第139の扉  文化祭準備だぁー!

「「文化祭準備だぁーーー!」」


 アホ毛コンビ、おっと、失礼。彬人と結愛が叫んでいる。

 そう、本日は文化祭の準備日。役割分担しながら、当日の開催に向けて準備を進めていく。


「桜木さん、身体は変な所ない?」

「大丈夫だよ」


 消助の一件があって、風花の身体に負担がかかったようだが、特に問題はないようだ。自然と翼の口から息が漏れる。

 太陽による心の器の封印。彼女は何を隠されているのだろうか。


「係を決めます!」


 翼が考え込んでいる間に、学級委員の平野蓮の声が響いた。

 翼たちのクラスは先日の会議で『男装女装カフェ』に決定。女性陣は燕尾服、男性陣はメイド服に身を包む予定である。さっきから男性陣は当日のことを思い、暗い表情をしていた。

 そんな彼らは置いておき、各自自分の役割を決めていく。お菓子係、買い出し、衣装係、美術班などなど……


「私はお菓子係に……」

「風ちゃんは結愛と一緒に衣装係やろうか!」


 お菓子係に名乗りを上げようとした風花の腕を、結愛が強制的に引っ張って行った。暗黒物質ダークマター製造機である風花がお菓子担当になってしまっては、お客さんからクレームの嵐である。

 今日は服の採寸をするようで、教室一つを丸々貸し切って、メイド服、燕尾服がズラーと並んでいるのだ。ちなみに神崎グループ、大野グループが全面的に協力してくれた。


「では、わたくしたちも行きますわよ。相原さん、鈴森さん」

「はぇ?」「んぇ?」


 結愛のファインプレーに胸を撫で下ろしていたら、うららが珍しく不穏な空気を放つ。いきなりの呼びかけに変な声を漏らす翼と颯。彼らはまだこれから起こることを知らないのだ。うららが何やら黒い笑顔を張り付けているような気もする。それを見た二人が


「僕は買い出しに……」

「俺もぉ、用事を思い出したぁ……」


 逃げ出そうとするも


「行きますわよ?」


 うららが二人の首根っこを掴んで離さない。ズルズルと引きずられながら、連行されていった。一体どこに連れていかれたのだろうか。優一が首を傾げていると……


「あぁぁぁぁ! やめて、やだ! 待って、離して!」

「ちょ、ちょ、ちょっとぉ! みんな落ち着こうよぉ、ね?」


 何やら物騒な叫び声が響き渡る。翼はともかく、颯までも慌てている事態とはいったい何なのだろうか。


「なんだ?」

「知らない方がいいこともあるのだよ」


 優一が首を傾げていると、美羽が何か意味深なことを呟いている。嫌な予感しかしないのだが。


「ふ、俺の右手が疼くぜ」

 訳)買い出しに行きましょう


 優一が顔を引きつらせていると、彬人から肩を叩かれた。この場にいるよりは安全だろう。優一と彬人はクラスメイトを何人か連れて買い出しへと向かった。その後ろ姿を美羽が不敵な笑みを携えて見守っていることには気づかずに……














 一方その頃、翼と颯が連行された教室の中では……


「キャー」

「翼ちゃん、可愛い!!!」

「翼ちゃん、最高! こっち向いて!」


 フリフリのメイド服に身を包む翼ちゃんが爆誕。

 翼と颯は衣装合わせのために、連れ込まれていたのだ。数人の女性陣に囲まれて、無理やりメイド服を着せられた。

 紺色のワンピースに、フリルのたくさんついた白色のエプロン。胸元には可愛らしいリボン。スカートは膝丈で、白色のタイツを履いている。そして、頭の上には可愛らしいヘッドドレス。


「うぅ……もうやだぁ」


 今の恰好が余程恥ずかしいのか、翼は顔が真っ赤である。その様子を見て、颯が笑いの地獄へと落ちていった。もちろん彼もフリフリのメイド服に身を包んでいる。二人とも可愛らしい仕上がりだ。


「う……」


 当日はこの格好で接客をしなくてはいけない。何だか吐き気がしてきた。動悸もする気がする。あっ、めまいもしてきたかも。これはもう文化祭準備どころじゃないぞ。そうだ、こんな体調ではダメだ。よし、帰ろう。


「うらら様や」

「神々しい……」

「後光が見える気がする」


 翼が仮病に苦しんでいると、執事服に身を包むうららが現れた。なぜか神々しいオーラを放っている。

 男性陣がメイド服、女性陣は執事服に身を包む。そして、採寸をしないといけないのは男性陣だけではない。うららのように女性陣も執事服を試着するのだ。と、いうことは……


「わぁ、風ちゃん可愛い!」


 結愛の興奮した声が翼の元に届く。彼が目を向けると、執事服に身を包む風花が。彼女は普段髪の毛を下しているが、男装ということもあって、低い位置で一つに束ねている。


「女の子ってぇ、髪の毛結ぶといいよねぇ」

「!?」


 風花に見惚れている翼へ、確信犯の颯が攻撃を放つ。もちろん効果抜群なので、翼の顔がボンッと音を立てて赤くなった。その音に気がついた風花が翼の方に目を向け、にこやかに近づいてきた。


「相原くん、可愛い。似合っているね!」

「アリガトウゴザイマス」


 褒められてのだろうか、貶されたのだろうか。おそらく前者だろう。風花の瞳に悪意は全く籠っていない。それでも翼は片言のお礼しか返せなかった。

 そして、翼の瞳に風花の姿が映る。黒色のズボンが彼女のすらっとした細い足を際立たせる。紺色のベストが彼女の腰の細さを強調させていた。加えて、髪を結んでいるので普段とは異なる印象。彼女の細いうなじが露わになっている。翼はごくりとつばを飲んだ。


「桜木さんも、そのぉ、あのぉ……」

「ん?」


 言葉をつっかえながらも、必死に彼女へと言葉を紡ぐ。


「か、か、かかかかか……」

「か?」

「か、かか、カッコいいですね」


 可愛いと言えばいいのに。翼は相当緊張したようで、耳まで真っ赤である。


「ありがとう!」

「ぐはっ」


 風花は特に気にしていないようだ。殺人スマイルを放っていた。翼は彼女の笑顔を見て、ノックアウト。後ろで颯がカラカラと笑っている声さえ彼には届かない。

 風花の笑顔は一段と輝いている。太陽とお揃いの衣装なのだ。ニッコニコのいい笑顔。














 衣装班が賑やかに騒いでいる頃、教室でも賑やかな声が響いていた。


「「「キス! キッス! キッスゥ!」」」


 教室中がキスコールに包まれている。そして、彼らの注目の的になっているのは、どや顔で高笑いを続ける彬人と、顔を真っ赤に染めている一葉。一葉がクラスメイトの圧でキャパオーバーを起こす中……


「ふはははははっ! 貴様ら目に焼き付けるがいい!」

「「「イエーイ!」」」


 彬人がはやし立てていた。その声で、教室の熱は一層増してく。


「これはもう無理だな」

「んー、無理だね」


 ヒートアップしていく教室内で、優一と美羽は二人揃って頭を抱えた。この状況はさすがの彼らでももう止められないようだ。

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