第136の扉  イケメンゴリラ現る

「京也くん、京也くん! 風花のことギュってしてぇ」

「桜木さぁぁん」「ひめさまぁぁぁ」

「「最低ゴリラ」」


 京也が考え込む中、依然カオス状態。今この空間でまともなのは、京也と優一だけ。二人の口からため息が止まらない。


「俺帰っていい?」

「俺も帰りたい」


 二人が絶望を抱える中、状況は全く改善しない。

 風花の状態異常の原因を解決しなくては何も始まらないだろう。彼女に一体何があったのか。


「おい、風花」

「♪」


 京也が名前を呼んだ瞬間、風花から音符が噴き出る。今まで構ってくれなかった京也が名前を呼んだのだ。ニコニコ笑顔である。そんな彼女にため息を漏らしながらも、京也は優一を指差した。


「こいつの名前分かるか?」

「分からない」

「会ったことはあるか?」

「ない」


 風花は嘘偽りない瞳で京也の質問に答えた。優一に関する記憶が消えているのだろう。そして、彼だけではなく精霊付きたちは全員風花の中から消えた。と、なると……


「あっちの白い頭の奴は分かるか?」


 次に京也は太陽を指差す。彼は翼と共に泣き崩れていたのだが、風花の視線が自分に向いたことに気がつき復活。ニコニコ笑顔を張り付けて、こちらに近づいてきた。しかし……


「分からない」

「ぐはっ」


 風花の発言が太陽にクリティカルヒット。ふらつく足元を優一が支えた。


「名前は知らないか?」

「知らない」

「ぐっ……」


「会ったことないか?」

「ないよ。初めまして、こんにちは」

「あぁ……」


 重ねて繰り出される攻撃に太陽が崩れ落ちた。『大嫌い』と言われてメソメソと泣いていた彼にとって、風花の中から存在が消えることは辛すぎる。


「京也くん、ちゃんと質問答えたよ。風花、いい子? 頭撫でてぇ」


 そんな太陽には構わず、相変わらず京也にメロメロな風花。

 精霊付きたちだけならまだしも、長年一緒に居た太陽のことまで忘れている。これは一体どういう状況だろうか。適当に風花をあしらいながら、京也は考え込む。

 突然消えた風花の記憶。京也だけは認識し、しかも好意を寄せている。












「おい、消助」


 しばらく悩み込んでいた京也だが後ろに向かって呼びかける。京也と同じく真っ黒のローブに身を包んだ男性が一人現れた。


「お前だな?」

「はい、京也様にとってはこれが良いかと。このまま持ち帰られてはいかがですか?」


 ゴツン


「殴るぞ」

「……すでに殴られております」


 消助の頭の上には特大のたんこぶが。京也に一発食らった。

 この消助という男。京也の組織する魔界四天王の一角である。彼の魔法は記憶操作。彼が翼たちのことを仲間と認識できないように、そして、京也のことを好きになるように改変したのだろう。しかし、京也は今回の件を聞いていなかったようで、消助に質問を始める。


「はぁ、父様の命令か?」

「ねぇ京也くん、京也くん」

「はい、しずくを持って帰れと」

「ギュってしてぇ、風花の頭撫でてぇ」

「ここまでやれって言われてねーだろ」

「京也くん、ねぇ、風花のことギュってして」

「ほんの出来心でございます」

「京也くん、京也くん」


 京也が消助と話している間も、風花は止まらない。彼に抱き着いて、必死に気を引こうと声をかけ続けていた。風花は京也のことが大好きなのだろう。京也に構ってほしくて仕方がないのだ。


「京也くん、風花のことギュって……」

「うるさいな、風花! 黙ってろよ、邪魔だ!」


 我慢していた京也だが、ついに限界が来る。大きな声を出して怒鳴りつけ、無理やり引きはがした。風花から解放されて、消助との会話を再開しようとしていたが


「あっ、ヤバ……」

「ひっぐ、きょうや、くんがぁ……うぅ、うぁぁぁぁ」


 今の彼女は情緒不安定。京也に怒鳴られたことが余程ショックなのだろう。ポロポロと涙を流してしまった。地面に座り込んで、泣きじゃくっている。


「あーゴリラくん、風ちゃん泣かせたー」

「ダメなんだぞ、ゴリラくん」


 美羽と結愛が京也の行動に文句を放つ。ぶーぶー言いながら、彼女たちは止まらない。


「やっぱり最低ゴリラですわ」

「そうですわ、そうですわ! 外道ゴリラですわ」

「悪魔だよな、俺もそう思う」


 いつの間にか、さっきまで帰りたがっていた優一までもが茶化しに加わった。黒い笑顔を張りつけて、文句を言い放つ。次第に京也の額に青筋が浮かんだ。


「うるさいな、お前ら!」

「またうるさいって言ったぁぁぁぁ」


 京也の声に反応して、風花が一層泣き出す。今の風花には京也の声しか聞こえていないのだろう。ポロポロと彼女の涙は止まらない。


「お前に言ったんじゃないって」

「ちゃんとごめんなさいしろよ!」

「「そうだ、そうだ!」」


 翼と太陽はいまだ撃沈しているが、優一たちは確実にこの状況を楽しんでいるのだろう。口元がニマニマと緩んでいた。

 京也はそんな彼らに苦い顔を向けるも、とりあえず風花をなだめることにする。泣きじゃくる彼女の前にしゃがみこんで、目を合わせた。


「きょうやく……風花がぁ、嫌いだからぁ。うるさくしたからぁ。あぁぁぁぁ」

「違うって……」

「あぁぁぁぁ、きょうや、くん。うぅ、ぅあ、グスン」

「もう泣き止めよ……」

「きょうや、くん……んぅ、風花のこと、ギュってしてぇ、頭撫でてぇ」

「……」


 風花の言葉に京也の動きがピシリと固まる。そばで見ている優一たちは、ニマニマが止まらない。


「グスン、京也、くん。やっぱりぃ、ダメなんだぁ、風花のこと、いやだからぁ……あぁぁぁ」

「……」

「うぁぁぁぁぁ、きょうや、くん、京也くん……」

「あーもう、分かったから!」

「んぅ……きょうや、く……」

「大きな声出して悪かった。びっくりしたよな、ごめん」

「うぅ……」


 京也は謝りながら、風花の頭を撫でて抱きしめる。彼のその行動で風花はようやく落ち着きを取り戻した。彼の手が心地よいのか気持ちよさそうにすり寄り、抱きしめ返している。


「え、イケメンゴリラなんだけど」

「ゴリラの癖にカッコいいぞ」

「翼、良く見とけ。あれが女の落とし方だ」


 優一の言葉を聞き、翼が復活。技術を盗もうとメモを取り出した。そして美羽たちの茶化しが止まらない。彼らの行動に再び京也の額に青筋が浮かぶ。


「お前らマジで殺すぞ」

「ふぇ……」

「あー、怖い顔してると泣くぞ? また泣くぞ?」


 茶化し続ける優一たちを京也が睨むと、風花がまた泣きそうになる。慰めては茶化されて、また慰めては茶化されてを繰り返していると、京也の服の袖を風花が引っ張った。


「きょうやく……」

「なんだ?」

「風花のこと嫌い?」

「……嫌いじゃない」

「じゃあ、風花のこと好き?」

「……」


 京也は苦い顔をして風花を見つめる。ここで『好き』以外の返答をすれば、彼女はまた泣いてしまうだろう。


「答えてやれよ、ほら」


 優一たちがニマニマしながら、京也の返事を待っている。翼は先ほどから、京也に殺気を飛ばしている気がしなくもない。さらに


「やはりこのまま持ち帰られてはいかがですか? いろんな意味で」


 ゴツン


「殴るぞ」

「……すでに殴られております」


 消助までもが茶化しに加わる。そして再び頭の上には大きなたんこぶが。しかし、消助の言う通り、今の風花は京也の言葉に何でも従うだろう。彼が心のしずくを渡せと言えば、全てを差し出すはずである。京也がどうしたものか、と悩んでいると、風花の身体が突然揺れた。


「頭、痛い……」


 頭を押さえて地面にしゃがみこむ。ふらつく彼女の身体を京也が支えたのだが、風花は不思議そうに瞳を揺らして、京也のことを見た。


「どうした?」

「あ、なた、だれ?」

「は?」

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