第92の扉 決着
「それで、どうなったの!」
「お、落ち着けよ、翼」
話を聞いていた翼は、顔を真っ白にしながら彬人の肩を掴んで、前後に揺らす。美羽が怪我を負っただけでもだいぶパニックなのに、加えて風花までも。彼女は無事なのだろうか。
「あぁ、ごめん」
彬人の言葉を聞き、慌てて手を放す翼。彬人はグルグルと目が回ったのか、頭を抱えている。彬人のことを気遣いながらも、翼は話の先が気になるので、続きを話すように促した。
「それで、どうなったの?」
「相打ちだよ。だから勝者なしだ」
「はぇ、相打ち……」
彬人の答えに一気に力が抜ける翼。良く考えれば、自分が不戦勝で決勝戦に進んだのだ。そこから風花の試合の結果を予想することはできただろう。翼はだいぶパニックになっていたようだ。
風花とパルトの試合の結果は相打ち。風花が拳に風を纏わせ、パルトが短剣を手に向かっていった。風花の拳がパルトの顔面に直撃、パルトの短剣は風花の胸を突き刺した。そして両者倒れ、戦闘不能。勝者なしという結果になったのだ。
「胸を刺されたー!?」
「だからぁ、落ち着けってぇ」
理由を聞いた翼が更に顔を真っ青にして、再び彬人をブンブンと揺する。翼はだいぶ焦っているようで、かなり強い力で彬人を揺さぶっていた。彬人の静止の声を聞いて慌てて彼から手を放す。
「だ、だ、だ、大丈夫なの?」
「医務室にいる。治療を受けているんだ」
グルグルする頭を何とか落ち着かせて、彬人はフラフラと立ち上がる。厨二病ポーズをきめて、彬人は翼を医務室へと案内した。
「あ、相原くん」
「はれぇ?」
翼が勢いよく医務室の扉を開けると、ベッドの上で体を起こす風花が。喉に包帯を巻いているのが見えるが、それ以外は元気そうだ。その姿に翼は思わず気の抜けた声が出る。
「桜木さん、大丈夫なの? 大怪我したって聞いたけど」
「大丈夫だよ。もう治療してもらったから」
そう話す彼女の声は戦いの影響のためか、少しかすれていた。しかし、ニコリと笑う彼女はいつも通り。そんな風花の隣には、眠っている美羽の姿が。
「横山さんは?」
「美羽さんももう大丈夫です。時期に目が覚めると思われます」
太陽が美羽の状況を教えてくれる。一時期生死の境をさまよったようだが、今は状態が安定しもう命の危険はないようだ。
二人の無事を知った途端、翼はぺたんと地面にしゃがみ込んでしまった。
「良かったぁ、良かったよぉ」
翼は地面にしゃがんで、震える声で二人の無事を祝っている。かなり不安だったのだろう。彼の瞳は潤んでいた。
「心配かけてごめんね」
風花は優しく声をかけ、翼の頭をポンポンと撫でる。
胸に短剣が突き刺さった彼女だが、バトル大会医療班はとても優秀で、すぐに取り除き傷を修復してくれたらしい。跡も残らず元通りなのだそうだ。風花は無事を示したいようで、胸元を見せようとガバッと服を捲る。
「ほら、だいじょ……!」
その瞬間、太陽により翼と風花の間にザザーとカーテンが引かれる。服に手をかけた風花を見て、その後の行動を予測した太陽が、ファインプレーでカーテンを引いたのだ。
「ん?」
風花はいきなり翼がカーテンになったので、不思議そうな声をあげていた。彼女は自分の行動の意味を良く理解していないようだ。心が欠けている影響なのかもしれない。太陽が説教している。
「「……」」
翼と彬人はカーテンの外に取り残されてしまった。彬人は太陽の早業に目を輝かせていたが、翼はボンと顔を真っ赤に赤らめていた。彼がカーテンを閉めていなければ、今頃どうなっていたことか……
「んんー」
しばらくして、カーテンが開くと、少し元気のない風花が登場した。自分の無事を示せなかったから不満なようだ。小さな子供のような反応を示す彼女に、二人は口を押えて笑いをこらえる。
「あ、相原くんは決勝戦に進んだんだよね?」
思い出したように風花が話を振る。
そう、翼はBブロック代表選手となったのだ。本来はAブロックの代表選手と戦うはずだったが、不戦勝で決勝戦へと進出していた。
「う、ん」
翼は今まで風花と美羽のことで頭がいっぱいだったが、背筋がピッと伸びる。恐怖、緊張、不安、様々な感情が心を包み込んだ。
「おめでとう、頑張ってね」
風花は柔らかく微笑み、言葉を届けてくれる。彼の中の不安な気持ちが少し軽くなったような気がした。
「……ありがとう」
怪我人の傍に長い間いるのも良くない、ということで翼と彬人は太陽を部屋に残し、医務室を後にする。医務室を出ると扉の前に優一が立っていた。
「お前の対戦相手が決まったぞ」
翼たちが風花のお見舞いに来ている間にCブロック、Dブロック代表選手が戦い、勝者が決まったようだ。優一の言葉に翼は緊張を濃くする。
「……あいつはヤバい」
優一は真剣な顔で翼に告げる。翼の決勝戦の相手は優一がCブロック代表決定戦で負けた相手、メグだ。
「何がヤバいの?」
「殺気が半端ない」
「……」
「俺は魔法を発動できなかった」
そう言う優一の声は震えていた。手もぶるぶると震えている。
そんな様子の優一を見て、ごくりとつばを飲む。今までいくつかの戦いに身を投じてきたが、こんなに怯える優一の姿を、翼は初めて見た。
優一はいつも冷静沈着で滅多なことでは動じない。そんな彼が怯えていた。もう試合は終わったというのに。それほどの相手なのか。
翼の心に恐怖の色が濃く浮かぶ。
「……」
Cブロックの勝者メグとDブロックの勝者陽光の試合は、一瞬で決着がついたようだ。メグが音もなく陽光との距離を縮め、お腹をグサリ。
陽光は太陽や一葉を倒した実力者。その彼が全く手も足もでなかった相手に、自分は挑まなくてはいけない。翼の額に汗が滲む。風花が消してくれた不安の感情が再び沸き起こってきた。
一方、翼たちが後にした医務室では……
「姫、まだ完全に回復されたわけではないのですから、そろそろお休みになってください」
「やだ」
太陽が風花を寝かしつけようと奮闘していた。風花はさっきから試合会場へ行くと言って、大人しくしてくれない。風花のそんな様子に太陽は頭を抱えた。
「試合の様子は、ここからでもご覧になれますよ」
太陽はベッドの前のスクリーンを指さす。医務室には大きなスクリーンがついており、そこから試合の様子を観戦することができるのだ。しかし、風花は太陽の言葉に納得せず、ぷくぅと頬を膨らませた。
「行く」
「ダメです」
「やだ」
「ダメです」
「たいよぅ」
「ダメです」
「んんー!」
回復しているとはいえ、まだかすれ声。太陽としては彼女を外に出したくない。しかし……
「行くぅ!」
布団をブンブンと振り回して、依然駄々っ子風花。風花は頑固な一面もあるので、こうなってしまうとこちらが折れるまで大人しくしてくれない。長年の付き合いで何回か経験済みである。
「行くの!」
「ダメです」
しかし、今回ばかりは許可できない。ベッドに縛り付けてでも大人しくさせなければならない。太陽が物騒なことを考えていると、急に風花の動きが止まる。
「何だか嫌な予感がするんだ」
風花は真剣な表情で太陽に訴える。彼女は一体何を感じ取っているのだろう。
「……分かりました。代わりに私が行きましょう」
太陽の言葉に風花の目が輝いた。真剣な表情で言われれば、折れない訳にもいかない。
「ですから姫はここに居てください。お一人だと心配ですので、うららさんを呼んできます。うららさんの言うことはきちんと聞いてくださいね?」
「分かったー」
本当に分かったのだろうか。
素直に頷いてくれるも、太陽は頭を抱えた。ただ、ストッパー役としてうららを召喚するので、おそらく大丈夫であろう。
太陽は大人しくしていてくださいね、と風花に念押しして医務室を後にした。
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