第159の扉  これからもっと

「「お昼です!」」

「お昼だね」

「「お昼と言えば!」」

「言えば?」

「「バーベキューだぁーー!」」

「おぉ!」


 アホ毛コンビと風花が楽しそうにはしゃいでいる。

 彬人と結愛の頭の上のアホ毛が楽しそうに揺れていた。そして、風花の頭の上にもアホ毛が生えているような気がするのは、気のせいだろうか。


「「ばーべきゅーとは?」」


 風花と太陽がコテンと首を傾げている。風の国では存在しない文化のようだ。火の準備をしている優一の手元を、興味深そうに眺め始めた。


「えぇ……やりにくいんだけど」

「気になるの」

「気になります」


 キラキラと瞳を輝かせて、手元をガン見している二人。無邪気な視線に顔を歪めながらも、優一はてきぱきと準備を進めていく。


「真っ黒なの」

「真っ黒です」


 真っ黒な炭を空気が通るように重ね、火がつきやすいように炭の間に、数枚の新聞紙を丸めて放り込む。そして、そこにマッチで……


「火がついたの!」

「火がつきました!」

「すごいの!」

「すごいです!」


 火がついた瞬間、テンションが爆上がりした風花と太陽。二人でキャッキャッと飛び跳ねている。そんなに珍しいのだろうか。


「風の国にはマッチないの?」

「「まっち?」」

「あ、ないんだね」


 翼の問いかけにコテンと首を傾げる二人。風の国の文明はどうなっているのだろう。二人は携帯電話を所持しているので、ある程度発展していると思ったのだが、マッチはないらしい。


「ご飯は家の中で食べるもん」

「家の中で食べます」

「なるほど……」


 ご飯は中で食べる物。バーベキューのように外で調理することがないらしい。キッチンでいつも火を使うので、マッチが要らないのだろう。科学技術はやはりある程度発達しているようだが、文化が異なるため相違点がでるようだ。


「熱いから触るなよ」

「「はーい」」


 このままだと焼き網に触りそうな勢いなので、優一が目を光らせながら注意しておく。そして、それぞれ全員がテーブルに分かれてバーベキューを楽しみ始めた。








「もう食べられるよ」

「ありがとう」


 風花と太陽の目がキラキラと輝いていると、お肉や野菜などが焼きあがってきた。翼が取り分けてくれて、風花の前に置いてくれる。


「あ! 玉ねぎ焦げてるやん。よし、太陽にあげよう」

「なぜですか!?」


 優一が炭のように真っ黒に焦げた玉ねぎを、太陽のお皿に乗せている。日々風花の暗黒物質ダークマターを食べている彼にとっては、黒焦げ玉ねぎを食べることくらい容易いのかもしれない。太陽は大人しく口に運んだ。


「おい、颯! それは我が肉である。返せ!」


 風花はもぐもぐとご飯を楽しんでいたのだが、何やら向こうの方が騒がしい。目を向けると、彬人のアホ毛がピシッと立っていた。何事だろうか。


「返せ! 食べるな!」

「んぇ? 早い者勝ちだよぉ。目を離した君が悪い」

「うるさい! そやつは焼きあがるまで俺が育てたのだ。俺の子である」

「何その理論。意味わかんないぃ」


 彬人と颯がお肉の争奪戦を行っている。他にも焼きあがっている肉があるので、それを食べればいいのに。一つの肉を掴み合って、壮絶なバトルが繰り広げられようとしていた。


 ゴツン×2


 このままヒートアップすると焼き網をひっくり返されそうなので、二人の頭に一葉のげんこつが落ちる。

 これで静かに食事をとれるかなと思っていると、もう一つのアホ毛が目に入った。


「およおよおよ! お肉、お肉!」


 嬉しそうにアホ毛を弾ませながら、結愛が大量のお肉を積み上げている。絶妙なバランスで山盛りになっている肉は、今にも崩れ落ちそう。


「あぁぁぁ、結愛ちゃん、こぼれるよ」

「いくつかに分けてはいかがですか?」


 美羽とうららが複数のお皿を差し出して、肉たちを救出。食べ物が無駄になる前に何とか救い出せた。


「温かい」


 にこやかに眺めていた風花だが、自分の胸に手を当て首を傾げる。胸の中にポカポカしていて、とても心地よい感情が広がったのだ。仲間たちを見ていたら、その熱がより一層増して、身体全体まで広がってくれる。こんなに心地いい感覚は初めてだった。この気持ちはなんていう気持ちだろう。


「桜木さん、このお肉も食べれるよ。……ぁ」


 風花に肉を差し出した翼が、彼女の表情を見てピタリと固まる。それと同時に、胸がズキンと痛みだし、全身の温度が上がっていく感覚を覚えた。


「相原くんありがとう」

「……う、ん」


 風花は翼の胸の痛みには気がつかずに、お皿を受け取って食事をとり始めた。風花は美味しそうに頬を緩めながら、お肉を頬張っているが翼はそれどころではない。


 きみは、いつから、そんな……幸せそうな笑顔を浮かべられるようになったんだ


「っ……」


 翼の胸の痛みは更に加速していき、頭から風花の表情が離れない。

 初めての旅行、初めての海、初めてのバーベキュー、賑やかなお友達、美味しいご飯。彼女の心が満たされたからこその表情だろう。


 風花の心のしずくはもう半分程度集めることができた。最初は無表情の無感情だった彼女だが、今では様々な表情を見せてくれている。

 彼女はこれからもっといろんな表情を見せてくれるだろうか。先ほどのような幸せそうな笑顔をまた浮かべてくれるだろうか。


「美味しい」

「……それは、良かったよ」


 風花が幸せそうにお肉を食べる中、翼は胸がいっぱいで箸が進まなかった。






______________







「「夜です!」」

「夜だね」

「「夜と言えば!」」

「言えば?」

「「肝試しだぁーーーー!」」

「おぉ!」


 懐中電灯をカチカチ顔に当てながら、アホ毛コンビが騒いでいる。そして、彼らの言葉に釘付けになっているのは風花。また彼女の頭の上にアホ毛が見えなくもないが、気のせいだろうか。


「「きもだめし?」」


 風花と太陽がコテンと首を傾げる。風の国には存在しない文化らしい。うららが概要を説明してくれる。


「簡単に言うと度胸試しですわ。暗い道を怖がらずに歩けるかというものです」

「「おぉ!」」


 肝試しの意味を理解した風花と太陽の瞳がキラキラと輝く。二人でキャッキャッと騒ぎながら、楽しそう。

 風花と太陽は普通の女の子と男の子。血なまぐさい戦いに身を投じることも多いが、こうやってのんびりする時間も必要である。


「洞窟の祠まで行きます。一本道なので迷うことはないでしょう」


 そんな二人の頭を撫でながら、うららがコースを説明してくれる。

 翼たちが遊びに来ているのは、神崎グループ、プライベートビーチ。砂浜の奥には大きな洞窟があり、その一番奥には祠があるようだ。男女ペアで懐中電灯一つを持って出発し、往復30分間二人きり。


「ペアについてはこの美羽ちゃんが事前に考えてきたので、異論は認めません」


 美羽が紙を片手に宣言している。宣言前にチラリと一葉に視線を向けたのは、気のせいだろうか。ちなみにこの肝試しの開催を提案したのも美羽である。若干名そわつく中、組み合わせを発表し始めた。


「第一ペア、鈴森佐々木」

「えぇ……」

「異論は認めません。第二ペア、成瀬神崎」

「はぃ……」

「異論は認めません。第三ペア、坂本横山」

「承知しました」

「太陽くん、いい子。第四ペア、相原桜木」

「えぇ!?」

「異論は認めません。第五ペア、本城藤咲」

「ふはっ!」

「異論は、今のは異論じゃないか。と、いうことでよろしく!」


 男性陣から文句が出る中、それを美羽が全てシャットアウト。翼は真っ赤。颯と優一は頭を抱えている。

 翼は頭から煙を吹き出して耳まで真っ赤である。30分間二人っきりの肝試し。始まる前からモザイク寸前である。

 颯はアホ毛モンスターの結愛が怖いようだ。彼女が暴走しないことを祈るしかない。

 優一は昼間にうららから話があると言われている。その結末を思い頭を抱えていた。



 洞窟内は真っ暗闇。懐中電灯がなければ、一寸先も闇である。お互いの体温を近くに感じながら、第一ペアから順次出発していった。











【第一ペア 鈴森颯&佐々木結愛】


「ねぇ、佐々木さん」

「およ?」

「その頭のやつってどうなっているのぉ?」


 颯はアホ毛モンスターの暴走に注意しながら話を振る。彼の目線の先には楽しそうにぴょこぴょこと揺れているアホ毛が。


「自分で動かしているのぉ?」

「およ?」

「勝手に動くのぉ?」

「およ?」

「えぇ、どっちぃ? 俺の話聞いてるぅ?」





【第二ペア 成瀬優一&神崎うらら】


「話って昼間のあれだろ?」

「はい。あの時風花さんはどんな表情をしていたのですか」


 優一がため息をつきながらうららに話を振る。

 翼が風花の水着を褒めた時、正面に居た彼は何を見たのだろうか。


「なんていうか、今まで見たことない顔だったんだよ」


 風花は心のしずくを半分程度集めた。今ではにこやかに笑い、怒ったり、拗ねたりと様々な表情を見せてくれている。その彼女の今まで見たことのない表情とは。

 うららが首を傾げていると、優一が言葉の先を紡いだ。


「嬉しそうにはしていたんだけど、それだけの感情じゃなくて。何か男心をくすぶると言うか、キタ感じだったな」


 ゴツン!


「だから嫌だったんだ、こうなることが分かっていたから!」






【第三ペア 坂本太陽&横山美羽】


「私、太陽くんに聞きたいことあったんだー」


 のんびりと歩きながら、美羽が太陽へ話を振った。


「太陽くんは風ちゃんのことどう思っているの?」

「と言いますと?」

「恋愛感情はあるのかなって思って」


 風花と太陽は仲がいい。一つ屋根の下で暮らしている年頃の男女。主人と従者という関係ではあるが、それ以上の感情はあるのだろうか。

 太陽は美羽の質問にニコリと微笑みながら、言葉を返す。


「姫のことはお慕い申しておりますが、恋愛感情とは少し違うと思いますね」

「そうかぁ」


 美羽は何となく予想していたが、やはり彼らの関係は恋愛感情ではないようだ。そして、美羽には気になることがもう一つ。


「太陽くんは、風ちゃんと相原くんの関係はどう思うの?」

「お二人が幸せになってくれればいいな、と思いますよ」

「風ちゃんはお姫様だけど、その辺りはどうなの?」

「私は姫の幸せを望んでおります」

「んー? 答えになっているような、なっていないような……」


 太陽は何か隠しているような気がする。風花は異世界の住民であり、風の国の姫。その恋人となる人はもう決まっているのだろうか。住んでいる世界が違う翼は風花の相手となれるのだろうか。


「申し訳ございません」


 どうやらもう答えてくれないらしい。口が堅く閉じられた。






【第四ペア 相原翼&桜木風花】


「肝試し、初めて!」

「ソウデスカ」

「ドキドキするね」

「ソウデスネ」


 風花はキラキラの瞳で懐中電灯を振り回している。風花は初体験のことで心が躍っているようだが、生憎翼はそれどころではない。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。この状況はめちゃくちゃヤバい。何がヤバいかって?

 桜木さんと二人っきりなんだよ! どう考えてもヤバいでしょ!

 あれ、僕は誰に話しているんだろう。

 まぁ、とりあえず。この状況がヤバいんだ。それだけははっきりと分かる。

 どどどど、どどうしたらいい。こういう時はどうするのが正解なんだ。分からない、全く分からない。あぁぁぁ、助けて優一くん







【第五ペア 本城彬人&藤咲一葉】


「ふはははははははっ」

「……」

「漆黒の闇! 広がる深淵! 絶望への足音!」

「……」


 流石は漆黒と深淵を愛する戦士彬人。洞窟に入った瞬間、彼の頭の上のアホ毛がぴょこぴょこと揺れ始めた。しかし、懐中電灯だけはしっかりと持ち、一葉の足元を中心に照らしてくれる。彼のそんな優しさに触れて、一葉の顔が徐々に赤く染まった。


 なんなの、この馬鹿。口では変なこと言っているのに、ちゃんと優しくしてくれる。やめてよ、そんなの……そんなことされたら……


 一葉は頭から煙を吹き出して、彼の隣を歩いていった。

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