第161の扉  痛みの名前

「ここは?」


 突然の光に包まれた後、翼と風花が目を開けると、群青色の神殿のような場所が広がっていた。海のように透き通った床と壁。壁の至る所に色鮮やかな貝殻が埋め込まれており、キラキラと光を放っている。

 翼と風花は幻想的な光景に見惚れていたのだが……


「太陽!」


 風花が神殿の奥へ向かって走って行く。そこには、大きなガラスケースの中で眠っている太陽と美羽が。太陽が美羽を抱きかかえるような形でケースの中に入っている。


「起きて!」


 二人は意識を失っているようで、風花の呼びかけに答えない。呼吸の度に彼らの胸が上下しているので、きちんと生きてはいるようだ。


「どうなっているんだろう、え……」


 辺りを見渡した翼から声が漏れた。そこには太陽と美羽の他にも、颯と結愛、優一とうらら、肝試しのペア毎にガラスケースの中に入れられており、折り重なって眠っていた。


「何よ、またカップルなの!? どうなっているのよ、今日は」


 翼たちの混乱が続いていると、後ろから苛立たし気な声が響いた。振り向くと、プンプンと怒っている女性の姿が。年は20代前半くらいでTシャツにミニスカート、腕を組んで不機嫌そうだ。


「誰ですか?」


 翼が風花を自分の後ろに隠しながら、杖を構えた。おそらく彼女が太陽たちをこのような状態にしたのだろう。心のしずくを狙っている敵だろうか。


「デートスポットにでもなっている訳? これだから最近のカップルは!」


 しかし、女性は翼の声さえ耳に入らないようで、プンプンと怒りながら呟いている。特に攻撃をしてくる気配もないが、彼女は誰なのだろう。


「私に対する嫌がらせなの? こんなに複数のカップルを送り込んできて」

「私たちは恋人じゃないですよ?」

「ぐ……」


 風花が翼の後ろからぴょこっと顔を出し、話しかける。翼が苦し気に胸を押さえるも、彼女はそれに気がつかない。


「え、そうなの? 恋人じゃないの?」

「はい、ただのお友達です」

「あぁ……」


 女性の質問に風花が無邪気に答える度に、翼の口から苦し気な声が漏れた。もちろん翼も、自分たちの関係が恋人同士ではないことは理解している。しかし、何のためらいもない友達宣言は流石にダメージが大きい。

 女性は翼の様子にためらいながらも、確認のために風花に最後の質問を繰り出す。


「ねぇ、本当にお友達?」

「はい! 大好きなお友達!」

「ぐはっ」


 純粋な瞳で堂々と宣言する風花に、ついに翼が崩れ落ちた。ふるふると震えながら、地面に突っ伏している。風花は翼がどうしてそのような反応を示しているのか分からないようで、キョトンと首を傾げていた。


「うん、何かごめんなさいね。残酷な現実を突きつけてしまったのかしら」


 崩れ落ちている翼に同情の視線を送りながら、女性は自己紹介をしてくれる。

 女性の名前は知美。幽霊である。目を凝らしてみると、彼女の足元が透けていた。数年前から先ほどの祠に住んでいたのだが、気がついたらこの神殿にいたようだ。そのきっかけとなったのは……


「あ、心のしずく!」


 知美の手元には風花の心のしずくが。心のしずくには風花の魔力が入っている。幽霊である知美と何らかの化学反応が起き、この神殿が具現化したらしい。そして、翼たちが迷い込んでしまった。


「どうしてみんなを閉じ込めたんですか?」

「あぁ、ごめんなさいね。ちょっと腹が立ったのよ」


 知美は愛していた男性に振られ、お酒に酔って崖から落ちた。そんな彼女の前に恋人同士に見えなくもない男女ペアの組が次々とやってくる。苛立ってつい閉じ込めてしまったようだ。これもしずくの力で成せた技である。もちろん閉じ込めただけで、特に危害は加えていない。


「ごめんなさいね。全て私の勘違い。お友達は解放するわ」

「「「うわぁ!?」」」


 知美がガラスケースの方に手を一振りすると、太陽たちを包んでいたケースが消えて、彼らの目が覚める。壁が消えた衝撃で全員の身体がなだれ、折り重なるようにして倒れ込んだ。


「ちょっと誰!? 私のお尻触ってるの」

 ぺシンッ!

「いってーな。俺じゃないって!」

「結愛も触るぅ!」


 目が覚めた途端賑やかな優一たち。誰が美羽のお尻を触ったかで喧嘩勃発である。怪我などもなく元気そう。


「賑やかな子たちね」

「「騒がしくてごめんなさい」」


 呆れ半分で呟いた知美の発言に、翼と風花が頭を下げる。知美が寂しげに彼らを見ているのは気のせいだろうか。風花が彼女の様子に首を傾げていると、知美がふわりと向き直る。


「この石はあなたのものかしら?」

「ありがとうございます」


 知美が手にしていたしずくを風花に渡してくれた。それと同時に彼女の手が風花の手に僅かに触れる。


「え……」


 そして、知美の中の感情が風花の中に一気になだれ込んできた。風花の胸の奥がギュッと締め付けられるように痛くなる。この気持ちは何だろう。


「迷惑をかけてごめんなさいね。私はそろそろ行くわ」


 風花が悩みこんでいる間に知美の身体が光に包まれて、徐々に薄れていく。そしてその光は神殿に反射して幻想的な光景が広がった。










「良かったね。……ん?」


 翼は成仏していく知美に手を合わせていたのだが、隣に居る風花がおかしい。キラキラと輝くものを見ながらも、彼女の横顔は苦し気で、胸元をギュッと握りしめていた。

 彼女の異変に翼が顔を覗き込むと……


「ぁ……」


 風花の表情を見た翼が固まる。今の彼女は今まで一度も見たことのない感情を示していた。

 苦しそうに眉間にしわを寄せて、悲し気に瞳を潤ませているのに、それ以外の感情が混じっている。


「あい、はら、くん」


 風花は瞳を潤ませて、彼の胸に抱き着いた。彼女はもう限界だったのだろう。翼の服をギュッと握って、縋りつく。


「痛いの。知美さんの感情が入ってきて、すごく胸が苦しいの。……これは、何ていう気持ち?」



 大好き大好き大好き。あなたが居てくれれば他に何もいらない。あなただけ、あなただけが欲しい。お願い私のそばに居て。



 先ほどしずくを受け取る時に、知美の手に触れた風花。その影響で知美の感情が流れ込み、風花と同化しているのだろう。知美は彼氏への未練を残して、この世を去ったため、その感情が多く残っていたのだ。

 同化してしまった風花は胸を、押さえながらポロポロと涙を流している。


「愛って、なに?」

「……」

「分からないの。でも、すごく痛いのはどうして?」

「……」

「あぃはらくん……」


 風花が涙を流して苦し気に問いかける中、翼は何も答えられなかった。

 



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