第126の扉  争奪戦決行

「ここだよ」

「裏口から入れると思います」


 彼らのアジトは、森の中にあった。目立たないように深緑を基調とする壁、体育館一面くらいの大きさの屋敷だ。ただの屋敷のようにも見えるのだが、中からは禍々しい気配が立ち込めている。


「行きましょう」


 鈴蘭たちを先頭に侵入していく。ここは敵のアジト。見つかったら即刻戦闘が開始されるだろう。翼たちを緊張感が包み込んだ。慎重に足音を殺しながら、奥へと進んでいく。

 そんな中、太陽の視線は自分の主人である風花へ。


「姫様」

「ん?」


 太陽が小さな声で話しかける。どうしても確かめなくてはいけないことがあるのだ。


「リミッターは外しませんよね?」

「外すよ」

「……約束をお忘れでしょうか」

「あっ……」


 風花の反応に太陽が頭を抱えた。先ほど約束したばかりなのに、コロッと忘れていたようだ。


「えへへ、ごめん」

「えへへ、では済まないのですが?」

「外しても一段までで、太陽と一緒の時にしかやらない!」


 太陽がジトッと睨むと、慌てて条件を言ってくれる。その様子にはため息しか出ない。おそらく彼女の頭の中には、美羽救出のことしかないのだろう。それともう一つ、彼には思い当たる点が。


「取り出した直後に、告げたのが間違いでしたね」

「何か言った?」

「いえ、何も」


 太陽が小さく呟いたことは彼女の耳には届かなかったようだ。首を傾げながら廊下を進んでいく。






「あれ? 何をしているのかな?」


 順調に歩みを進める翼たちを止める声が。振り向くと


「おぉ! 可愛い子がいるじゃんか。こっちにおいで」


 ニコリと微笑むキリの姿が。彼の視線は風花、一葉、鈴蘭、雛菊に注がれている。ねっとりと品定めするような視線が四人に注がれた。その視線を見て、太陽の身体から一瞬黒い物がブワッと沸き起こる。


「へぇ、そっちの男の子もいいね」


 その様子にキリの目がギロリと光った。太陽たちを捕まえようと、彼が手を伸ばすも


「桜木さんたちは行って。太陽くんも」

「こいつの狙いはお前らだ」

「ふっ、俺の実力をみせてやろう」


 杖を構えた翼、優一、彬人がキリを睨みつけ、立ちはだかった。翼と優一は先ほどやられた仕返しがあるので、普段よりも鋭く睨みつけている。


「行きましょう」


 鈴蘭が風花たちを促すが、


「桜木さん?」

「……」


 風花が翼の服を掴んで離そうとしない。戦闘を開始しようとしていた翼だが、風花の異変に気がつき、彼女に向き直ってくれる。


「先に横山さんの所に行っていてくれる?」

「でも……」


 風花の頭の中には、重傷を負っていた翼と優一の姿が浮かんでいるのだろう。風花は今にも泣き出してしまいそうな表情で、翼を見つめている。

 相手は風花がリミッターを解除しなければ倒せなかった戦闘種族。かなり手強い。怪我をしてしまうのではないか。死んでしまうのではないか。風花の心を不安が埋め尽くす。


「信じろ、大丈夫だ」

「ふ、いばらの道には気をつけろ」

 訳)桜木さんたちも気をつけてください


 風花の不安を知って、優一と彬人も声をかけてくれる。風花は翼たちを信用していないわけではない。彼らが強いことは理解している。それでも、傷ついてしまうことが怖いのだ。


「必ず追いつくよ、三人で。みんなで帰ろうね」

「約束だよ?」

「うん、約束する。絶対無事に戻るから。桜木さんも無茶しないって約束してくれる?」

「……うん、する」


 翼との約束でやっと風花が彼の服を離してくれる。翼はふわりと微笑むと、太陽に連れられて行く彼女を見送った。


「あーあぁ、行っちゃった」


 風花たちが遠ざかると、キリがあからさまに嫌な顔をした。

 翼と優一を一撃でノックアウトしたほどの実力。彼の戦闘能力はとてつもなく高い。正直なことを言うと、三人がかりでも勝てるかどうか分からない。しかし


「今度こそ絶対に守る」


 自分たちがやられれば、彼の手が風花たちに伸びるだろう。それだけは避けなくてはいけない。みんなで帰るのだ、一人も欠けることなく。杖を持つ手に自然と力が入った。


「男の子には興味ないって言ったよね? どうせ残すならあっちの男の子にしてよ」


 キリはぶーぶー文句を言っている。彼の余裕の表情は崩れない。

 彼の言っている『あっちの男の子』とは太陽のことだろう。なぜ彼は太陽を狙っているのか。翼たちには事情が理解できない。風花と共に謎の多い彼だが、何か隠していることがあるのかもしれない。







「ここです」


 風花たちは美羽のいる部屋にたどり着く。風花が扉の鍵を壊し、部屋の中へと踏み入った。


「美羽ちゃん!」


 美羽はベッドの上でスヤスヤと眠っていた。そして、他にも数人の女性の姿もある。鈴蘭たちと同様、黒色のシスター服を身に着けていた。彼女たちの仲間なのだろう。


「大丈夫です、気絶しているだけのようですね」


 美羽は特に怪我はなく、薬の影響で意識を失っているだけようだ。それを聞いた風花と一葉から息が漏れる。


「行こう!」


 風花が美羽を背負い、翼たちと合流するために動き出す。一緒に攫われていた人たちも連れて、気配を殺しながら進んでいった。しかし……


「おい、なんでこんなところに居るんだ?」


 びくりと肩を揺らして振り向くと、そこには気怠そうに立っているクワの姿が。風花たちは彼の登場に苦しそうに顔を歪める。


「あぁ、そういうことね」


 クワは風花が抱えている美羽、後ろにいるハナカラ族たちで状況を理解したようだ。彼がピリピリとした殺気を纏い始めた。


「うぁ……」


 ハナカラ族たちはその殺気に怖気づいて、ぺたんと座り込んでしまう。彼を倒さなければ、脱出はできそうにないようだ。風花、一葉、太陽は戦闘態勢を取り、クワと向かい合った。


「お前ら全員商品になるから、傷つけたくないんだけどな……」

「!?」


 気怠そうに彼が呟くと同時に、クワが一葉の後ろに姿を現す。そして、首に注射器をプスッと刺し、気絶させた。


「とりあえず、一人目」

「一葉ちゃん!」


 ギロリと目を光らせて、クワは次の狙いを定める。その目線は風花へ。


「姫様!」

「はい、二人目」


 クワは風花の後ろに素早く移動し、背中に居た美羽を攫った。一葉と並べて壁にもたれかけさせる。


「あとは……」


 クワはポキポキと指を鳴らす。残っているのは風花と太陽。二人が倒れれば、この場にいる全員が売り飛ばされてしまうだろう。そんな事態は避けなくてはいけない。

 緊張状態を二人が包み込む中、太陽が風花の変化に気がつく。


「太陽が居るから……あと、相原くんが無茶したらダメって……」

「姫様?」


 何やらブツブツと言いながら、クワを視界に捕らえていた。「んー」とうなりながら、難しい顔をして考え込んでいる。彼女は何をするつもりだろうか。嫌な予感がしなくもない。

 太陽が彼女の決断を待っていると、少しして風花のうなり声が止んだ。そして


「太陽……」

「はい」

「一段目だけ、外す……」


 太陽は風花の発言に、頬を緩ませる。

 太陽との約束。そして、翼との約束。風花は忘れていない。きちんと自分の身体のことも考えてくれた。他人のことを優先して自分を顧みない風花。以前の彼女だったら、ここで何の迷いもなく二段階解除していただろう。

 しかし、今は違う。少し、ほんの少しかもしれないが、考えてくれるようになった。


「援護します」


 一段だけの解放ではクワには勝てないだろう。彼の強さは本物。しかし、リミッターの威力が落ちる分は太陽が支えてくれる。風花は仲間の存在の意味を理解し始めているのかもしれない。


「ふぅ……」


 風花は深呼吸をして、解除のための準備を整える。彼女の足元に魔法陣が浮かび上がった。


「姫様……」


 太陽は風花の変化に瞳が潤むのを感じていた。

 ずっと一人で抱え込んできた彼女だが、翼たちのおかげで周りに頼ることを覚えた。自分のせいだと、責める回数が減った。そして、今自己犠牲精神が緩和される第一歩を踏み出そうとしている。

 太陽は目をゴシゴシと拭いて、剣を持つ手に力を込める。相手のクワはとてつもなく強い。それでも自分と風花なら大丈夫かもしれない。そんな思いを感じていたのだが……


「また解除するのかよ」


 風花の魔法陣を見て、クワは気だるげに呟く。先ほどやられた彼だが、特に焦りを感じていないようだ。涼しい表情をして風花のことを見つめていた。太陽はその視線に嫌なものを感じ取る。彼の余裕はどこからくるのだろう。何か考えがあるのかもしれない。


「リミッター解……」

「外させなければ、問題ないよな」

「っ!?」


 太陽の予感通り、風花が呪文を唱えた瞬間、クワが一気にその距離を詰めてきた。そして、彼の手には注射器が。

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