花、美羽しか見当たらない。
「お待たせしました!」
「ありがとうございます」
太陽が辺りを見渡していると、風花がお菓子を運んできてくれ、美味しそうなコーヒーとケーキが置かれた。ケーキはピアノをモチーフにした、チョコケーキ。もちろんこれは風花作ではない。彼女は接客に専念してもらい、お菓子担当班は調理室で現在も制作中である。
「んふふ♪」
風花はさっきからとても楽しそう。初めての文化祭、初めての接客。そして、太陽とお揃いの服。嬉しいのだろう。音符を振りまいている風花の姿を見ていると、こちらまで頬が緩む。
風花は普通の女の子。彼女の日常の中にはこのような時間が必要である。このような穏やかな時間がずっと続くことを願いながら、太陽には気になることが一つ……
「何かありそうですね」
カフェに入った時から感じている不思議な感覚。警戒するものの、その正体は分からない。とりあえず今のところは何もなさそうだが、警戒を怠らない方がいいだろう。太陽はコーヒーを楽しみながら、視線だけは風花を離さないように捕らえていた。
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