第66の扉  忍び寄る魔の手

「おはよう、桜木さん!」

「おはよう、相原くん」


 教室に入っていた翼が元気に風花に挨拶をする。今日の彼は一段とさわやかな笑顔だ。今日も二人の周りに花が舞う。


「またお花飛んでるやん」

「癒しの空間だねぇ」


 そんな二人に優一と颯が癒されていた。心のしずくを取り戻してきている風花はもちろんだが、翼も表情が明るくなっている。以前の彼と比べると、見違えるような変化を遂げていた。彼の中で心境の変化があったからだろう。

 のほほんと幸せな空間を満喫していたのだが……


「およよー!」


 結愛の元気な声が響き渡る。そして、彼女の目線の先には


「うぉぉぉぉぉ!」


 ぽっかりと開いた大きな穴から、うめき声をあげて魔神が出現した。以前の魔神同様、紫の皮膚、鋭い牙、ギョロリと光る大きな目。不気味な雰囲気をまとっている。

 ギャーと生徒たちから悲鳴が上がる中、のほほんな雰囲気を断ち切って翼たちは校庭へと向かった。

 

「前の時もそうだったけど、これ誰の仕業なの?」


 戦いながら翼が疑問を口にする。先日も出現した魔神。彼は強大な力を持っていたが、翼と風花の中央投下で何とか撃退。しかし、魔神が出現した理由が不明なのだ。


「誰かが使役していないと、この世界には現れないはずなんだけど……」


 風花が首を傾げながら答える。翼たちが生活してる世界に魔法は存在しない。そんな世界に魔神がいきなり現れることなど、考えられないのだ。誰か術者が魔神を出現させているはずなのだが、周りに人の姿はない。目的は風花の心のしずくなのだろうが、誰が仕掛けているのか。


「おい、来るぞ!」


 考え込んでいた翼だが、優一の鋭い声で我に返る。誰の仕業だとしても、自分たちはこの魔神を倒さなければいけないのだ。杖を強く握りしめて、敵をその瞳に映す。


「また頭が弱点なのでは?」


 結愛が不思議そうに呟いた。前回現れた魔神は風花のハンマーで一発ノックアウト。今回もそうかもしれない。


「相原くん、お願いできる?」

「もちろん!」


 風花の問いかけに翼は自信を持って答える。もう彼は大丈夫。その表情は生き生きしており、不安の欠片さえも見られない。杖をギュっと握りしめて、魔神へと向かっていく。





「っち、何だよあいつ。何で生き生きしてるんだ」


 屋上では翼を眺めながら舌打ちをする人物が一人。彼の手には一枚のカードが。そのカードには今校庭に出現している魔神に似た絵柄が描かれている。


「くっそ、くっそ、くっそ! 弱虫は弱虫らしくしていればいいんだ!」


 苛立ちを募らせているのは伊東ひさし。そして、今回の魔神騒動を起こしているのは彼である。

 彼は魔法使いではない。しかし、大野事件の後、暇そうに屋上に居た京也に声をかけたのだ。


「お前か? 黒田京也って」

「あぁ、そうだ。何か用か」

「相原翼を潰したい」


 彼の目的は翼をボコボコにすること。それのみ。翼は自分よりも弱くなくてはいけないのだ。ずっと弱虫の役立たず。自分よりも能力があることなど許せない。


「力を寄こせ」

「これを使ってみろ」


 そんな彼に渡されたのは、魔神が描かれたカード3枚。これをふわっと投げれば、中から魔神が飛び出すそうだ。説明を聞いたひさしは不敵な笑みを携えていく。





「あぁ、ムカつくな!」


 しかし、彼の作戦は失敗。一体目の魔神の後に翼をどん底に突き落とすことには成功した。そこでくじけてくれると思ったのに、何故か彼は今生き生きとしている。全く持って面白くない展開。彼のイライラは募っていくばかり。爆発寸前である。


「やったね、相原くん」

「うん!」


 ひさしのイライラが募る中、二体目の魔神が翼と風花の中央投下で撃退。楽しげにハイタッチまでしている。

 彼の手元に残っているのはあと一枚の魔神カード。この一枚を使って、翼をどん底に突き落とす。彼は怯えて震えるだけの弱虫でなければいらない。


「必ず突き落とす」


 ひさしはその鋭い瞳に翼の姿を映した。







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「草が多い」

「まぁ、仕方ないよね」


 時は進んで掃除の時間。季節は春。校庭には伸び放題の雑草たちが。翼と優一、他数名のクラスメイトの清掃場所は校庭の一角の草取り。好き勝手に伸びている雑草たちには殺意が沸く。


「翼、全部焼き払え」

「えぇ……」


 優一がそう言いたくなるくらいには伸び放題である。

 日常生活の中で魔法を使うことができれば、便利だろう。翼の炎魔法は火力を調節できれば、家計の役に立つし、冬は彼なしでは生きていけなくなる。しかし、基本的に彼らは戦闘以外で魔法を行使しない。この力は風花を守るために使う。そう決めているのだ。

 それに学校の外の人間は彼らが魔法使いであることは知らない。好き勝手に使っていい力ではない。


「はぁ、やるか」


 文句を言いながらもきちんとやってくれるのは優一の良いところ。彼は何だかんだ優しい。目つきが悪く、ズバッと言うことは言うので怖がる人も多いのだが、翼は彼に何度も助けられた。

 翼と優一は一年生の時からの付き合い。ひさしに目をつけられて、困っていた翼に手を差しのべてくれたのは彼だ。ひさしからの攻撃を守ってくれたり、隣に居てくれた。彼が居なければ、今頃自分は不登校になっていたかもしれない。


「優一くん、いつもありがとね」

「何だよ、いきなり。気持ち悪いな」


 口ではそういうものの、何だか彼は嬉しそう。翼はますます優一のことが好きになりそうだ。







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「ゴミ捨ててくるね」

「行ってらっしゃい」


 一方こちらは教室掃除。担当の風花は愛梨にひと声かけて、ゴミ袋を手に歩いていく。前回彼女は迷わず複雑な道を突破できたので、愛梨も安心してその背中を見送った。


「♪~」


 二回目のゴミ捨て任務。風花はクラスメイト達の役に立てるのが嬉しいようだ。無邪気に音符を飛ばしながら、歩いていく。しかし、彼女は何か忘れていないだろうか。


「!?」


 思い出したようである。そう、風花は今一人。翼たちに一人で歩いたらダメだと言われていたのに、約束を破ってしまった。


「でも、ゴミ……」


 彼女の手にはクラスメイトから託されたゴミ袋。責務を放棄するわけにはいかない。どうしたものか、とゴミ袋を眺めながら考えていたのだが……


「よし」


 風花の目に光が宿る。

 彼女はクラスメイトとの責務を守り、翼たちとの約束も守ろうと考えた。

 つまり、全速力でゴミ捨てを終え、教室に戻る。これで万事オッケー。無問題である。


「んふっー♪」


 自分はもしかすると天才かもしれない、と己惚れていた時


「のぁ!?」


 手を引っ張られて連れ去られた。

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