第125の扉 絶対に
「!?」
「何か、向こうの方からすごい音したけど」
翼たちを捜索中なのだが、地面が揺れるような音が響き渡った。音のした方を見ると、煙が上がっている。誰かが戦っているのだろうか。
「あ、ちょっと、風花!」
音を聞いた瞬間、風花がその方向へと走り出す。一葉が止めようと呼びかけるも、彼女は止まらない。
「おそらく翼さん達ですね」
太陽がポツリと呟く。先ほどクワが言っていた。この世界には自分たちに逆らう輩はいないのだと。つまり、戦闘が起きているとすれば、そこには翼たちがいることになるだろう。風花はそれを判断し、駈けだしたのだ。太陽たちも急いで彼女の後を追う。
「相原くん、成瀬くん!」
風花たちが駆けつけた現場。そこに居たのは地面に倒れている翼と瓦礫に埋もれている優一。おそらく先ほど聞いた音は、優一が埋もれている瓦礫が崩れた音なのだろう。
「ねぇ、しっかりして! 相原くん‼」
「……」
「相原くん! 起きて」
「ん……」
風花が翼の身体を抱きかかえて、呼びかけると反応が返ってきた。風花が涙目になりながら、彼を抱く腕に力を込める。
「脳震盪ですね」
「大丈夫です。治せます」
頭を強打し、脳震盪を起こしているようだ。太陽と鈴蘭の回復魔法で何とかできる範囲。風花の口から安心の息が漏れる。
「しっかりして、成瀬! 分かる?」
「ん、あぁ……藤咲か」
瓦礫に埋もれていた優一だが、彬人と一葉が救出。所々打ち身や骨折などの怪我を負っているものの、意識はあるようだ。雛菊が治療してくれる。
「良かったぁ」
二人の無事を知った全員から声が漏れた。彼らの姿を見た時は死んでいるのではないかと、一瞬恐怖を感じたものの何とか無事のようだ。
「何があったの?」
「ごめん」
「守れなかった……」
治療が終わり、事情を聞こうとしたのだが、二人の顔が重くなる。
翼と優一は決して弱くない。翼はバトル大会で優勝しているし、優一もブロック代表戦まで上り詰めた。そんな彼らが重傷を負っている。何があったのだろうか。
時は風花たちと出会う少し前まで遡る。翼、優一、美羽の三人は他のメンバーと出会うために辺りを捜索中。
「誰だ?」
優一が背後の気配に気がつき、声をかける。出てきたのは、深緑色のローブを身に纏った長身の男性。彼の名前はキリ。彼は不気味な雰囲気を纏っており、一気に翼たちに緊張が走った。
「そこの女の子可愛いね。僕と一緒にイイコトしない?」
キリは緊張している翼たちに構わず、ねっとりとした視線を美羽へと向けた。それを庇うように、翼と優一が立ちふさがる。
「横山、俺たちのそば離れるな」
「絶対高く売れるよ。おいで、楽しいからさ」
「売人か?」
キリの発言を聞き、優一が片眉を上げる。
この異世界に召喚されてから一人も会っていない。ここはそういう危険な場所なのだろうか。翼と優一は美羽の前に立って、キリを睨みつけていた。
「邪魔しないでよね。男の子に興味ない」
キリはあからさまに不機嫌な顔をする。しかし、翼たちに道を通すという選択肢はない。杖を握りしめて、臨戦態勢を取っていたのだが……
「ぐはっ!」
「優一くん!」
苦しそうな声と共に、優一が吹き飛ばされた。壁に激突し、瓦礫に埋もれる。素早く距離を詰めてきたキリが、優一の腹に拳を入れて吹き飛ばしたようだ。あまりにも一瞬の出来事で、防御もできず飛んで行ってしまった。壁にぶつかった衝撃で優一は意識を飛ばす。
そして先ほどまで優一が立っていた場所にはキリが。にっこりと微笑むと、美羽へと手を伸ばす。
「横山さん!」
キリとの間に翼が立ち、攻撃を仕掛けようと呪文を唱える。
「
翼の拳を真っ赤な炎が包み込み、キリに殴りかかった。しかし……
「えっ……」
「ふぁあ、効かないねぇ」
キリは欠伸をしながら、軽々と彼の拳を受け止めた。翼の拳は炎を這わせており、かなりの熱をもっているのだが、熱くないのだろうか。そんな仕草は全く見せず、翼の拳をホールドしている。そして
「!?」
「いやぁぁ、相原くん!」
美羽の叫び声が響いた。キリの拳が翼の脳天を直撃。翼は地面に顔面を強打すると、そのままピクリとも動かなくなった。
「さぁ、行こうか」
キリは何事もなかったかのようにニコリと笑い、美羽を捕まえる。一瞬で翼と優一の二人を仕留めた男。圧倒的な戦力差が広がっている。
「いやだ、離して! やめて‼」
美羽は逃げ出そうともがくが、彼の手が緩むことはない。がっちりと後ろ手に拘束されて、身動きが取れなくなってしまった。
「んぅ……いやぁ、相原くん、成瀬くん! 助けて!」
翼は地面に突っ伏して動かない。優一は瓦礫の下に埋もれて気絶している。美羽の声は届かない。
「大丈夫だよ、怖いことなんて、何にもないからね」
「いやぁ! やめて、離して!」
「はいはい、大人しくしようねぇ」
キリは取り出した注射器を、美羽の首元にプスリと刺した。
「「……」」
翼と優一は悔しそうにうつむいている。
自分たちが守り切れていれば、美羽は攫われなかった。弱かったから、手が届かなかった。自分たちはまだまだ弱い、弱すぎる。二人の拳に力が入る。
「助けに行こう。美羽ちゃん待ってるよ」
「「っ……」」
ニコリと微笑んだ風花が二人の拳を包み込む。彼女の言葉で、力がふわりと抜けた。美羽が攫われたという現実は変わらない。しかし、まだ取り戻せる。攫っただけですぐに売り飛ばされるわけではないだろう。届かなかった手が今なら届くかもしれない。
「絶対取り返す」「絶対守る」
二人の瞳に強い光が宿った。
「彼らのアジトへは私たちがご案内します」
鈴蘭と雛菊が翼たちに提案してくれる。彼女たちは一度捕まり、逃げてきたため場所を知っているのだ。
「私たちの仲間も捕まっているのです。助けたいのです」
「一緒に行かせて」
二人はぺこりと頭を下げる。彼女たちも仲間を助けたい気持ちは同じだろう。ただ相手の戦力が大きすぎて、今まで何もできなかったのだ。
優秀な回復魔法の使い手である二人の同行は、翼たちにとってもありがたい。怪我がないに越したことはないが、風花がリミッターを外さなければ倒せなかったインセクト族との戦闘。何が起こるか分からない。
「絶対みんなで帰ってくるよ」
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