第156の扉  お着換え終了

「あ、女子の着替えが終わった」


 太陽の赤色が治り、浮き輪やテントの仕度が整った頃、女性陣が更衣室から出てきた。翼が振り向くとそこには……


「飛び込んでもいい?」

「準備体操してからですわよ」


 飛び込む気満々の結愛と注意する保護者うらら。うららはパレオタイプの水着を着用している。綺麗な水色で、腰に巻かれたパレオのすき間から白い足が覗いていた。


「髪の毛邪魔だな」

「結べばいいじゃん、ねぇ風花?」


 髪の毛をサラサラとさせている美羽と一葉、そして……


「美羽ちゃんもお揃いにしようよ」


 ニッコニコ笑顔の風花。


「ほわぁ」


 彼女の姿を見た翼から思わず声が漏れた。

 風花は普段髪の毛を下している。肩の線より少し下までの長さがある髪は今、ポニーテールで結ばれていた。一葉がやってくれたらしい。本人はお揃いなので、嬉しそうだ。

 そして、風花の水着は……


「ねぇねぇ、女子ってさぁ、内臓あるのぉ?」

「あるだろ」

「でもさぁ、あの細さは異常だよぉ。絶対臓器一つないと思うんだよねぇ」

「あー、確かに、細いな」


 見惚れている翼の後ろでは、確信犯の優一と颯が腰に注意が向くようなトークを繰り広げている。そして、彼らの思惑通り


「!?」


 女性陣の腰に目が行ってしまった翼の頭から煙が出る。そんな彼の様子を見て、優一と颯がハイタッチをしていた。やはり混ぜるな危険コンビは危険である。


「姫様!」

「太陽、見て! 一葉ちゃんとお揃いなの」


 翼が倒れる中、太陽が風花の元へ飛び込んでいった。風花が自分の髪の毛を揺らしながら、嬉しそうにアピールする。


「お似合いですよ、姫様。あぁ、良かったです。本当に良かったのです」

「ふふふっ」


 太陽がムギュっと風花を抱きしめている。風花本人はご機嫌なので全く気がついていないが、太陽は不自然なくらい彼女にひっついていた。


「太陽さん、まさか……」

「んー、私も思ってたんだよね~」


 彼の行動を見て、風花以外の女性陣が何か勘付いたようだ。鋭い目線が男性陣に注がれた。


「風花さん、向こうで日焼け止めを塗りましょうか」

「うん!」


 うららが風花に声をかけて、太陽から引きはがす。名残惜しそうにしながらも、太陽は彼女の腕を離した。そして、彼の前には美羽と一葉が。


「ねぇ、太陽くん」

「ウチたちが着替えている間に何か言われたの?」

「!?」


 彼女たちの発言を聞いて、混ぜるな危険とのやり取りを思い出した太陽から煙が吹きだす。その様子を見て、美羽と一葉が黒い笑顔を浮かべた。


「ほぅ……ちょっと、お姉さんたちにもその話聞かせてもらおうかな」

「え、あの、ちょ……」

「大丈夫、大丈夫。何も怖いことはないからさ」


 太陽の両側をがっちりと抱え込み、美羽と一葉が彼を拉致していった。









「ありがとう、うららちゃん!」


 一方、風花はうららに日焼け止めを塗ってもらい、ご機嫌である。音符を辺り一面にまき散らし、ルンルンなご様子。

 風花は海が初体験。砂浜も水着も初体験。そして、友達と一緒にお泊り旅行も初体験。初めてのこと尽くしで楽しいのだろう。風花の瞳が見たことがないくらいキラキラに輝いていた。

 風花の記憶は心のしずくとなって散らばってしまっている。スカスカだった彼女の記憶の中に、過去と現在の暖かい思い出たちが増えてきた。今後も一人の女の子として、たくさんの思い出が風花の中に残ることだろう。

 うららは風花の頭を撫でながら、目を細めていたのだが、突然彼女がキョロキョロと辺りを見渡し始めた。


「風花さんどうしました?」

「相原くんは?」

「ん? あぁ、あちらにいらっしゃいますわよ」

「んふっー」

「?」


 何やら風花はそわそわしている様子。どうしたのだろうか。うららは彼女の様子に首を傾げる。すると……


「相原くんは……何て言ってくれるかな」


 風花が小さく呟いた。彼女はそわそわしながらも、ほんのりと頬を赤らめて翼の方を眺めている。


「なるほど」


 うららが風花の感情を理解したようで、声を漏らした。

 風花は心のしずくを半分程度取り戻すことができた。最初は無感情、無表情の彼女だが、今では様々な表情を見せてくれている。

 彼女はまだ『恋』という感情を理解することができないものの、恋の種は胸の奥に芽吹いている。今、その蕾が疼いているのだろう。風花が『恋』を理解できるのは、そう遠い未来ではないかもしれない。


「相原さんの所に行きましょう。風花さんがその水着を選んだ理由をお伝えすると、喜ばれると思いますわ」

「んー」


 うららの発言に風花は難色を示す。モジモジと指をツンツンし始めた。彼女は自分の中の感情に戸惑っているのだろう。自覚し始めた恋心。今まで経験したことのない感情がくすぐったいのだ。


「あ、あのね、何かね、ちょっとだけ……恥ずかしいの」


 相原くんに自分の水着姿を見せたい。でも、何だか恥ずかしい。相原くんは何て言ってくれるかな。変じゃないかな。やっぱりやめた方がいいかな。でも、見てほしいな。


 うららは戸惑う風花を微笑ましく思いながら、優しく声をかける。


「私も一緒に行きましょうか?」

「いいの?」

「もちろんですわ」

「ありがとう!」


 うららの提案に風花の顔に花が咲く。風花は普通の女の子。心を失くしていても、気になる異性の反応が見たいのだ。












「俺、翼の将来が心配だな」

「俺もぉ」


 優一と颯が心配する先には、いまだ煙を噴き出して気絶してる翼が。彼はピュア過ぎるのだ。女性の腰を見ただけでこの反応では、先が思いやられる。

 翼は恋するピュアボーイ。相手は鈍感ガールの風花。彼らの関係は発展できるのだろうか。風花はまだ恋を自覚できないが、それ以前に翼がこんなことでは発展する物もしないだろう。優一と颯はため息をつきながら、倒れている翼をツンツンしていたのだが、後ろから黒い影が忍び寄る。


「成瀬くん、鈴森くん」

「ちょっと、いいかな?」

「「うげっ!?」」


 振り向くと、指をポキポキと鳴らしながら、美羽と一葉が仁王立ちしていた。彼女たちから真っ黒なオーラがにじみ出ており、何とも不気味ないで立ちである。優一と颯の顔がどんどん引きつり出した。


「太陽に変なこと吹き込んだんでしょ!」

「変態コンビ! 最低!」


 美羽と一葉に拉致された太陽が、全てをゲロってしまったらしい。純粋な太陽をからかったため、二人の怒りは爆発寸前。ちなみに今、真っ赤になった太陽を結愛が慰めている。


「別にいいだろうが!」

「そうだよぉ! 大人の階段は上るためにあるんだからぁ!」


 ゴツン×2














「あれ、二人ともその頭どうしたの?」

「「聞くな」」


 気絶して倒れていた翼が目を覚ますと、頭の上に大きなたんこぶを乗せた優一と颯が。何とも痛々しい。何があったのだろうか。翼は苦笑いしながら首を傾げることしかできなかった。

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