第151の扉 離さない、離せない
「姫に隠していることを知った時、あなた方は今までと同じように接してくれますか?」
「どういう、ことだ?」
優一の問いかけに太陽は慌てて口を押えた。このままの勢いでは全て話してしまいそうだったのだろう。危ない所で彼は踏みとどまった。
「申し訳ございません。今の言葉は忘れてください」
優一の策略にはまり、押し込めていた言葉の一部が出てきてしまった。太陽は心を落ち着けて、謝罪を口にする。しかし……
「どういう、意味だ」
思いがけず飛び出してきた言葉に、優一は驚きを隠せない。忘れろと言われて簡単に忘れられる類の言葉ではないだろう。
さっきの太陽の言葉は本人も意識せずに出てきた言葉の一部。彼の真意はそこにある。自分たちに封印の内容を言えないのは、それが理由だろう。
それなら、優一にはどうしても確かめなくてはいけないことが。
「俺たちが隠し事を知った時、桜木から離れるって思っているのか?」
「違います」
「桜木を軽蔑するとでも思っているのか?」
「違います」
「桜木を嫌いになると思っているのか?」
「違う、違う、違う! そんなこと思うはずないじゃないですか!」
優一の言葉に再び太陽が声を荒げる。落ち着けていた呼吸が乱れ、ポロポロと涙を流した。
「皆さんは、姫のそばに居てくれると思っていますよ、ずっと。その手を離さない、と」
「だったら……」
「ダメなんです!」
太陽は肩で呼吸をしており、かなり興奮しているようだ。それでも必死に呼吸を整えて、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「皆さんは、皆さんは……姫の手を離せないから……離せと言っても、離して、くれないから。だからダメなんです」
「どういうことだ?」
優一は太陽が何を言っているのか、理解できない。彼の守ろうとしているものは一体何なのか。
「この事実を知れば、姫は壊れる。彼女はおそらく休む間も惜しんで、しずく探しに没頭するでしょう。手段を選ばず、一分、一秒でも早く全てのしずくを回収しようと動くはずです」
「そんな、こと……」
「それほどの事情を聞いて、何も知らなかったように姫と過ごしてくれますか? 姫との日常が、皆さんの中でも楽しい物になりますか?」
太陽から紡がれる言葉に優一は何も言葉を返せない。
隠している事実を知った時、自分たちがその事実に引っ張られるのだろう。先ほど太陽が漏らした言葉の一部はそういう意味だ。
「だから私は封じます。例え、彼女に恨まれようと、あなた方に憎まれようと」
風花と距離が近くなった自分たちだからこそ、話せない事実。何を聞いても彼女のそばを離れない、離れられないから言えないこと。
太陽の涙はもう止まっており、瞳には冷たい光が宿っている。優一は太陽の決意にそれ以上何も言えなかった。
_______________
「ジジイ、余計なことはするな」
「ひどいことを言いよる。ワシは姫のためを思ってしたまでよ」
「信用ならん」
タタンと京也の間で相変わらず言い争いが続いていた。二人が火花を散らす中、風花は彼らの話を全く理解できない。自分のためとはどういうことなのか。タタンが伝えたかったことは何なのか全くわからない。そして……
「止まらない」
風花の涙は全く止まる気配を見せない。タタンに風の国の人との思い出を話してから流れ続けている涙。
どうして涙が流れているのだろう、何も悲しいことはないのに。
どうして止まらないのだろう、胸の奥が苦しい気もする。
どうして、どうして……
「桜木さん!」
風花が混乱していると部屋に翼の声が響く。彼はだいぶ焦っているようで肩で息をしていた。
「あい、はら、くん? ……あれ、止まった」
声に反応して風花が翼の姿を視界に映すと、今まで全く止まらなかった涙がピタリと止まった。胸の奥の苦しみも消えていく。これはどういうことだろう。
「大丈夫? 変なことされてない?」
「平気、王様と話してただけだから」
風花が涙の理由を考えていると、翼が駆け寄ってきてくれる。ひどく慌てているようだが、なぜなのだろうか。風花には理由が分からない。
「良かったぁ」
翼は風花の普段と変わらない様子に、安心して息を吐く。どうやら封印が解ける前に、間に合ったようだ。
「お前らもう帰れ」
翼が息を吐きだしていると、京也が声をかける。彼の声からはいつもの冷酷さと共に怒りの感情が含まれているような気がするのだが、気のせいだろうか。身体からピリピリとした殺気を出しているようにも感じる。
「京也く……」
「帰れって言ったんだ。聞こえなかったか?」
風花が口を出そうとするも、彼はそれをシャットアウト。何も話してくれないらしい。風花は諦めて口を噤んだ。
「姫、また会えるぞよ。それまで元気でな」
「はい、また」
風花は心配そうな目線をタタンに向けるも、彼はニコリと微笑むだけ。それを合図に風花と翼の姿が消えていった。
「ふぉふぉ、姫には頼もしいナイトが居るのじゃな」
彼女たちの消えた場所を見て、タタンは穏やかに呟いている。
「おい、クソジジイ」
そんなタタンとは対照的に、京也は鋭い殺気を彼に向けた。風花が消えたことで今まで押さえていた物を一気に出したのだろう。京也の周りに、彼から漏れ出た魔力の欠片が禍々しく漂っていた。
タタンはそんな彼の様子に、目を細めるも何も行動を起こそうとはしない。
「次、風花に手を出したら殺すぞ」
「物騒じゃな。安心せい、ワシはそなたらの味方じゃ」
「どうだか」
京也はギロリと目を光らせてタタンを睨むと、そのままスッと姿を消す。
_______________
「お帰りなさいませ」
太陽の暖かな声に誘われて目を開けると、柔らかく微笑んでくれる彼の姿が。翼と風花は無事に帰って来れたようだ。そして、風花の封印の蓋は開いていない。太陽は静かに頭を下げた。そんな彼らの隣では……
「桜木、ごめんな」
「?」
優一が風花をギュっと抱きしめていた。抱きしめられている本人は彼の行動の意味が理解できていないようで、キョトンとしているが、その腕を振りほどこうとはしない。風花の胸の中に、暖かな感情が広がった。
この感情の名前は何だろう。すごく心地よくて暖かい。
「姫、みなさんにお茶の準備をしたいのです。手伝っていただけますか?」
「うん!」
しばらく抱き合っていた二人だが、太陽の声を合図にキッチンへと消えていく。そんな二人の背中を見送りながら、優一が口を開いた。
「翼、悪かったな」
「ううん、僕もごめん。嫌な言い方した」
「納得した訳じゃないけど、あいつが守ろうとしているものは理解したよ」
「そっか……」
太陽が守ろうとしているもの、それは平穏な日常。みんなが笑って過ごせる空間。それを彼は守ろうとしている。
封印の内容は結局聞いていない。それを知ることでおそらく翼たちの日常までも壊れてしまうのだろう。だから、彼は自分たちにも話さない、話せない。
_______________
「久しぶりに夢の国に行ったなぁ」
「そうですね」
お茶の準備をしながら、風花が楽しそうに話してくれる。彼女は幼少期に数回夢の国へと渡っていた。タタンはもう一人のおじいちゃんという感覚なのだろう。
「王様、元気そうだったよ」
「それは何よりです」
太陽もタタンとの面識はある。穏やかなおじいちゃんで、誰に対しても優しい。そんな彼がなぜ今回のようなことをしたのか、太陽には分からない。
「王様がね……」
太陽が難しい顔をする中、風花は夢の国での出来事を話してくれる。心のしずくを5つも取り戻すことができたこと、タタンと風の国の話をしたこと、なぜか京也が現れたことなどなど。
「風の国のこと聞かれたらね、涙が出たの」
「……」
「国のみんなはいい人たちで」
「……そうですね」
「一人で買い物に行ったときは、リンゴをくれたり」
「……はい」
「花屋の、お婆ちゃんが、綺麗な、お花で、花冠を作って、くれたり」
「……はい」
「コロッケ屋さん、の、おじさん、が……」
「……」
「おじさんが……な、んで?」
「姫様」
「な、んで……ま、た」
風花の目からポロポロと涙が流れる。夢の国の時と同様、風花自身どうして泣いているのか分かっていないようだ。
「また来てねって、言ってくれて」
「……はい」
「今度は、みんなで、おいでねって」
「……」
「私は、風の国の人たちが大好きなのに、なんで、涙が止まらないの。何も悲しいことなんて、ないはずなのに」
「風花様……」
「な、んで……どうして、私、泣いているの」
「っ……」
「たい、よぅ」
涙を流し続ける彼女を太陽が抱きしめる。太陽には風花が泣いている理由が分かっているのだろうか。ギュっと力強く彼女を抱きしめるも、風花の涙はしばらく流れ続けた。
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