第135の扉  絶体絶命

「姫様!?」

「頭が、痛い……」


 風花は頭に手を当てて、苦しそうにうずくまった。息が不規則に乱れて、眉間にはしわが寄っている。先ほどまで元気だったのに、何が起きたのだろうか。


「また京也の仕業か?」


 優一が周囲の気配を探るも、不審な影は特に見つけられない。京也は関係ないのだろうか。

 風花が苦しみ続ける中、太陽が回復魔法を施そうと、手を伸ばす。


「あ、れ……」


 太陽の手が触れる前に、風花の頭痛が収まったようだ。彼女は今まで苦しんでいたのが嘘のように、元気に立ち上がる。一体何が起こっているのか。

 とりあえず頭痛は引いたので、安心していると……


「そうだ、京也くんに渡さなきゃ」

「んぇ? どうしたの桜木さん」


 翼は彼女の発言の意図が理解できず、変な声を漏らす。しかし、風花は今はっきりと言った。『京也』に渡すのだと。

 翼たちが混乱する中、風花は早速携帯電話を取り出して、京也へと繋がるボタンを押してしまう。そして、電話の主はすぐに呼び出しに応じた。


『なんだ?』

「京也くん、しずくを見つけたんだよ」

『あ?』


 電話の奥からは不機嫌な声が響いている。京也も状況を理解できていないのは同じらしい。風花のこの状態を作り出したのは彼ではないのか。


「ちょっと、桜木さん! ダメだよ、そんなことしたら。取られちゃうよ、しずく」


 翼が慌てて風花の携帯電話を取り上げるも、本人は意味が理解できないようで、キョトンと首を傾げている。


「取られる? 誰に?」

「どうしたの、風ちゃん」


 明らかに風花の様子がおかしい。まるで京也が自分の仲間であるかのような口ぶりだ。一体彼女に何が起きているのだろうか。太陽が分析をしようと、彼女に手を伸ばしていく。しかし……


「何するの!」

「姫様?」


 風花は太陽の手をパシッと弾き、警戒するような視線を向けた。彼女の瞳の中に戸惑いと恐怖の色が濃く浮かぶ。


「誰なの、あなたたち。しずくを取りに来たの?」

「何を言ってるんだ?」


 翼たちの混乱状態は続く。先ほどまで認識できていたはずの自分たちを、仲間だと認識できていない。

 風花はしずくをギュっと握りしめて、彼らから距離を取った。


「桜木さん……?」


 翼が戸惑いながら彼女の名前を呼ぶも、風花の様子は変わらない。杖を構え、警戒する視線を向けている。


「誰なの? しずくは渡さないから、あっちに行ってよ」


 どうやら彼女は本気のようだ。杖の先に込められていく魔力の大きさが、それを物語っている。風花は今翼たちのことを敵として認識しているらしい。巨大な風の塊が作り出され、ふわりと彼女の髪を揺らしていた。


「おい、風花。お前は俺に喧嘩売ってんのか?」


 翼たちの混乱が続く中、地面を大きくえぐって京也が登場した。とても不機嫌なご様子。彼からしてみればそれもそうだろう。電話がかかってきたと思ったら、しずくゲットを宣言されたのだから。いつもより目の鋭さに拍車がかかっているようにも感じる。しかし……


「京也くんっ!」

「は?」


 風花は京也を見つけると、彼の元へ飛び込んだ。そして、服をぎゅっと握りしめ、縋りつく。


「あの人たちがしずくを取ろうとするの。助けて、怖い」

「お前、何言ってるんだ? ……おい、太陽」


 京也は太陽に答えを求めるも、彼も事情は分かっていない。首を横に振るだけ。


「京也くん、京也くん……」


 風花は彼に抱き着いて、助けを求め続ける。その声は震えていた。翼たちのことが怖いのだろう。


「あぁ、桜木さぁん」


 翼は京也に抱き着いている状況が相当辛いようだ。しかも、風花の中から翼たちに関する記憶が消えた。恋するピュアボーイのダメージは大きい。足元がふらつき、目が潤んでいる。更に……


「おい風花。顔見せろ」


 京也は抱き着いてくる風花の顎に指をかけ、上を向かせた。


「んふふっ」

「こら、大人しくしてろ」


 風花は彼のその仕草がくすぐったかったのか、身をよじった。しかし、それを逃がさないように、京也が風花の腰に手を回し拘束。そして、彼女の目をじっと見つめた。

 恋愛映画のワンシーンのような二人が完成。今からキスでもしそうな顔の近さである。


「あぁぁぁぁ」

「しっかりしろ、気を強く持つんだ翼」


 京也と風花のあまりにも近すぎる顔に、翼が限界寸前。フラフラと足元のおぼつかない彼を、優一が支えている。


「……」


 そんな彼らには構わずに、京也は風花の目の中を見つめる。京也には何か考えがあるのだろうか。その表情は真剣そのもの。しかし、真剣な京也とは対照的に、風花の目に突然ハートマークが浮かんだ。そして


「ねぇ、京也くん。風花のことギュってして」

「は?」

「桜木さぁぁぁん!」


 風花の言葉についに翼が崩れ落ちた。


「桜木さぁぁぁん、そんな、嘘だよね……あぁ、あ……」


 翼は地面に崩れ落ちて、ふるふると震えている。目の前で自分の想い人が他の男を誘惑しているのだ。翼にとっては辛い状況だろう。


「ねぇ、京也くん。風花のことギュってしてぇ、頭撫でてぇ。おねがい」


 そんな翼のことは気にせず、風花は相変わらず目をハートにして、京也に抱き着いている。彼の首元に手を回し、視界に入ろうと必死に背伸びをしていた。今、風花の頭の中には、京也のことしかない。


「どうなってるんだよ」


 京也も状況が理解できないようで、混乱している。自分に抱き着いてくる風花はそのままに、考え込んでいた。


「んんー、京也くん」

「……」

「ねぇ、ねぇ、風花のこと見て。京也くん」

「……」

「京也くん、京也くん! んぅ、んっ、おねがい、ねぇ!」


 京也が考え込んでいる間も風花は止まらない。首元に手を絡ませて、京也の視界に映ろうとぴょんぴょん飛び跳ねている。京也の身長は175センチ。対する風花は155センチ。頑張って飛び跳ねても、残念ながら視界には入れない。


「京也くん! 風花ここにいるの! ねぇ、ねぇ、ねぇ!」

「……」


 考え込んでいる京也の邪魔にしかなっていない。風花だけでも騒音なのに、さらに彼の思考を邪魔する声が。


「ちょっと、佐々木の奥さん見ました?」

「見ましたわ、横山の奥さん。あのゴリラ最低です」

「風ちゃんに魔法をかけて、あのまま変なことをする気なのよ」

「キャー、なんて破廉恥な!」


 美羽と結愛が奥様トークを繰り広げ、蔑みの目を京也に注いでいる。

 京也自身は何もしていないし、風花が勝手に抱き着いているので、ひどい言われようなのだが、彼女たちの言う通りに思われても仕方がない状況ではある。

 そして、さらにさらに京也の思考を妨げる声が。


「あぁぁぁぁぁ、桜木さんがぁぁぁ」

「おい、翼しっかりしろって」

「ひめさまぁぁぁ」

「えぇ……太陽もかよ」


 京也に風花を取られて泣き崩れている翼と太陽。京也に殺気を飛ばしながら泣き崩れている。

 もう一度説明するが、京也は何もしていないし、風花が勝手に抱き着いているので、殺気を飛ばされても困るのだが、仕方がない状況ではある。


「はぁ、うるさい」


 このカオスな状況に、京也からため息が止まらない。

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