第150の扉  話さない、話せない

「では、姫。そなたの……」

「おい、クソジジイ」


 タタンの言葉を遮って一人の人物が部屋へ。突然聞こえたその声に風花が振り向くと


「京也くん?」


 ギロリと目を光らせる京也の姿が。京也は不思議そうに自分を見つめる風花に構わず、彼女とタタンの間に割って入った。


「ふぉふぉふぉ。なんだね、京坊、招いていないはずだが?」

「風花に何を言った」


 タタンの問いかけは無視して、京也は鋭い視線を注ぐ。彼の後ろにいる風花はもちろんそれには気づけない。


「ふぉ、普通に話をしていただけだが?」

「普通に話をしているだけなら、なんでこいつは泣いているんだ」


 先ほど涙を流した風花。彼女の涙はまだ止まっていない。ポロポロと瞳からあふれ続けている。


「京也くん、違うの。王様は何も悪くないよ、私が……」

「風花、お前は黙ってろ」


 タタンを庇おうとした風花だが、京也にピシャンとシャットアウトされてしまい、口を紡ぐしかなかった。


「ジジイ。敢えて辛くなるように誘導したな?」

「そんなことをするはずがないじゃろ。可愛い可愛いワシの風花姫じゃぞ?」

「嘘つくな、それなら何であんな聞き方したんだよ」

「京坊、いつから聞いていたのかな?」


 タタンは京也の視線にも怯まない。ニコリと微笑みながら、殺気を飛ばしてくる京也と対峙している。流石は一国を収める王様という所だろうか。


「ふぉふぉ、ワシは姫の今の気持ちも大切にしてほしかったんじゃよ。まぁ、途中で京坊に邪魔されたがな」

「目的はなんだ、ジジイ」

「ワシはみんなに幸せになってほしいんじゃ」

「どういう意味だ」

「いずれ分かるじゃろう。もちろん、そのみんなにはお主もはいっておるぞよ、京坊」


 風花は二人の会話について行けない。流れ続ける涙をゴシゴシと拭いていた。





_______________





「太陽」

「はい……」


 翼たちが眠りについてから、部屋には優一と太陽の二人きりに。重い空気が彼らの間に漂っていた。


「俺は話すべきだと思ったんだ。桜木の記憶だから」


 優一が頑なに夢の国への同行を拒否した理由。それは風花の記憶は風花のものだという考えだから。

 今までいくつか心のしずくを取り戻してきた。彼女はいつも嬉しそうにそれを眺めている。また一つ心が取り戻せた、自分の過去を知ることができる。その感情が表情に現れているのだろう。

 優一はそんな風花をずっと見てきた。だから勝手にその一部を隠している太陽に腹が立っている。


「そうかもしれませんね……」


 太陽は苦しそうに唇を噛んだ。そんな様子を見ていると、彼自身どうしたらいいのか分からない部分があるのかもしれない。


「どうして俺たちにも話してくれないんだ?」


 風花に話せないのは分かる。彼女が心を痛めてしまうから。でもそれならなぜ、仲間である自分たちにも話してくれないのだろうか。事情を知っていれば、助けられる部分もあるだろうに、彼は頑なにその口を閉じる。


「俺はお前のこと仲間だと思っている。信頼できる仲間だって」

「……」

「そう思っていたのは俺だけか?」

「私も思っています」

「それならどうして、話せない?」

「……」


 優一の鋭い問いかけに太陽は唇を噛む。信頼できる仲間だから、何でも話してほしいと思った。力になりたいと思っているのに、彼は口を閉ざしてしまう。


「やっぱり信用されていないんだな」

「違います!」


 優一が諦めてため息をついていた時、太陽の表情が変わり、彼は声を荒げた。苦しそうに唇を噛んでいたのに、今は泣き出してしまいそうな顔をしている。

 いきなりの太陽の変化に優一は戸惑いを隠せない。その戸惑いが落ち着く前に、太陽は口を開いた。


「みなさんと出会えて、姫は変わりました。私は本当に感謝しているのです」


 太陽は瞳を潤ませながら言葉を紡いでいく。


「風花様は歩いて行けるのです。みなさんと一緒なら、歩くことができるのです。姫の歩く道は険しすぎる。それでも、今まで無事にしずく探しを続けられるのは、みなさんが居てくれるから。私一人ではできなかった。

 姫の横に並んで、手を繋いで歩いてくれる。時には一歩後ろから見守り、背中を押してくれる。また時には、一歩進んで手を差し伸べて引っ張ってくれる。助けを求めれば、何本もの暖かい手が差し伸べられる。ギュっと握って、離さないでいてくれる。それがどれほど心強いことか」


 太陽の言葉は止まらない。次第に彼の瞳から涙が溢れ出した。流れる涙もそのままに、太陽は言葉を紡いでいく。


「たくさん笑って、たくさん泣いて、怒って。それでいいんです、それがいいんです。みなさんと楽しい時間を過ごしてもらえれば、それで。

 風の国の姫、異世界の住人。そんな肩書全てを取り払って、一人の普通の女の子として、桜木風花としての日常を過ごしてもらいたいんです。それだけが、私の願いなんです。

 みなさんと一緒にいる間はそれが叶うんです。優一さん、翼さん、彬人さん、颯さん、美羽さん、一葉さん、うららさん、結愛さん、学校の皆さん。

 あなたたちと一緒なら、一人の女の子としての幸せを手に入れられるんです。だから、お願いです、どうか、どうか……守らせてください」


 太陽は苦しそうに顔を歪ませて、優一に頭を下げた。


「俺たちだってその日常を守りたい。話してくれよ、その手伝いをさせてくれよ」


 優一たちもその思いは同じ。風花が安心安全にしずく探しを続けていけるようにと思っている。だから話してほしい。太陽が背負っている物を分けてほしい。


「……」


 しかし、太陽はまた固く口を閉ざす。彼の意思は固い、何回か話してくれるように詰め寄ったことはあるが、口を開いてくれない。優一は彼のそんな態度にグッと拳を握る。


「なんで、話してくれないんだよ!」

「……」

「仲間だろ? 寂しいことするなよ!」

「……」


 優一が語気を荒げて説得するも、やはり太陽は固く口を閉ざす。しかし、今までのやり取りで、ほんの少しだけ、彼の口は緩んでいた。彼の言葉は喉のすぐそこまで出かかっている。優一はその言葉を吐き出させようと、説得を続けた。


「言えよ、太陽!」

「……言えません」

「俺らも桜木の助けになりたい!」

「……」

「お前の助けにもなりたい!」

「っ……」


 優一の言葉に太陽の口が少し動いた。彼の心がほんの少し揺れた。優一はその隙を見逃さず、今までとは一変、優しい穏やかな口調で太陽へと言葉を紡ぐ。


「俺たちは、桜木のことも、太陽のことも大事なんだ」

「……」

「手伝いをさせてくれないか?」

「優一、さん」

「どうして話せない?」

「……」

「理由だけでも教えてくれ」


 優一の言葉に太陽の瞳が揺れる。彼の優しさ、暖かさが、太陽が必死に押し込めている言葉たちを連れ出そうと誘った。そして……


「姫に隠していることを知った時、あなた方は今までと同じように接してくれますか?」


 出てきた言葉は、ひどく残酷な言葉だった。

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