第124の扉 ハナカラ族
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ、お礼を伝えなくてはいけないのは私たちの方です」
「助けてくれてありがとう!」
風花の治療が終了し、三人はぺこりと頭を下げる。
風花は今眠っている。女性たちの協力もあり、素早く治療を施すことができたため、何とか一命をとりとめることができた。彼女たちの手助けがなかったらと思うと、太陽は生きた心地がしない。
そして、太陽が取り出した球体も彼女の中に戻り、穏やかな表情で眠っている。
「あなた方は一体……」
太陽が疑問を口にする。クワに攫われかけていた謎の女性たちは、何者なのか。黒色のシスターのような服、そして胸元には十字架のネックレスを着けている二人組。
彼女たちは太陽と共に風花に回復魔法を施してくれた。彼女たちの技術は正確で素早く、まさに神業とも呼べる魔法だった。
通常、擦り傷や切り傷などの皮膚の損傷であれば、回復できる術者は多い。風花も止血程度なら、使うことができる。
しかし、身体の内部の損傷となると話は別。人間の身体の中は血管、臓器、筋肉、神経など入り組んだ構造をしている。この損傷を繋ぎ合わせるとなると、相当の技術と集中力が必要となるのだ。以前彬人が頸動脈をブシャッとやった時、治療に時間がかかったのもこういう理由。
太陽は身体の内部の回復魔法を使うことができる。しかし、彼女たちのように素早く、正確に複数の場所の修復はできない。彼女たちが居なければ、風花は死んでいただろう。
「私の名前は
「よろしく!」
彼女の口にした言葉に太陽は納得した。
『ハナカラ族』
高度な回復魔法の使い手として有名な種族だ。彼女たちは式神として人間に遣えることも多く、世界中で有名な存在。太陽も噂で聞いたことのある種族だった。そして、高度医療の使い手。クワが狙う理由も分からなくない。
「ん……」
「姫様!」
そんな中、風花の目が覚めた。ぼぅっとした瞳で、目の前の太陽のことを見つめている。
「……」
「姫様?」
「……」
「風花様? 聞こえてますか? 分かりますか?」
風花は声かけに反応しない。ただ目の前の彼の顔をぼぅっと見ているだけ。太陽とハナカラ族の治療は完ぺきだった。それなのに、彼女の反応が鈍い。治療にミスがあっただろうか。心に焦りが滲む。
「姫様?」
「……たいよぅ?」
「! そうですよ、ここにおりますよ。分かりますか?」
ぼんやりとしていたようだが、意識がはっきりしてきたようで太陽の声に反応してくれる。キョトンとしていた表情で首を傾げていた。
「あれ、私はどうしたのかな? なんで倒れているの?」
記憶が混濁しているのだろうか。風花はクワとの戦いの記憶を覚えていないらしい。しかしそれ以外は身体に痛みを感じておらず、無事。太陽はホッと胸を撫で下ろした。
「申し訳ございません。判断が甘かったようです」
ぺこりと頭を下げて、瀕死状態の理由を説明する。風花の瀕死状態、それはリミッター解除の代償。これから先、風花が心のしずくを取り戻すことができれば、今回のようなことは起こらないだろう。しかし、彼女の今の身体では耐えられない。風花は太陽の説明を真剣な顔をして聞いていた。
「しばらくはリミッターの解除はなしです。解除したとしても私が居る時に、一段だけですよ?」
「うん、分かったー」
風花は素直に返事をしてくれるが、本当に分かっただろうか。太陽は彼女の様子にため息をつく。
風花の記憶からクワとの戦いが消えてしまっている状況。今の彼女はリミッター解除の恐怖が認識できない。そして、風花は自分の身体よりも他者を優先する。今後、誰かが危険にさらされた時、彼女は必ずリミッターを踏み抜くだろう。
「治療してくれてありがとうございました」
「こちらこそ、助けてくれてありがとね! それにしても、ちゃんと治ったのね、すごいな。もうね、ぐちゃぐちゃだったんだよ」
「ぐちゃぐちゃ?」
「そう! 内臓とか血管とかヤバかったんだから!」
太陽の心配をよそに風花は雛菊と話している。雛菊が風花の身体のボロボロ加減を説明しているので、これで少しは理解してほしいのだが、太陽の心配は尽きない。
彼女の危険を少しでも取り除くためには、心のしずくを取り戻し、魔力に慣らせばいい。太陽は脆くも儚い自分の主人をその瞳に映す。
「太陽さん、先ほどのガラス」
風花を見つめていた太陽に鈴蘭が話しかける。太陽は治療の際に、何やらガラスの球体を持っており、治療が終了すると風花の身体に戻していた。
「後ほど説明させていただきます」
「はい……」
太陽はニコリと微笑んでくれるものの、何か微笑みに黒い物を感じたのは気のせいだろうか。鈴蘭は、それ以上は尋ねず口を噤んだ。
「そう言えば、この世界はどんな世界なんですか?」
風花が辺りを見渡しながら話を振る。
風花たちが今いるのはレンガ造りの住宅街。しかし、長く放置されているのだろうか、家はボロボロ。生活感をまるで感じない。
先ほどクワも言っていたが、この世界でインセクト族に逆らう人がいない。それほどに彼らの力は強く、強大なのだ。
「この街は私たちハナカラ族が多く住んでいる街なのです。しかし、ほとんどの仲間たちが売られて行きました」
鈴蘭が手を握りしめながら悔しそうに呟く。数日前にいきなりクワたちがやってきて、襲ってきたのだそうだ。彼女たちは回復特化型の民族。戦闘部族との戦いになっては勝ち目がない。
「この奥に私たちが避難している教会があります。そこに行きましょう、ぜひお礼をさせてください」
残った僅かなハナカラ族たちが教会に隠れて、細々と生活しているらしい。
鈴蘭と雛菊は一度捕まって彼らのアジトまで連れていかれたものの、隙を見て逃げてきたのだそうだ。
「お礼だなんて、そんな……」
「あ! 見つけた」
「ふ、天使たちとのエンカウント」
訳)やっと会えました
風花が話していると、後ろから彬人と一葉が手を振りながら走ってくる。特に怪我もなく無事なのだが、一葉の頬がほんのり赤い気がする。
「何かあったの?」
風花が一葉に尋ねると、彼女の顔が更に赤くなった。一体何があったのだろうか。風花は不思議そうに首を傾げながら、一葉を見ていた。
「風花、見ないで! 何にもないから、何にも!」
「ん?」
「ほら、美羽たち探さないと、行くよ!」
風花の瞳に耐えられなかった一葉が彼女の手を引っ張って、残りの三人の捜索へと向かっていく。
「彬人さん、今度は何をしたんですか」
「無礼者! 俺は何もしとらん!」
本当にそうだろうか。自分の胸に手を当てて、よく考えてみてほしい。
太陽も彼の言葉が信用できないようで、ジトッと彬人を見ていた。彬人は太陽のそんな態度にぷくぅと頬を膨らませる。
「なぜなのだ! 俺は何もして……」
「鈴蘭さん、雛菊さん。我々は残りの仲間を探さなくてはなりません。良ければ、ご一緒しませんか。帰りは教会まで送らせていただきます」
「太陽、聞けよ」
「お二人の回復魔法についても、お話を聞かせていただけると光栄ですね」
「こら、太陽!!!」
プンプンと怒っている彬人を置いて、太陽は鈴蘭たちに事情を説明している。
残りのメンバーは翼、優一、美羽の三人。ここは人攫いが横行している世界。彼らの身にも危険が迫っているかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます