第94の扉  バーサーカー

「こ、降参! 降参する!」

「勝者、相原翼!」

「わーーーー」


 メグの降参宣言により審判がコールし、観客から歓声があがる。試合は終わった。翼が優勝したのだ。パチパチと祝福の拍手が鳴り響いているのだが……


「……」


 翼がメグへの歩みを止めない。にっこりと笑い、不気味な赤黒い炎を纏ったままにその歩みを進めている。


「おいおい、あれはヤバいだろう」


 観客席で試合を観戦していた優一が、焦りの声を出す。周りの客たちは余程興奮しているのか、翼の異変に気がつかない。ただ盛り上がっているだけ。


「はははっ」


 翼の口から乾いた笑い声が響く。彼は周りの様子が見えていないのだろうか。試合はもう終わっているのに一歩、一歩とどめをさそうとメグの元へと近づいていった。


「あぁ……うぁ」


 メグはすっかり怯えており、腰が抜けて立ち上がることができない。そんなメグに杖を構えて、翼は容赦なく近づいていく。













「翼、終わりだ」


 メグを庇うように優一、太陽、彬人が立ちふさがる。様子がおかしいので、観客席から慌てて飛んできたのだ。優一と彬人は杖を、太陽は剣を翼に向ける。


「……」


 優一が呼びかけるも、彼は何も反応を示さない。ただにんまりと笑っているだけ。普段の彼からは全く想像もつかない、不気味な雰囲気をその身に纏っていた。

 今の翼の目には、優一たちの姿は映っていない。彼の目には後ろで怯えているメグのみ。


「何だよ、これ……」


 翼は三人に構わずに一歩ずつ近づいてくる。彼がその歩みを進めるたびに、重力が倍になったかのような威圧感が届いた。メグと同等、いやそれ以上の殺気を彼が纏っている。


「おい、翼」

「翼さん?」


 いつもと異なる様子の翼に、戸惑いの声を上げるも、彼は反応をしてくれない。不気味な赤黒い炎を纏い、ギロリと目を光らせていた。今の翼にいつもの雰囲気は1ミリたりとも感じない。目の前にいるのは本当に相原翼なのか。


「……」


 優一たちの混乱が続く中、翼目の前までやってきた。彼の視界はやはり後ろのメグ。しかし、優一たちがその道を通すことはない。翼の進路上でメグを守ろうと立ちふさがっていたのだが……



 バシンッ!!!



「っ!」

「おい、嘘だろ」


 翼がびゅんと杖を振り下ろした。それを太陽、優一、彬人の3人がかりで支え、何とか凌ぐ。全身に魔力を纏わせ、支える腕に力を込めるも、びりびりと腕が痺れ骨が軋んだ。


「あんな攻撃もう無理だぞ」


 優一が焦った声をあげた。いまだビリビリと腕が痺れており、そう何発も食らえば骨が砕け散るだろう。


「バーサーカー」


 彬人がポツリと声を漏らす。まさにそのもの。たった一撃の攻撃で、三人を怯ませるほどの破壊力。そして、威圧感と殺気。

 翼は赤黒い炎を身にまとい、圧倒的な力を持っていた。彼の身に一体何が起こっているのだろうか。


「はははっ」


 翼はまた乾いた笑い声を響かせた。にんまりとした不気味な笑顔を張り付けて、肌が焼けるかのようなピリピリとした殺気を放っている。そして……


 ボンッ!


「「うわっ!」」


 翼が突然赤黒い炎の塊を放ち、太陽と彬人に直撃。二人は場外まで飛ばされていった。その距離25メートルはあるだろう。翼はいとも簡単に一撃で、人間二人を吹き飛ばした。


「太陽! 彬人!」


 一人取り残された優一が二人に呼びかけるも、返事は帰ってこない。彼らは無事なのだろうか。そう簡単にやられる二人ではないが、今の翼の破壊力は桁違い。優一の背中に嫌な汗が流れる。


「くっそ……」


 優一はちらりと自分の後ろで震えているメグを見る。この少女を置いて、二人の元へ行くことはできない。自分が消えれば、確実に翼はメグに手をかけるだろう。最初から彼の目的はメグのみ。その目には怯え続ける少女しか映していないのだ。







「翼……」


 優一が苦し気に彼に呼びかける。しかし彼は全く反応を示さない。

 今までずっと一緒に戦ってきた。自分のことを弱虫だと、足手まといだと責め続けていた彼は、やっと前を向くことができた。大切なものを守ろうと必死にもがき続けている。そして仲間想いで、優しくて、暖かい少年。彼の放つ魔法は、いつもそんな優しい雰囲気を纏っていた。彼の心を現すように。しかし……


「ははっ」


 今の翼に、その面影は全く感じられない。そこにあるのは不気味な笑顔だけ。そして、暖かい炎ではなく、全てを焼き尽くすかのような冷たい炎。


「翼、戻ってきてくれ……」


 優しい彼に戻ってほしい。その一心で優一は彼の名前を呼び続ける。しかし、そんなことはお構いなしと言うように、無情にも翼は杖を振り下ろそうと手を上げた。


waterウォーター shieldシールド!」


 優一は自分とメグの前に盾を展開する。先ほどの翼の攻撃は、太陽と彬人も含めた三人がかりで何とか防ぎ切った。三人でもぎりぎりの状態だったのに、一人で防げるのか。


「やるしかないな」


 優一は心を決めた。翼は自分がやられれば確実にメグを仕留めにかかる。彼にそんなことをさせてはいけない。殺させてはいけない、絶対に。


「……っ!」


 自分が絶対に受け止める。彼を元に戻してみせる。

 強い意志と共に優一は自分の魔力全てを放出。彼の足元の魔法陣がまばゆい光を放ちだす。今までで一番大きく、太い水の盾が出来上がっていった。優一の額に汗が滲み、苦痛に顔が歪むも、杖へと込める魔力、集中力だけは絶対に切らさない。その瞳は翼を捕らえたまま、離さない。


「はははっ」


 翼は優一のそんな様子を見ても、顔色を全く変えない。攻撃を仕掛けようと杖を高く掲げ、赤黒い禍々しい炎が出来上がっていった。先ほどよりも破壊力が増しているだろう。全てを焼き尽くすが如く巨大な炎の塊が作られていく。

 優一はその様子を見て、悲しそうに顔を歪めたが、



「……翼、来いよ」



 彼に静かに呼びかけた。

 どうして翼が今のような状態になっているのか分からない。どうやったら元に戻せるのかも分からない。でも、今の自分にできることは彼を受け止めることだけ。ただそれだけ。


「はははっ」


 翼の乾いた笑い声が響く。彼に優一の声は届いているのだろうか。全身全霊で盾を構える優一に、翼は杖を振り下ろした。










 トンッ!



 心地よい軽い音が会場内に響き渡る。

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