第162の扉  見せてくれない感情

「「夏の夜と言えば」」

「言えば?」

「「花火だぁーーー!」」

「おぉ!」


 アホ毛コンビがアホ毛を躍らせて、はしゃいでいる。彼らにつられて、風花の頭の上にも、アホ毛が見えなくもない。

 大変なことに巻き込まれてしまった肝試し。しかし、全員無事に救出し終わり、現在砂浜にて花火大会中である。打ち上げ花火、噴出花火、手持ち花火、線香花火などなど。


「「はなび?」」


 風花と太陽の頭の上に、クエスチョンマークが浮かんだ。風の国には花火は存在しないらしい。


「この部分に火をつけるんだよ。一緒にやろうか」

「うん、やる!」

「やりますです!」


 翼が手持ち花火を渡し、風花と太陽の瞳が輝く。そんな二人を見て、翼からお花が飛び出すも本人は無自覚である。

 洞窟の祠で涙を流した風花。しばらくすると彼女の涙は止まり、同化していた知美の感情も抜けた。泣き出してしまうほど、苦しい思いをした彼女だが、今は元通りの桜木風花。『愛』についてもポンッと忘れて、花火に夢中である。


「綺麗なの!」

「綺麗です!」

「キラキラしてるよ!」

「キラキラしてますね!」


 手持ち花火に火をつけた二人が、花火に負けないくらいのキラキラな瞳で、笑顔を浮かべている。


「綺麗だね」


 翼も風花と太陽の横に並び、花火を楽しんだ。

 昼間の海水浴に始まり、二人にとっては初めて尽くしの旅行。今後ももっと様々な初めてを経験していくことだろう。


「風の国に持って帰りたい」

「いいですね」


 しかし、彼らはこの世界の住人ではない。心のしずくが全て揃えば、風の国へと帰っていく。また遊びに来てくれるだろうか。自分たちとの思い出を、ずっと作ってくれるだろうか。彼らの中にいつまで自分は残れるだろう。

 考え込んでいた翼の胸が、ざわざわと騒ぎ出し、風花の方へ思わず手が伸びた。


「あぁ……」


 翼の手が触れる直前で、風花の花火が終了。ため息と共に彼女の頭が下がり、翼の手は届かない。


「次のやつをもらいに行きましょうか」

「うん!」


 太陽に手を引かれて、風花の背中が遠ざかっていき、翼は伸ばした手を静かに下した。

 いつ自分は風花に触れられるのだろうか。この気持ちを伝える時はくるのだろうか。

 そもそも、風花は風の国の姫、異世界の住人。その相手が自分でいいのだろうか。どれ程風花のことを大好きでいても、この気持ちは届かないかもしれない。この恋は実らないかもしれない。


「翼」


 複雑な心境を抱える翼の元へ、優一が。彼の姿を捕らえた翼が、泣き出してしまいそうな顔を浮かべた。その仕草を受けて、優一はゆっくりと隣に座り、背中を擦る。彼の温かな手が、翼の胸の言葉たちを連れ出そうと誘った。


「僕、もう無理かもしれない」

「うん」

「桜木さんが好きなんだ。大好き」

「うん」

「胸が痛くて、張り裂けそう。すごく苦しい」

「うん」


 ギュッと胸を押さえる翼。優一は翼の言葉を全て静かに受け止めてくれた。


 風花のことが好き。大好き。もっとそばにいたい。彼女の一番近くにいたい。でもこの気持ちは伝えられない。伝えたら彼女は困るだろう。身分違いで、まだ愛を理解できない少女は、この気持ちには答えてくれない。


「今日、愛はどんな気持ちなのか聞かれた」

「……」

「桜木さんは、もうすぐ理解できるかもしれない」

「そうだな」


 風花の心のしずくは、もう半分程度取り戻すことができた。最初は無表情無感情だった彼女は、次第にいろいろな表情を見せてくれるようになっている。風花が「愛」「恋」を知る日はそう遠くないだろう。


「僕のことをどう思っているんだろう」

「……」

「分からない。僕はどうしたらいいの」


 風花の心の中に自分は居るだろうか。仲間として、友達としてではなく、一人の男の子として。彼女の瞳に相原翼はどう映っているのだろう。


「もう、分からないよ」

「つらいな……」


 優一は震える翼の頭を、ポンポンと撫でることしかできなかった。











「いろいろ準備してくれてありがとね」

「いいのよ~」


 線香花火をしながら、美羽と一葉が話し込んでいる。今回の夏旅行、提案企画は美羽である。自覚した一葉の恋心の後押しをするために、作戦を練ったのだ。


「で、抱き着かれてたけど、何事?」


 美羽の言葉を受けて、彬人の行動を思い出した一葉が、真っ赤になって撃沈する。

 あの後、美羽たちが知美の神殿から帰ってくるまで抱き合っていた二人。彬人はただ一葉を安心させようとしていた行動で、それ以上の感情はないだろう。


「……嬉しかった」


 一葉が唇をもにゅもにゅしながら、嬉しそうに呟く。

 彬人の匂いに包まれた時、とても心地よい感情が心の中に入ってきた。ぽかぽかとした優しい感情。この気持ちが「好き」という感情なのだろう。

 もっとこの気持ちに包まれたい。そして、彬人にもこの気持ちを味わってほしい。今の関係でそんなことを思うのは、わがままだろうか。


「あいつは、私のことどう思ってるのかな……」


 彬人の心の中に自分はいるのか。それとも他の女の子なのか。


「ふははははっ!」


 一葉がチラリと彬人に目を向けると、両手に手持ち花火を持って振り回していた。炎と煙に包まれており、何とも危ない。良い子は真似しないでほしい。


「まぁ、焦らず確かめようよ。それにまだ今日は終わってないしね」


 うなだれる一葉を美羽が慰める。昼の水着の一件で、彬人の心の中に一葉がいる可能性は高くなった。しかし、まだ確信まではたどり着けていない。


「そうだね……」


 一葉は彬人のことが好き。しかし、彼の心の中に居るのが別の女の子なら、この気持ちは告げたくないと考えている。

 彬人との今の関係性はとても心地よいもの。これ以上に発展できるのならしたいけれど、それでこの関係が崩れ去るなら、一生このままでも構わない。自分の気持ちは打ち明けずにしまっておけばいい。


「彬人……」


 一葉は愛おしそうに彼の名前を呟いた。














「「たーまーやー」」


 バーン、バーンと夜空に大輪の花が咲く。赤、黄色、青、緑、白……

 色形様々な花火が、夜空をきれいに彩り始めた。花火大会もいよいよ終盤である。


「一葉ちゃん、行っておいで」

「う、ん」


 美羽が背中を押して、一葉が動き出す。


「翼、頑張れよ」

「う、ん」


 優一が背中を押して、翼が動き出す。


「「行ってきます」」


 そう少年少女たちにとっては、これからが本番。ぐっと拳を握って、それぞれの想い人へとその歩みを進めた。


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