第137の扉  鋭い命令

「頭痛い……」


 再び風花を頭痛が襲ったようだ。苦しそうに顔を歪め、地面にうずくまる。ふらつく身体を京也が支えたが、風花は自分のそばにいる京也を不思議そうに見つめ返した。


「どうした?」

「あ、なた、だれ?」

「は?」


 視線に気がついた京也が尋ねるも、風花は不思議そうに首を傾げているだけ。ついに京也までも風花の記憶から消えた。

 京也が消助の方に視線を向けるが、彼は首を横に振る。消助が魔法を発動して、京也の存在を消したわけではないようだ。彼女の身に一体何が起こっているのだろうか。


「うぅ……」


 風花の頭痛は依然収まらない。苦しそうに頭を押さえている。そして、もう一カ所。風花は自分の胸元も苦しそうに握りしめていた。それを見て、京也は状況を把握する。


「消助、術を解け」


 今の彼は普段の京也ではない。魔界の王子、四天王を支配するトップの顔をしていた。自分の命令は絶対、逆らうことは許さない、と彼の態度が言っている。


「……memoryメモリー eatイート


 京也に促されて、消助が呪文を唱えると、小さな魔法陣が風花の頭へと飛んでいった。魔法陣は黒色の光を放って、くるくると飛んでいたのだが、しばらくして消える。


「私の術はもう消えましたが」

「んぅ……」


 魔法陣が消えても風花の様子は改善されない。依然頭と胸を押さえて苦しそう。京也は風花のその様子に一瞬苦しそうに顔を歪ませるも、すぐに冷酷な顔を張り付けて次の指示を飛ばす。


「太陽、お前もだ」

「京也さん……」

「ここで風花が死んでもいいのか」

「……」


 太陽はその言葉と共に、いつもの柔らかい雰囲気を消して冷たい空気を纏った。そして、風花の元へ歩みを進める。


「姫様、申し訳ございません」

「だ、れ? ……なに?」


 風花は苦しそうに顔を歪めながら、太陽を見つめる。しかし、太陽は風花の問いかけに答えてくれない。冷たい空気を纏ったまま、彼女の胸元に手を当てた。そして、白色の光を放って風花の体内に手を進めていく。


「んんっ!? やだぁ、やめ、てぇ……あぅ、んっ」


 太陽が手を進めると同時に、風花がジタバタと暴れ出した。上手く力を入れられないのか、か弱い力で太陽のことをポカポカ叩いている。


「申し訳ございません」

「風花、大人しくしてろ」


 太陽は抵抗する風花に構わず、彼女の中へその手を進め続ける。風花の後ろに居た京也が両手を上で束ね、拘束。そして、身をよじり逃げたそうとした彼女の腰に足を巻き付け、完全に動きを封じてしまった。


「あぅ、んんっー、やだぁ、やぁだ! いやぁ……んぅ」

「っ……申し訳、ございません」


 風花が抵抗を続けるも太陽は止まらない。腕を5㎝ほど風花の体内に突っ込むと、胸の中で白色の光を放った。それと同時に太陽の身体から黒い物が噴き出して、彼の呼吸が乱れ始める。


「何を、しているの?」

「「……」」


 状況を理解できない翼が疑問を口にするも、太陽も京也も答えてくれない。しかし、先ほどまでのふざけた空気は、彼らから一切感じられなかった。


「やめてぇ、いや、なの。んんっ、はなしてぇ」

「申し訳、……ございません。っ……ぁ」

「風花、あと少しで終わるから」

「やだぁ……んー」


 風花は太陽と京也の間でもぞもぞしている。もちろん身体は京也がしっかりと捕まえているので、彼女は何もできない。

 京也は涼しい顔で風花を押さえているが、太陽の額には無数の汗が滲み、身体から黒い物が溢れ続けている。そして、徐々に太陽を黒く染めていった。

 風花の身に何が起きているのか、太陽たちは一体何をしているのか。翼たちには何も分からない。


「んぅ」


 しばらくすると、苦しそうな風花の声を最後に、彼女は沈黙。気絶しているのか、ピタリとその動きを止め、京也にもたれかかった。


「終わり、ました」


 そして、太陽が白色の光を消し、風花の中から腕を抜いた。それと同時に身体を包んでいた黒い物は、彼の中に消えていく。しかし、汗が吹き出し、呼吸も乱れて苦しそう。限界を迎え倒れ込んだ太陽を、地面に激突する前に京也が受け止めてくれた。


「ありがとう、ございます……」

「落ち着いたら、こいつの目が覚める前に術をかけなおせ」

「は、い……」


 彼らの身に何が起きているのか。理解できない翼たちは、見ていることしかできなかった。

















「桜木さんは?」

「もう大丈夫です」


 一向は風花の家に帰ってきた。あれから風花は穏やかな表情で眠り続けている。そして、ベッドに横にした身体に、太陽が再び腕を突っ込んでいた。


「何が起きたの?」


 風花の部屋からリビングへ場所を移し、翼、優一、美羽、結愛が真剣な表情で彼の答えを待つ。風花の身に何が起きたのか。太陽と京也は何をしていたのか。


「一歩間違えれば、姫は死んでしまう所でした」


 難しい顔をしながら、太陽が事情を説明してくれる。

 京也と同じく黒色のローブに身を包んでいた男性、消助。彼は魔界四天王の一角で、記憶を消去、復元、追加、改変することができる。今回、風花は翼たちとの記憶を消去、京也に対して恋愛感情を持つように改変させられた。


「姫の頭痛は、負担がかかり過ぎた影響だと思われます」


 通常、記憶操作の魔法を受けても、今回の頭痛のような副作用が起こることはない。操作されたことにも気がつかず、日常生活を送ることができるのだ。しかし……


「姫には元々、私が魔法をかけておりました」


 太陽が魔法をかけている上に、重ねて記憶操作の魔法をかけた。そのため、負担が大きくなり頭痛が生じたのだろう。


「私は姫の心の器に魔法をかけております」


 心の器。風花の心のしずくを保存するための容器。彼が胸に手を突っ込んだのはそのためだ。

 消助による記憶の負担で頭痛が。太陽による心の負担で胸痛が発生。

 風花の心のしずくには感情と記憶と魔力が入っており、この3つは密接に結びついている。もし、魔法を解いていなければ、記憶と感情に密接に結びついている魔力が暴発しただろう。最悪の場合、記憶も心も、そして風花自身も壊れていたかもしれない。


「そんなこと……」


 太陽の言葉に翼たちは何も言えない。京也が気付いて、対応できたから良かったものの、そこまでだとは考えていなかった。全員の中で沈黙が広がる。






 しかし、太陽が語った言葉たちの中で、疑問が浮かび上がった。


「お前たちは何を隠している?」


 優一が鋭い視線を太陽に向ける。

 そう、今回の風花の暴発の原因を作ったのは、記憶操作を行った消助と、元々魔法をかけていた太陽だ。

 太陽は優一の問いかけに苦しそうに唇を噛む。


「……ある記憶を思い出さないように、術をかけています」


 太陽は扉魔法を用いて、心の器に魔法をかけている。記憶の扉が開かないように鍵をかけたようだ。

 風花はしずくを取り戻す度に過去の記憶を取り戻しており、以前楽しそうに話してくれたこともあった。そんな彼女だが、思い出さないようにされている部分があるということだろう。

 翼が考え込んでいると、太陽は胸元からネックレスを出す。そこにはガラスの瓶に入った真っ黒の石が。


「これは封印の強さを示す石です」


 この石が真っ黒の時は、封印がしっかりとかかっている状態。白色に近づけば、封印が弱まっている状態なのだそうだ。


「封印の内容は?」

「申し訳ありませんが、お答えできません」


 太陽は苦しそうに顔を歪め、謝罪の言葉を口にし、ぺこりと頭を下げた。


「……っ」


 どうして教えてくれないんだろう。今までたくさんの冒険をしてきた。辛い時、楽しい時、みんなでいつも共有してきた。信頼できる仲間だと思っている。

 それなのに、いつも君たちは僕たちと一線を引こうとする。

 自分たちとは違うのだと、生きている世界が違うのだと突き付けてくる。

 僕は、それがどうしようもなく悲しい。


 翼はこみあげてくる涙をぐっと飲み込んだ。しかし……


「隠しているのは、本当に桜木のためか?」

「ちょっと、成瀬くん!」

「黙ってろ、横山。俺は太陽に聞いている」


 翼が堪えている中、優一の質問が太陽を貫く。意図に勘付いた美羽が止めるも、彼は止まらない。


「そもそもどうして京也が知っているんだ。おかしいよな? あいつは敵だろう?」


 ダンジョンで風花を助けてくれた時から感じていた違和感。ハナカラ族との一件ではっきりと分かった。京也は心のしずくを奪う気がない。

 今回も風花が手に持っていたしずくを、そのままにして帰っている。彼の目的が一体何なのか、分からない。


「もう一度聞く。お前たちは何を隠しているんだ」

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