第152の扉  伏線回収

 なんだろう、すごくポカポカする。暖かくて、気持ちいい


 一葉は自分の中に入ってくる暖かい感覚でその目を開いた。その先には……


「!?」


 一葉の手を握りしめて眠っている彬人の姿が。寝起きでぼんやりとしていた頭が一気に覚める。一体どういう状況なのだろう。なぜ自分の横で彼が寝ているのだろうか。しかも手を握っている。先ほど感じた心地よい感覚は彼から伝わってきたものだろう。一葉がパニックを起こしていると


「ん……」


 彬人の目がぱちりと開いた。ぼんやりと目の前の一葉を見つめていたのだが、彬人は状況を理解したようだ。ふにゃんと笑って、口を開く。


「あぁ、一葉、起きたのか。おはよう、身体痛くないか?」

「んん!?」


 待て待て待て。これはどういう状況? 身体が痛くないか? 痛くはないよ、何ともないけどさ。

 ん? それって痛いかもしれないよってことだよね。こいつが心配してくれているんだよね。

 え、えっ、ええ!? ちょっと、待って。

 何かよく分からないけど、私は眠っていて、起きたら隣にこいつがいて、手を握ってて……


 ま、さ、か、大人の階段上った? え、でも、ちゃんと服は着てるよ?

 それに、彬人だけど、勝手にそんなことする?


「何ともなさそうだな、良かった」


 あんれぇー? この感じはなんだ? 何か彬人から漂う余裕の雰囲気が腹立つ。

 え、嘘でしょ、まだ付き合ってないのに。こんなことって……

 ちょっと、落ち着こう、私。はい、深呼吸してー。ひっひっふー。ひっひっふー。


 よぉし、順番に考えようかな。

 えーと、まず風花の家に来たよね。それでなぜか知らないけど、彬人が風花を押し倒してて、それを怒ってたんだ。なんでこいつはあんなことするのかな。本当に意味分かんない!


 あぁ、今はそうじゃなくて、えーと、その後三毛猫が来たんだ。で、よく分からないけど、風花が3歳くらいになって、私も……


 ん? あれ、ヤバい。そう言えば、あの時あいつなんて言ってたっけ?


『一葉、俺に抱かれるの嫌か?』


 で、私は何て答えたんだっけ?


『彬人、が、いい』


 あぁぁぁぁ、答えてるやん。同意してるやん。

 え、待って、嘘でしょ? でもあれって、そういう意味の抱くじゃないじゃん? 抱っこじゃん?

 えぇぇ、でも、んー、この状況。あの抱く発言はこの瞬間のための伏線?

 バカのくせにそんなこと考え着く? ない、ない。だってバカだよ? バカだもん。こんなに手の込んだことを思いつくはずがない。だって、バカだから。うん、大丈夫、大丈夫。ふぅ……良かったぁ、バカで。はぁ、焦ったぁ













 ん? でもあの時最初にその流れに持ち込んだのは、成瀬だな。












 あ、終わったー、詰んだかもしれない。バカ彬人一人なら大丈夫だと思ったけど、成瀬が絡んでるなら無理じゃん。

 なんだ、あいつ。文化祭のことの仕返しか? それにしてはひどすぎる。


 一葉の想像が黒幕優一説にたどり着いた時、彬人が不思議そうに彼女の顔を覗き込んだ。


「一葉、どうした?」

「……なんでもない」

「む? 顔が赤いな、大丈夫か?」

「@#“$%&!(‘#?!!!」


 一葉に触れようと彬人が手を伸ばし、キャパオーバー。彬人の顔面に拳が炸裂し、彼はすっ飛んでいった。


「んー、何の音?」


 鈍い音に反応して、隣に居た美羽が目を覚ます。

 そう、ここは風花の家。幼児化した女性陣が夢の国へと旅立ってしまったので、翼と彬人が救出に向かったのだ。

 彬人が夢の国に渡ると、目の前に眠っている美羽と一葉が居たため、そのまま連れ帰ってきた。そして、現実世界で先ほど目を覚ましたところである。


「なぜなのだ……」

「またやらかしたのかよ」


 壁に激突し伸びている彬人に、優一がため息を漏らす。彬人はなぜ一葉の気持ちに気がつかないのだろうか。謎である。


「えぇ、何事?」

「あぁぁぁ」


 状況を良く理解できない美羽の横では、一葉が真っ赤になって悶えていた。


 バカバカバカバカ。私は何を考えてるんだろう。彬人が勝手にそんなことするわけないじゃんね。例え成瀬が唆しても、そんなことしないもん。

 なのになんであんなこと考えちゃったんだろう。あんなの、まるで、私が、そういうことを、したい、みたいじゃん……

 あぁぁぁぁ


「あ、美羽ちゃんたちも帰ってきたんだね」


 彬人激突の音を聞きつけて、風花と太陽がキッチンから戻ってきた。美羽が真っ赤一葉の手を引っ張ってリビングへ移動し、お茶を飲むこととなる。


「一葉ちゃんはどうしたの?」

「放って置こう。また本城くんが無自覚でタラシたんでしょ」

「俺は何もしとらん!」


 一葉はしばらく復活できそうにないようだ。煙を吹き出して放心状態である。真っ赤一葉と頬っぺたパンパン彬人は放って置いて、しばらくみんなでお茶を楽しむ。しかし……


「これは誰が作った?」

「私!」

「……」


 優一の問いかけにドヤ顔気味で答える風花。全員の顔から表情が消え、遠くを見つめ始めた。彼らの目の前には丸や星、ハート型など可愛らしい見た目をしたクッキーが並んでいる。

 以前京也の誕生日パーティーで、料理の腕前を惜しみなく披露してくれた風花。彼女の料理は殺傷能力が高い。

 先ほど風花はキッチンへ入って行ったので、嫌な予感がして尋ねたのだが、最悪の事態が現実になってしまったようだ。


「「サクサク」」


 翼と太陽はもう諦めているらしい。遠い目をしながら犠牲になっている。優一が殺人クッキーに顔を引きつらせていると、思い出したように美羽が話を振った。


「そういえばね、海に行こうと思って」


 明日から夏休み。精霊付き8人と風花太陽で1泊2日の夏旅行をするようだ。美羽と一葉が本日練習に遅れたのはこの計画を練るためだったらしい。


「「うみ?」」


 突然の美羽の提案に風花と太陽がコテンと首を傾げる。どうやら風の国に海はないようだ。


「うららちゃんがプライベートビーチを貸してくれるんだって」

「プレパラートニーチ?」

「風ちゃん、プライベートビーチね」


 再び繰り出された未知の単語に、風花と太陽はますます首を傾げている。

 神崎財閥プライベートビーチ。日本の中枢を担う神崎グループに不可能なことはない。ビーチに隣接するホテルも貸してくれるそうで、至れり尽くせりである。


「楽しいこといっぱいあるよ」

「楽しみ!」


 美羽に微笑みかけられて、風花の顔に花が咲く。「うみ」や「プレパラートニーチ」など分からない単語は多いものの、みんなでお泊りという事実に心が躍ったようだ。風花から音符が噴き出している。


「楽しそうだね」

「そうだなー」


 そんな彼女を例の如くお花を飛ばして眺めている翼。もちろん本人は無自覚である。優一からため息が止まらない。


「じゃあ、明後日迎えに来るからね!」

「うん」


 神崎グループのバスが送迎を行ってくれるらしい。10人での夏旅行。一体どうなるのだろうか。何だかよく分からないが、面白い展開になりそうではある。よく分からないが、何かがありそうな予感がする。優一は今後の展開を思い、黒い微笑みを漏らしていた。




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