第65の扉  親の七光り

「何ですの! みんなして、わたくしは、わたくしは!」


 大野彩が一人で、つかつかと学校の校舎裏へと歩いていく。ぷるぷると唇を震わせ、何やら怒っていらっしゃる様子だ。


「ちょっと、出ていらっしゃいよ。黒田京也!」


 校舎裏にたどり着くや否や大きな声で叫びだした。こうなった理由は数分前に遡る……






 大野はいつものように登校してきて、教室に入ろうとした。


「みなさん、おはようご……」

「大野さんと仲良くしてないと潰されるんだって」

「性格悪いけど仲良くしてないと、怖いもんね」


 教室の入り口でクラスメイトが話しているのを、たまたま聞いてしまった。お父様に言いつけますわよ、といつもの台詞を放とうとしていた時、大野が一番ライバル視している人物の名前があがる。


「それに比べて神崎さんは違うよね」

「そうそう! 同じ資産家のご令嬢でも大違いだよね」


 愛梨との一件をうららが丸く収めたことで、彼女に対する好感度は爆上がり。一方の大野はクラスメイトとは妙に距離を置かれる存在となってしまった。今まで取り巻きだった長谷川と八神でさえ、最近は話しかけてこない。


「所詮、あの人に友達なんていなかったんでしょ」


 本人が聞いているとも知らず、クラスメイト達が今まで溜まっていた不満を吐き出している。

 大野の父親はうららの父親の神崎グループと並ぶ、有名な不動産の経営者。いつも近づいてくるのは大野の父親の資産目当ての輩か、大野のことが怖くてすり寄ってくる者ばかり。それのせいで怖い目にあったこともあった。


「なんでも手に入るお嬢様らしいぜ」

「本人は大したことないのにな、ちやほやされていいご身分だな。親の七光りさん」


(わたくしはただお友達がほしいだけなのに、どうして……)





 そして、時は現在に戻る。


「黒田京也! 聞こえているんでしょう?」

「おいおい、そんなに人の名前を大きな声で叫ばないでくれるか」


 数分後、禍々しい黒色の扉が大野の目の前に出現する。中からはめんどくさそうに頭をかき、出てくる京也の姿が。いきなりの扉の登場に驚いていた大野だが、あまりにも京也がめんどくさそうなので、一層怒り出す。


「どうしてすぐに来ないのよ!」

「えぇ……これでも早いと思うんだけど」


 大野が叫び出してから京也が現れるまで十分程度。京也の言う通り早い登場なのだが、扉を通って一瞬で現れているので、大野の怒りは収まらないようだ。

 京也のいた魔界と日本はかなり離れている。いくら大野が大きな声を出したところで聞こえるはずはない。それにも関わらず、彼は現れた。


あいつ・・・が教えてくれなかったら、呼ばれてることにも気づかなかったけど)


 京也は校舎の渡り廊下に目線を移す。彼と目が合うと慌てて姿を隠す人影が一つ。その様子にため息をつきながら、京也は口を開いた。


「で、何の御用ですかね?」

「わたくしに力をくださる? 今回はこの前みたいに邪魔しないで」

「一応聞くけど、なぜ?」

「みなさんを見返すためですわ」


 京也はなぜか胸を張っている大野から事情を聞く。


「……と、いうことですの」

「そういうことなら、なおさら貸せないかな」

「なぜですの!?」

「そもそも俺はあんたに魔法を貸すつもりはなかった。一応理由を聞いたのも、何も聞かずに断るのは可哀想かなと思っただけ」

「な‼」


 ぴしゃりと断られてしまい、大野はわなわなと震える。こんなにも堂々と自分の願いを拒否する相手は初めて。大野は今まで自分が望んだものが手に入らないことなどなかった。たいていのことは彼女の父親が何とかしてくれるからだ。

 大野が顔を真っ赤にしながら、反撃の言葉を考えていると、京也がため息を吐きながら話しかける。


「あんたね、『親の七光り』って言われるのが嫌なんでしょ? だったらさ……」


 京也は一呼吸おいて、大野との距離を詰める。鼻がぶつかってしまうのではないかという位の至近距離までやってきた。大野は彼の突然の行動にたじろいだが、そんな彼女には構わず京也は目をギロリと光らせる。


「自分の力で何とかしてみせろよ」


 京也の言葉に、大野はぐっと苦しそうな顔をする。その表情は、大野がずっと親に頼り続けてきたことを物語っていた。


「あんたがライバル視してる神崎うらら。あの子は『親』って言葉を振りかざしたことあんの? 自分の言うことを聞かない相手に権力を振りかざしたことあんの? それが悔しくて、今度は俺に頼るの? それじゃあ次は『京也の七光り』なんて呼ばれるよ」


 圧倒的な正論を突き付けられ、大野は反論することができない。京也の威圧感にやられたのか、力が抜けてぺたんと地面に座り込んだ。


「いつまでも人に頼るな、甘えるな。じゃあな」


 彼が最後に放った言葉は今までの冷たく突き放すような言い方とは違い、どこか背中を押すような言い方だった。彼はそう言うと魔界へと繋がる扉の中に姿を消す。いつの間にか渡り廊下にいた人影も一緒に消えていた。


「……」


 大野は京也の去った方をぼぅっと眺めていた。彼女に京也の言葉は届いたのだろうか。





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「神崎うらら!」

「はい?」


 席で読書をしていたうららに声がかかった。大野にいつもの尖っている雰囲気はなく、何だかもじもじしているようにも見える。雰囲気の異なる彼女にうららは首を傾げていたが、大野が深く息を吸いこみ口を開いた。


「あなたと、お、お、お友達になって、差し上げてもいいんですわよ!」


 大野の声は震えていた。そして相当緊張しているのだろう、全身もぶるぶると震えている。そして、震えながらもその手をうららに差し出した。


(わたくしの力で、初めてのお友達を作る)


 大野の行動にきょとんとしているうらら。しかし、ニコリと笑いながら大野の震える手を両手で優しく包み込む。


「えぇ、もちろんですわ」


 うららの言葉を聞いた大野の顔が、ぱぁと輝いた。







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 その頃、教室の後ろの方では……


「なぁ、桜木、これやるよ!」

「それなーに?」


 クラスメイトの井上翔吾いのうえしょうごが風花に饅頭を差し出していた。翔吾の家は和菓子屋さん。彼は最近雰囲気の柔らかい風花のことが好きなようだ。饅頭で気を引こうとしている。


「饅頭だよ、見たことないか?」

「初めて見る!」


 風花は翔吾の差し出してくれた饅頭に興味津々である。風の国には存在しないのだろうか。好奇心の塊と化した風花の目がキラキラと輝き出した。


「美味しい!」


 一口食べた風花の目がより一層輝きを増す。それを見た彼の足元がふらついたが、何とか持ち耐えた。


「……そうか、それは良かった。まだあるぞ、食べるか?」

「いいの?」


 饅頭の味が気に入った風花は、翔吾の提案に一層目の輝きを増し始める。時々翔吾から「ぐっ」「はぁ」と苦しそうな声が漏れるが、無邪気に頬張る風花は気がつかない。


「美味しい! これ好き」

「ぐはっ!」


 風花の放った一撃がクリティカルヒットしたようだ。たまらず翔吾の口から声が漏れ、そのまま地面に崩れ落ちる。


「ん?」


 風花はそんな彼の行動にキョトンと首を傾げたが、原因が自分だと気がつかない。翔吾がフラフラとしながらも立ち上がったため、再び饅頭へと夢中になる。






「餌付けされてる……」


 教室の前の方では、風花と翔吾の様子を見ていた翼が声をあげていた。眉間にはしわが寄っている。


「ライバル出現だな、翼」


 隣では優一が面白い展開になってきた、とニヤニヤしている。


「僕だって美味しいもの買ってきてあげるんだから!」

「ん? たぶんそうじゃないと思うんだが……」


 ベクトルの違う方向へ頑張ろうとしている翼を見て、まだまだ道のりは長そうだ、と優一は確信する。

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