第95の扉 心地よい音
トンッ!
心地よい音が会場内に響き渡る。それと同時に
「相原くん、よく頑張ったね」
柔らかく温かい声が響いた。それと同時に白色のシルエットがふわりと動く。
「桜、木……」
翼の攻撃を弾いた人物、風花は自分の杖で翼の杖を軽く弾き、攻撃を回避。翼が纏っていた赤黒い炎は、風花の風魔法により完全に飛ばされていた。
彼女の登場によりピリピリとした空気が消えて、柔らかな優しい空気が包み込む。優一も一気に力が抜け、作り上げていた水の盾が消えていく。
「みんな、大丈夫?」
風花は翼を抱きしめながら、優一たちを振り返る。
「大丈夫です」
「ふ、かすり傷だ」
場外から声が返ってきた。弾き飛ばされていた太陽と彬人も無事のようだ。衝撃で一旦意識を手放したが、今は戻ってきている。翼の攻撃の影響で火傷を負ったものの、致命傷ではない。
「良かった……」
優一は二人の無事が分かると、自然とその口から息が漏れた。優一にも特に怪我はない。そして、彼の後ろでいまだ怯えているメグも無傷。翼は誰も殺さなかった。
「翼は?」
緊張を解いていた優一だが、翼の状況を問いかける。彼は今風花の腕の中。後ろを向いているためその表情は確認できないのだが、もう大丈夫なのだろうか。危機は去ったのだろうか。
「相原くん」
優一の視線に気がついた風花が、翼の顔を覗き込みながら呼びかける。風花はニコリと笑って、普段と何も変わらない。暖かく優しい声で彼の名前を呼び続ける。
「相原くん」
風花はパルトとの戦いで喉を負傷した。先ほどはかすれ声だったが、翼に呼びかけている声はいつもと全く変わらない。暖かかくて優しい彼女の声だった。
「……」
そして、それまでにんまりと不気味な笑顔を張り付けていた翼の顔が、少しずついつもの優しい表情へと変わっていく。
「ん!? あれ、僕……」
しばらくすると、翼の意識が戻ってきたようだ。戻ってきた直後はぼぅとしていたが、風花が自分を抱きしめているという状況を理解すると、ボンッと音を立てて赤くなる。
「え!? あ、れ? 桜木さん……」
普段の翼に戻っているようだ。あたふたと両手を動かしながら慌てている。しかし、まだ彼は風花の腕の中。彼女が翼を離そうとしないのだ。
「あの、えっと……」
風花はじっと翼を見つめている。見つめてくる風花に翼はぴぴぴぴっと慌てていたが、彼女のあまりにも真面目な雰囲気に、ただ事ではないと理解したようだ。風花の目を見つめ返す。しかし……
「何か、あったの?」
翼はキョトンと首を傾げた。彼には先ほどまでの記憶がないのだろう。彼の表情には困惑の感情が色濃く浮かんでいた。
風花は翼のその様子を見ると、やっと彼を抱きしめる腕から力を抜く。そして、ニコリと笑って声をかけた。
「相原くんが優勝したんだよ。おめでとう」
「はぇ?」
翼から変な声が漏れた。風花の言葉に、翼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。状況を理解できていないのだろう。再びあたふたと慌てだした。
「ぼ、僕が、勝ったの……」
「わーーーーー」
翼が観客たちを見ると、拍手と温かい声援が彼に送られる。観客の言動で風花の言葉が現実であると分かったようだ。翼は戸惑いながらもその声に手を振っている。いつもの柔らかい雰囲気のまま。
「あ、ありがとう、ございます?」
翼の頭の上には、たくさんのクエスチョンマークが浮かんでいた。それもそのはず。今の彼が覚えているのは、試合が開始して、メグの殺気で自分がパニックになったところまで。それ以降の記憶は途切れているのだ。
「僕が、勝ったの?」
戸惑いながらも、自分に向けられる暖かい声援に手を振る翼。
「何が起きたんだ?」
「……今はこのままで」
優一が風花に尋ねるも、難しそうな顔ではぐらかされた。しかし、彼女は優しい瞳で翼のことを見つめている。何か考えていることがありそうだ。優一はそのまま口をつぐんだ。
「彬人さん、こちらへ」
「む?」
そして、先ほどまで場外にいた太陽と彬人が動き出していた。火傷を負って黒焦げの二人。その姿を翼が見れば、何があったのかと問うだろう。今彼は真実を知る時ではない。太陽も風花と同様、そう判断したようだ。風花に目線で合図を送って、翼の視界に入らないように医務室へと歩き出す。
何も知らない翼は、ニコニコと戸惑いながらも手を振っていた。
「本当に僕が勝ったんだ……」
翼は観客に手を振りながら、徐々に優勝したという実感を噛みしめていた。
弱虫な僕が優勝できたんだ。今まで何も活躍できず、役に立てなかった僕が。
長かったバトル大会。戦った選手は全員強かった。それでも翼は勝ち抜いた。それは今まで彼が諦めずに修行に励んだ結果。強くなりたいと願った努力の結晶。
「……っ」
翼の胸の中に達成感が広がっていき、目頭が熱くなる。
勝った、勝ったんだ。僕は、やっと強くなれた。まだまだ弱い部分も多いけど、役に立たない弱虫な僕だけど。少しずつ強くなれているんだ。
翼の頭の中に大会前、優一が言っていた言葉が浮かんでくる。
『守るために強くなる』
翼は潤んだ瞳に風花の姿を映した。
自分の大切なものを守れるように強くなる。傷つけさせないためにもっと強くなる。
風花が翼の視線に気がつき、ニコリと微笑んだ。それと同時に、翼の胸がキュッと苦しくなり、迷わず彼女の方へ手を伸ばす。
「え……」
戸惑いの声をあげる風花に構わず、翼は彼女を抱きしめて、ギュっとその手に力を込めた。
自分はもっと強くなりたい。彼女の全てを守れるように。
「相原くん……?」
風花は翼の突然の行動に驚いていたが、されるがままに大人しく腕の中に納まった。抱きしめられた風花が胸の中に痛みを感じるも、彼女がこの感情の正体に気がつけるようになるのはまだ先のお話。
翼の優勝をたたえる拍手は、それからしばらく鳴りやまなかった。
こうして、バトル大会は『相原翼の優勝』という形で締めくくられた
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