第91の扉  怒りの風花

「おいおいおい、これはどういうことかな?」


 パルトの苛立たし気な声が会場内に響く。彼の攻撃を受けた人物はポタリ、ポタリと血を流しながら立ち上がった。


「この子はもう戦えません。審判コールを」


 パルトの攻撃を受けた人物、風花は彼には目も向けず、審判を促す。風花に言われて審判が美羽を見ると、完全に意識を失っているようだ。先ほどまで動いていた左腕も、もう動いていない。


「あ、はい、横山美羽選手戦闘不能。パルト選手の勝利」


 風花に促された審判が手をあげ、コールする。その声と共に風花はぐったりとしたままの美羽を抱きかかえた。風花の服が赤く染まっていく。


「っち……まぁ、いいか。次は君だね」


 パルトは風花の背中に舌打ちを響かせながら、不気味なことを呟いていた。













「よろしくお願いします」


 風花は駆けつけてくれた救護班に美羽を託すと、一人選手控室に入る。

 開始早々、美羽の喉を潰し、降参宣言を取り上げておいて、戦闘不能条件の気絶ぎりぎりを攻める残虐な技の数々。左腕一本だけを抵抗できるように残し、右腕と両足は本来曲がってはいけない方向へと曲がっていた。内臓も傷ついているのだろう。彼女の体はボロボロだった。

 グッと風花は唇をかみしめ、壁をバンッと叩く。


「美羽ちゃん……」


 もっと自分が早く間に入っていれば……

 バトル大会に参加しようなんて、言わなければ……


 彼女の心の中が後悔で埋め尽くされていく。


「姫様!」


 そんな風花の元へ、観客席で試合を観戦していた太陽と彬人が駆けつけてくれる。風花は最後のパルトの攻撃をその身で受けていたのだ。腕にぱっくりとナイフのつけた傷が開いている。


「……ありがとう」


 太陽が真っ青になりながら、回復魔法を施す。見た目は痛々しい傷だが、深くは抉れていないし、神経も傷つけていない。太陽が安心していたのだが、治療が終わると風花はお礼を言ってそのまま立ち去った。


「ふ、我らが姫なら大丈夫だろう。横山のかたきを取ってくれるはずだ」


 風花の次の試合の相手はパルト。そう簡単にやられないとは思うのだが、やはり心配は心配。彬人は場の空気を何とか和らげようと、いつもの如く厨二病ワードを繰り出した。


「……」


 しかし、少し待っても太陽からの返事がない。彼はいつも何かしらの反応を返してくれるのだが、それすらない。不審に思い、振り返ると……


「ほぅ」


 太陽はどす黒いオーラを纏い、目は鋭く光っている。彬人はそんな姿を見て魔王でも降臨したのか、と首を傾げるが、今話しかけると自分の身が危ないので黙っていることにした。












 そして、Aブロック代表者決定戦。【桜木風花 VS パルト】


「あなたにだけは、絶対に負けません」

「それはこっちの台詞だよ、お嬢ちゃん」


 声に怒りを乗せた風花が相手のパルトを睨むも、彼は動じず涼しい顔をして答えていた。ピリピリとした空気が二人を包む。


「試合開始!」


 審判の声が会場内に響き渡り、会場の緊張感が一気に増した。パルトは残虐非道。彼の目的は痛めつけた上で、相手を殺すこと。先ほど彼は美羽を仕留め損なった。そして、その原因となったのは目の前に居る風花。彼の鋭い視線が更に鋭くなる。


「……」

「太陽、ちょっと落ち着けよ」


 そんな彼の鋭い視線を見て、再び太陽の身体からどす黒い物が噴き出ている。隣で試合を観戦している彬人が彼を必死に止めているが、今にでも風花の元へ飛んでいきそうな勢いだ。

 そんな太陽の瞳に映っている風花は真剣そのもの。彼女から漏れ出ている風が髪を不気味に揺らしていた。しかし……


「ふーん、なかなかやるね」

「ゲホッ!」


 苦しそうに咳き込みながら、風花がうずくまった。そして、その口からは少しの血液が。パルトは何をしたのだろう。一歩も動いていないように思えるが、余裕の表情で苦しむ風花を眺めていた。


「姫様!?」

「あぁぁ、ダメだって、太陽」


 突然の出来事に、観客席で観戦していた太陽も何が起きたのか理解できない。彼女の元へ飛んでいきそうな彼の腕を彬人が掴んでいた。


「……ぁ、圧縮魔法、です」


 風花は口元の血液をぬぐいながら立ち上がる。声はかすれてはいたが、きちんと発声できていた。


「なるほどね」


 パルトが腕を振ると、手から散った血液が床を赤く染める。その腕は美羽の時と同様、血液で真っ赤に染まっているのだが、付着しているのは風花の血液だけではないようだ。パルトの指の爪が剥がれてしまっている。

 開始の合図と共に、目にも止まらないスピードで風花の喉を狙いに来たパルト。風花は喉の部分に風を圧縮した防御魔法を展開し、難を免れたようだ。しかし、完全に防御することはできず負傷。パルトも攻撃を仕掛けた腕を負傷した。


「これは、さっきの子よりは面白い試合になりそうかな?」

「……」


 パルトのその言葉を聞いた風花の空気が変化する。彼女の発生させたピリピリとした空気が、観客席にまで届いた。


「「……っ!」」


 観客席で試合を観戦していた太陽と彬人も、その空気を感じ取る。今まで何度か共に戦ってきたが、彼女がこれほどまでの殺気を纏ったことはあっただろうか。


「いいねぇ、その目。好きだよ」


 風花の殺気を浴びても、パルトは動じない。それどころかうっとりとするような表情で風花を見つめる。彼の頭の中には風花をどうやって痛めつけようか、ということしかないのだろう。


windウインド shieldシールド!」


 再びパルトが風花の喉を潰そうと、急接近してきた。風花はそれを風の盾で防ぐ。呪文を唱える時にさっきのダメージのためか、一瞬痛そうに顔を歪めた。

 パルトが執拗に喉を狙いに来る理由は、降参宣言を取り上げることの他にもう一つ。詠唱をさせないためである。魔法使いは呪文を唱えることで、魔法を発生させる。つまり、声が出なければ魔法詠唱はできない。完全に反撃の手段を奪い取ってから、好きなだけ痛めつける。それが彼のやり方だ。


「ケホッ!」


 一進一退の攻防が繰り広げられる。何回かパルトの攻撃が風花の喉に直撃するが、彼女は喉に圧縮した風の防御魔法をかけているため難を逃れている。しかし、完全に防ぎきることはできないので、攻撃を受けるたびに風花の喉は悲鳴を上げていく。


windウインド shotショット……」


 風花の声はだいぶかすれてしまっている。普段の透き通った声は想像できない。彼女の喉が潰れるのは時間の問題だろう。


「ゲホッ」


 苦しそうな咳と共に、血を吐く風花。体力・魔力共にもう限界が近いようだ。彼女はずっと圧縮した防御魔法を喉に展開していた。それを維持するだけでも相当の魔力を使ってしまっている。


「はぁ、はぁ」


 一方のパルトも風花の攻撃によりダメージを負っていた。こちらも限界が近いようである。パルトの両手は風花の防御魔法の代償でボロボロの血だらけになっている。

 二人の息遣いだけが会場内に響き、観客も息を呑んで試合を見守っていた。双方限界が近い中、次の一撃で勝負は決まるだろう。





 トンッ!



 地面を蹴る心地よい音が響き、二人が同時に動きだした。風花は拳に風を、パルトはその手に短剣を握りしめて。

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