第160の扉  奥の奥まで

【第一ペア 鈴森颯&佐々木結愛】


「はぁ、無事に着いたぁ」


 颯は結愛の暴走が気になっていたのだが、今のところ彼女は大人しい。アホ毛をぴょこぴょこと揺らして、ご機嫌にしているだけである。


「あとは戻るだけだねぇ」

「あいあいさー」


 折り返し地点の祠に到着し、残る道のりは半分。このまま無事に戻れるといいな、と思っていると……


「およよ?」


 早速不穏な空気である。






【第二ペア 成瀬優一&神崎うらら】


「痛い」

「当然ですわ」


 優一の頭の上にはたんこぶが出来上がっている。うららは風花の表情を変な表現されたため、怒っているようだ。若干不機嫌なうららを連れて、奥の祠までたどり着く。






【第三ペア 坂本太陽&横山美羽】


「何を隠しているのかな?」

「何のことでしょうか?」


 美羽が太陽から言葉を引き出そうと頑張るのだが、やはり彼は手強いようだ。胸の奥深くにある言葉たちは中々出てきてくれない。美羽がため息をついていると、祠に到着した。






【第四ペア 相原翼&桜木風花】


「♪」


 風花は相変わらず楽しそう。音符を振りまいて、ずんずん道を進んでいく。一方の翼は……


 あぁぁぁぁぁ、どうしよう、どどっどうしよう。大変だよ、桜木さんと二人きり。しかも隣に居る! 手を伸ばせば触、れ、る……


 はっ! 僕は何を変なことを考えているんだ!

 ダメだろ、ダメダメダメ! いくら桜木さんが可愛くて、いい匂いがして、柔らかそうで、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、大好きで、可愛くても、本人の同意なしにそんなことしたら、ダメだよね。うん、そうだ、ダメだ。怖がらせたら嫌われる。ダメ、僕、ダメだぞ。








 ……でも、さ、ほんとにダメなのかな。だって、触りたいんだもん。

 別に変な所を触ろうとしてるんじゃなくて、手を繋ぎたいんだよ。手、手、手!

 手を少し握るだけならいいんじゃないかな。ほら、今は肝試し中だし、いいよ、きっと、うん。それにバトル大会の時とか抱きしめちゃったけど、怒らなかったもん。手を繋ぐくらい許してくれるよね?







【第五ペア 本城彬人&藤咲一葉】


「ふははははっ!」

「……」

「素晴らしく真っ暗である。幽霊でも出そうだな!」

「ぁ、きと」


 相変わらず漆黒の堕天使は騒がしく、アホ毛が楽しそうに揺れていた。そんな彬人とは対照的に、一葉の声はか細くて小さい。


「む? どうした?」


 しかし、彼女が呟いた小さな声を聞き逃さず、彬人が振り向いてくれる。純粋な瞳が一葉を射抜き、胸がズキンと痛み出した。


 もう、なんでこいつはいつもそうやって。

 ちゃんと、気がついてくれるのに、肝心なことは気づかないのよ、バカ。

 本当にバカ。バカだから仕方ないのか。そうだよね、バカだもん。バカだから。

 はぁ、でもなんで私はこんなバカのことを……


「一葉?」


 彬人は一葉が黙り込んでしまったので心配そう。そして、例の如く彼は一葉との距離が近い。目と鼻の先に彼の顔。一葉の顔が真っ赤に染まり、思わず彬人に背を向ける。


 あぁぁぁぁ、もう、何でなの、バカ! 近い、ほんとに近い! ほぼゼロ距離なんだけど、何なの。他の女の子にもそういうことやっているんでしょ!

 あぁ、ムカつく。この前も風花押し倒してたし、バカでしょ。バカバカバカ。


 一葉が彬人に背を向けて、心の中でブツブツと呟いていると……


「え……」


 突然彬人が後ろから一葉を抱きしめた。いきなりの行動に一葉は驚いたのだが、不思議といつものようにパニックにはならない。一葉の心の中にあるのは、彬人の力強い腕と、心地よい香り。心臓の鼓動はいつも通り、なぜか頭も冷静だった。冷静な頭で状況を整理しようと考え込んでいると、その思考を遮って彬人が口を開いた。


「ごめんな、一葉」

「?」

「俺、気がつかなかった。お前怖かったんだな」


 洞窟に入ってから無口な一葉。彬人は一葉が怖がっていると思ったようだ。

 確かに彬人と二人きりで緊張していたため口数は減っていた。そして、声も小さく震えていたようにも思う。どうやらその仕草をキャッチしてくれたらしい。


「お前はいつも俺の前だと強がるもんな」


 バトル大会の一件で、彬人は『一葉が自分の前だと苦しそう』と表現していた。今回彼は、一葉が怖いという気持ちを打ち明けられなかった、と解釈しているようだ。


(はぁ、なんでそうなるのよ)


 一葉は心の中でため息をつく。

 彬人は斜め上に解釈が飛んでいくものの、敏感に一葉の仕草をキャッチしてくれる。それだけ気にかけてくれている証拠だろう。

 彼は自分のことをどう思っているのだろうか。全く分からない。こうやって触れてくれるので嫌いではないのだろうが、その先が読めないのだ。

 今、一葉の胸に広がっているのは心地よい感覚と、落ち着く彬人の匂い。すごくポカポカして暖かい感覚を、彬人も感じてくれているのだろうか。


「ぁ、きと」


 少し、少しだけなら、今の関係でわがままを言っても、許してくれるかな。



「もう少しだけ、このままで」








【第四ペア 相原翼&桜木風花】


 ちょ、ちょちょちょっとだけなら、きっと大丈夫なはず。怒らないはず、怖がらないはず。うん、大丈夫、大丈夫。

 できる、できる、できる、僕ならできるぞ。よし、やれ、やるんだ僕。桜木さんに触るんだ!


「相原くん」

「はいっ!」


 翼が考え込んでいると、風花の声が現実に連れ戻す。もしかして自分の考えが口に出ていたのだろうか。翼が真っ赤になりながら慌てていると。


「着いたよ」


 二人の前には祠が。岩に囲われた殿舎で、お札とお地蔵さまが真ん中に据えられている。翼が考え事をしている間に、折り返し地点にたどり着いていたようだ。残りの道のりは半分。何とか帰るまでに風花に触れなければ!と翼は意気込んでいたのだが……


「ん?」


 何やら風花の様子がおかしい。彼女の瞳を見ると、不安と恐怖の色が浮かんでいる。先ほどまで肝試しにキラキラだったのに、やっぱり怖いのだろうか。

 懐中電灯は持っているものの、薄暗い洞窟内。女の子には怖いのかもしれない。

 翼が考え込んでいると、風花が恐る恐る口を開いた。


「ぁ、あのぉ……」

「どうしたの?」

「奥の祠までの道って、一本道って、言ってたよね」

「うん」

「どうして、誰とも、すれ違わないの?」

「あ……」


 風花の言う通り、今までの道で誰ともすれ違っていない。翼と風花は4番手。先の3組はどうしたのだろうか。

 祠の先は行き止まりで、隠れられる場所もない。それにも関わらず、誰ともすれ違っていない。


「「……」」


 二人の間に沈黙が落ちた。先に出発した優一たちはどこに行ったのだろう。


「ぁ、いはら、くん……」


 翼が考え込んでいると、風花が彼の服の袖をギュッと握り、弱弱しく名前を呼んだ。その手は微かに震えているようにも思える。風花の瞳には戸惑いと恐怖の色が濃く浮かんでいた。

 真っ暗闇で不気味な雰囲気の祠。原因不明で消えた仲間たち。彼女は今の状況が怖いのだろう。


「大丈夫だよ、桜木さん。僕が居るからね」


 翼は風花が掴んでいる服を離し、自分の手でしっかりと握りしめる。もちろんこの行為は風花に触れたいから、という訳ではない。直前まで邪心の塊だった翼だが、決してそういう目的ではない。


「う、ん」


 翼の行動で、風花の瞳の中からほんの少し恐怖の感情が薄らいだ。しかし、安心したのもつかの間、二人の身体が光に包まれる。


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