第138の扉  違える道筋

「もう一度聞く。お前たちは何を隠しているんだ?」

「……」

「あの黒い物はなんだ? お前は何者だ?」

「……」

「京也は敵か?」

「……」

「答えろ、太陽」

「……言えません」


 優一が鋭い視線を向けながら、太陽に質問を投げるも、彼は答えようとしない。唇に力を入れたまま、拳を握りしめている。彼の意思は固そうだ。


「っち。横山、あとはお前が聞け」

「え、ちょっと、成瀬くん!」


 優一は舌打ちをすると、美羽の静止も無視してそのまま部屋を出て行く。


「もう! 勝手なんだから!」

「結愛が行ってくるよ」


 優一の行動にプンプンと怒っていた美羽だが、結愛が彼の後を追ってくれた。リビングには翼と太陽と美羽の三人。


「すみません……」

「太陽くんが気にすることないよ。今のは成瀬くんが悪い」


 太陽は相変わらず、唇に力を入れている。彼のそんな様子を見ると、美羽の口から自然とため息が漏れた。そして優一から引き継いで、質問を続ける。


「封印の内容は、いつか風ちゃんも知ることになる?」

「おそらくは……」

「隠していることが返って傷つけない?」


 美羽の質問に、太陽が泣き出してしまいそうな顔をした。その表情が答えだろう。

 おそらく彼自身全て分かっている。風花がいずれ知ることになる未来も。それを知った時にどう思うのかも。それでも太陽は隠し続ける。たとえ、隠したことで彼女を傷つけたとしても。その理由は……


「姫には少しでも長く、笑顔でいていただきたいのです」


 太陽は力なくニコリと微笑む。翼は彼のその笑顔を見て、また涙が零れ落ちそうになった。

 太陽はいつも風花のことを第一に考えて行動している。その彼が隠した方がいいと判断した情報。だけど、いつか風花が知ってしまう情報。それを知った時、彼女はどう思うのだろうか。













「成瀬くーん」

「佐々木……おっと!?」


 庭に居た優一を結愛が捕まえ、ムギュっと抱き着いた。優一は結愛の行動に一瞬驚くも、その手を振りほどこうとはしない。結愛は優一の服に顔をうずめながら、話し出す。


「後で太陽くんにごめんなさい、するんだよ?」

「分かってるよ……」


 優一は苦しそうに顔を歪めた。

 彼があんな言い方をした理由。それは二つある。


 強引にでも、太陽が背負っている物を分けてほしかった。あいつはいつも自分たちの中だけで抱え込もうとする。今までの付き合いで信頼関係は築いてこれたと思っていた。こいつらになら何でも話せるくらいに。そう思っていたのは俺だけか。


 優一は悔しそうに唇を噛む。そして、もう一つ。


「何を隠しているのか知らないけど、桜木の記憶だろう」


 太陽が隠したいことが何なのかは分からない。しかし、それは風花の心のしずくに刻まれている情報。それは風花の物だ。太陽の物ではない。それを本人の同意もなしに封じ込めていいのだろうか。そこまでして隠し通さなければいけない事実なのか。

 隠すことが本人のためになるとは限らない。太陽にずっと心配をかけた、背負わせてしまった、と彼女は自分を責めるのではないだろうか。


「太陽くんは、いつも風ちゃんのためにって、やってる」

「……」

「大丈夫、だよね」

「……」

「風ちゃんも、太陽くんも……どこかに、行ったり、しない、よね」


 結愛の声は次第に小さく、か細くなっていく。優一の服に埋もれているので、彼女の顔は見えないが、瞳は涙でいっぱいなのだろう。その肩が小さく震えているようにも見えた。

 彼らは自分たちに隠していることが多すぎる。突然姿を消しても不思議じゃないくらいに。


「あぁ、きっと大丈夫……」


 優一は結愛の頭をポンポンと撫でることしかできなかった。














「ん……」

「風ちゃん、起きた」


 しばらくすると、風花がぱちりと目を覚ます。ベッドから体を起こそうとするので、その動作を美羽が手伝った。


「みんなどうしたの?」

「……桜木さん」


 先ほどの記憶が風花にはないのだろう。本人はキョトンとしている。今風花の部屋にいるのは翼、太陽、美羽の三人。風花は三人の顔を不思議そうに眺めていた。


「お疲れだったのでしょう。しずく探しの途中で意識がなくなったのです」


 風花の枕元にしゃがみ、太陽が話しかける。彼の行動で翼たちの顔が一瞬歪むも、風花の位置から二人の表情は確認できない。


「えっ!? ごめんなさい、みんなに迷惑かけちゃった」

「大丈夫ですよ。それよりもお身体で変なところはございませんか?」

「んー、大丈夫かな」


 風花は太陽の質問に身体をパタパタと確認してから答えている。魔力暴発の危機を経験したが、異常はないようだ。


「ありがとね、太陽!」


 風花は普段通りの笑顔を太陽に向けている。翼はその笑顔を見て、胸が苦しくなるのを感じた。


 風花は一体何を隠されているのだろうか。それは本当に隠しておいた方がいいことなのか。隠されていることを知っても、彼女は今と同じように笑えるのだろうか。


 太陽の判断は、風花の笑顔を守るため。そのために記憶に鍵をかけた。自分が彼の立場なら、どう行動するだろう。

 大好きな人の笑顔を守るために、自分は全てを背負えるだろうか。


「桜木さん」


 翼は風花に近づいて彼女を抱きしめた。ギュっと力強く、彼女のぬくもりを確かめるように。


「どうしたの?」

「僕の名前、呼んで」


 翼のいきなりの行動に風花は驚きが隠せない。彼の腕の中でわたわたとしていたのだが、


「お願い……」


 彼の言葉と共に、風花の動きがピタリと止まった。翼の肩が震えていることに気がついたのだ。力強く自分を抱きしめてくれるのに、彼は壊れてしまいそうなくらいに脆い。


「……相原、翼くん」


 風花が名前を呼び、翼の震える肩を抱きしめ返す。

 今回の一件で一時的だったが、風花の中から翼たちの記憶が消えた。そして、一歩間違えば、彼女の命が消えていた状況。いつかこの人は消えてしまうのではないか。









「太陽」


 戻ってきた優一が彼を呼び、二人で風花の部屋を抜け出した。


「さっきは悪かった」

「いえ、申し訳ございません」


 太陽は苦しそうに顔を歪ませて、謝罪の言葉を口にする。彼は絶対に話してくれないだろう。その意思は固い。


「俺たちはいつでも聞けるから」


 優一はそう言うと、太陽の頭をポンポンと撫でる。太陽は抱え込み過ぎなのだ。いつか壊れてしまうのではないか。彼もそれを分かってはいるだろう。しかし、それでも吐き出そうとしない。

 それなら彼が吐き出したいと思った時に、受け止められるようにするしかないだろう。


「……ありがとう、ございます」


 太陽は優一の言葉に瞳を潤ませる。彼はいつか話してくれるだろうか。それは誰にも分からない。














「京也、どういうつもりだ」


 魔界、王の間にて。京也、消助が董魔に今回の報告をしていた。


「あそこで術を解かなければ、風花の力が暴発し、心のしずくもろとも消し飛んでおりました」


 今回京也が素早く原因を見つけて、対処できたから良かったものの、風花の命が消えていてもおかしくない事態だった。そして、おそらく董魔は暴発の危険性を分かった上で、消助に指示を出している。京也は自分の父親を静かに睨みつけた。


「風花を殺すことが目的ですか?」


 董魔は以前、ローズウイルスで風花の命を奪おうとした。そして、今回は消助を使って風花を壊そうとした。彼の目的が分からない。


「さぁ、どうだろうな」

「……」

「お前は俺の命令通りに動いていればいい」

「……はい」


 命令は絶対。本人の意思に関係なく、任務はこなさなければいけないのだ。董魔は京也に何をさせたいのだろう。



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