第157の扉  見えない表情

「相原さん」

「?」


 翼が優一たちと話していると、うららと風花がやってきた。風花は何やら恥ずかしそうに、もじもじしているように見える。何となく頬も赤い。どうしたのだろうか。翼が首を傾げていると


「風花さんからお話があるようですわ」

「僕に?」

「はい。風花さん、どうぞ」


 うららに促されて、風花が一歩前に出る。彼女の後ろにはうららが立ってくれ、風花を安心させるように肩に両手を置いてくれた。


「ぁ、の……」


 風花はチラチラと、翼に目を向けては離してを繰り返していたのだが、指をツンツンさせながら言葉を紡ぐ。


「あ、あのね……」

「?」

「水、着……」




_______________





「風花さんの好きな色はなんですか?」

「ピンク!」


 風花はうららと一緒に自分の水着を選んでいた。彼女の好きな色はピンク。桜の花と同じ色だから好きなのだ。


「そう言えば、相原くんと最初に会ったのは桜の木の下だったなぁ」


 翼との出会いを思い出した風花が、頬を緩めながら呟いた。風花の転校初日、学校の桜の木の下で彼らは出会っている。その時のことを思い出して、ポカポカとする感覚が風花の胸に広がった。


「赤色……」


 胸に手を当てて幸せそうだった風花だが、突然ポツリと呟いた。




_______________





「だからね、あのぉ、相原くんは、火練さんで赤色だから、私も赤色に、したいなって思ってね」


 そう言われて改めて風花の水着を見ると、全体的にフリルの着いたセパレートタイプの水着で、彼女の白く細い腰がさらされていた。そして、風花の身に着けている水着の色は赤色。桜から連想した彼の色を身に着けたかったようだ。

 今の風花の恰好は、まるで翼の赤色が風花を抱きしめt


「あぁぁぁ、待て待て待て。顔隠せ、ヤバい」

「ふふっ、緩すぎ。桜木さん怖がるよぉ」

「風花さん、海が綺麗ですわよ」


 優一と颯が翼の顔を隠し、うららが風花の目線を海へと移した。突然の出来事で翼と風花は何が起きたのか分からない。


「海が綺麗だね」

「そうですわね」


 風花はいきなり視界が海になったので、キョトンとしていたのだが、キラキラと輝く海の虜である。翼のことはコロッと忘れて、うららと楽しそうに海を眺めていた。


「僕は今どんな顔をしているの」

「モザイクかけたい。女子に向けていい顔じゃないぞ」

「気持ちは分からなくもないけどぉ、それはヤバいってぇ。ふふふっ」


 風花の話を聞いて、緩みまくった翼の表情を優一と颯の二人がかりで何とか整える。緩みに緩みまくっているのだ。モザイク案件である。この顔を風花が見たらトラウマになってしまうだろう。そんな事態は避けなければいけない。













「神崎、いいぞ」


 数分後、翼が何とか整い、うららに合図を送る。風花本人は今の一連のやり取りに全く気がつかず、海に夢中だったのでキョトンと首を傾げていた。


「なんだっけ?」

「水着の話ですわ」

「あっ! そうだ。あのぉ、それでね、これにしたの……どうかな?」

「ぐ……」


 風花が恥ずかしそうに問いかけるので、翼の顔がまた緩み始める。足元がふらつき、倒れそうになったのだが、彼の両側から優一と颯が身体を支え、何とか踏ん張った。


「ほらほら、翼くん。水着の感想を伝えるのは男子の礼儀だよぉ」

「耐えろ、翼。桜木が見ているんだぞ。あと後ろに神崎がいる。これ以上やらかすと、ヤバい」


 二人の応援もあり、翼は表情が緩み過ぎないように耐えながら風花へと言葉を紡ぐ。


「ささ、桜、木さん」

「うん」

「そそそそ、その水着……とととっとても……」

「とても?」

「にににに、に」

「に?」

「似合ってます!」


 その言葉を放った瞬間、翼の頭からプシュゥと煙が吹きだす。彼はもう限界だったようだ。風花の姿を見れないようで、俯いてしまった。しかし……


「「あっ……」」


 翼の横で身体を支えていた優一と颯から声が漏れる。彼らの目線の先には


「ありがとう」


 お礼を言う風花が。二人の視線に気がついたうららが風花の顔を覗くも、そこにはいつもの殺人スマイル風花しかいない。彼らは一体何を見たのだろうか。


「行きましょうか、風花さん」

「うん!」

「成瀬さん、後ほどお話が」

「はぃ……」


 これ以上居ると、翼がまた見せてはいけない顔をしそうなので、うららが風花を連れて去って行った。取り残されたのは煙を噴き出している翼と、ポカンとしている優一と颯。


「なあ、颯。見たか、今の」

「うん、見たぁ。あれはヤバいよねぇ」

「ヤバいな。翼が見ていなくて良かった」

「うん、それは本当に。俺でもキタもん」

「俺もキタ。あれはダメだ」


 翼はキャパオーバーして気絶中、二人の会話も聞こえていない。彼らは何を見たのだろうか。









「~♪」

「良かったですわね、風花さん」

「うん! 嬉しい!」


 翼に水着を褒めてもらえたので、風花はニコニコ笑顔。眩いくらいにその笑顔が輝いていた。しかし、風花には気になることが一つ。


「どうして恥ずかしかったのかな?」


 太陽に見せる時には、全く恥ずかしさを感じなかった風花。翼の時だけ恥ずかしかったし、緊張したのだ。この感情の違いは何なのだろう。


「そのうち分かりますわ」


 うららは悩み込む風花を微笑ましく思いながら、頭を撫でていた。






 _______________





 一方……


「本城くん!」

「む?」


 砂浜でお城作りに勤しんでいた彬人の元へ、満面の笑みの美羽とほんのり顔を赤らめる一葉が。彬人の手元にはこの短時間でどうやって作ったの、と聞きたくなる程完ぺきな砂の城が。扉や窓、塀まで完ぺきにお城である。

 二人は彼の思わぬ才能に見惚れていたのだが、彬人の声で現実に戻ってくる。


「なんだ?」

「あぁ、そうだった。一葉ちゃんの水着姿どう?」


 美羽が話題を振り、彬人の目線が一葉へと映った。純真なその瞳に見られて、つい逃げ出したくなった一葉だが、美羽が両肩を掴んで離さない。

 一葉の着ている水着はセパレートタイプの紺色。胸元のフリルが可愛らしく、一葉の細い腰が惜しげもなくさらされている。


「可愛いと思うぞ」

「プシュゥ」


 予想していなかった直球の言葉に、一葉の頭から煙が噴き出した。そしてもう限界なようで、フラフラとおぼつかない足取りでテントへと戻って行く。


「あいつはどうしたのだ?」


 彬人は相変わらず一葉の行動が分からない様子。しかし、美羽はニマニマが止まらない。


「しばらく、そっとしておいてあげよう。で、私の水着姿はどう?」

「ふ、天女が舞い降りたかのようなまばゆさだな」

 訳)とてもお似合いです

「ん?」


 彬人の注目を自分に移し、水着の感想を求めたのだが、一つ気になることが浮上。それを確かめるべく、彬人へと質問を続けた。


「本城くん、風ちゃんの水着は?」

「ふ、神々しい光を放つ天使だ」

 訳)とてもお似合いです


「で、一葉ちゃんは?」

「む? さっきも言ったぞ? 可愛いと思う、よく似合っている」


 彬人の返答を聞き、美羽は腕を組み考え込んだ。

 彬人が零した言葉。一葉に対する言葉と、美羽風花に対する言葉の違い……


「これは脈ありですねぇ」


 美羽はフラフラと歩いている一葉の背中を見つめながら、にっこりと笑顔を浮かべた。

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