第88の扉 それぞれの心
【Bブロック代表者決定戦 相原翼 VS 赤木】
「試合スタート!」
審判の声が会場内に響き渡る。翼は杖を強く握りしめ、赤木の動きをじっと見ていた。
「……」
対戦相手である赤木の最大の武器、それはその体。たくましく鍛え上げられた筋肉たち。それ以外の武器は見当たらない。彼の装備は軽装備で、Tシャツにチノパン。武器を隠し持っていることも考えにくい。
先ほどの颯の試合を見ると、彼の攻撃をまともに食らったら、一発でゲームオーバーだろう。それほどまでに彼の力は脅威だ。
「来ないのなら、こちらから行くぞ」
翼が悩み込んでいると、赤木の声が耳に届く。彼は何を仕掛けてくるつもりだろうか。杖を持つ手に自然と力が入る。彼の動きを一瞬たりとも見逃さないように、じっと赤木を見つめた。しかし……
「え」
シュンッ
心地よい風の音と共に赤木の姿が一瞬で消えた。先ほどまで翼の目の前に居たのに、姿が見えない。戸惑いの声を上げながら、翼が必死に赤木の姿を探していると
「よっと!」
翼の目の前に拳を振り上げた赤木の姿が。
どうやら、鍛え上げられたその足で一瞬で翼との距離を詰めたようだ。まるで魔法でも使っているような動き。その速さは颯の電気に匹敵するだろう。
「っ!?
赤木の動きに驚きながらも、翼は咄嗟に魔法を展開した。真っ赤な分厚い炎の壁が赤木の前に立ち塞がる。赤木が炎に怯んでいる間に何とか体勢を立て直し、次の攻撃を仕掛けなくてはいけない。翼が必死に頭を働かせる中、絶望の音が鳴り響く。
「ふんっ!」
赤木は全く怯むことなく拳を叩きつけたのだ。真っ赤に燃え盛る炎の壁に、何の迷いもなく、一瞬で。
「嘘、だろ……」
翼は固まって動くことができない。自分は炎の威力を弱めたりしていなかった。油断せず、最大火力で炎を燃やしていたのに、赤木の攻撃で一瞬にして消し飛んでしまった。
彼は何か魔法を発動したのだろうか。生身の拳で消し飛ばせるとは思えない。優一や一葉のような水属性の魔法使いかもしれない。
翼はくるくると考え込んでいたのだが、その思考を赤木が遮った。
「次、行くぞ?」
赤木は翼にまた拳を振り上げている。休むこと、考えることさえ許してくれないようだ。
「
炎の盾を出現させ、自分の前で構える。翼が構えたと同時に、赤木の重い拳が叩き付けられた。その重さに顔が歪むも、翼は盾を持つ手だけは離さない。この盾が破壊されたら翼は終わるだろう。
攻撃一つ、一つに体重が乗せられており、重い攻撃が降り注いだ。彼の攻撃を受け止める度に翼の炎が不規則に揺れる。少しでも力を抜けば、後ろへ吹き飛ばされ、場外に追い出されてしまうだろう。今まで経験したことのない重さが翼を襲った。
「このまま耐えれるかな?」
「ぐ……」
【Cブロック代表者決定戦 成瀬優一 VS メグ】
「試合スタート」
「……っ!?」
審判の声がかかったと同時に優一の目の前にいたメグの気配が変わった。彼女の目は言っている。『お前を殺してやる』と。
優一の額に汗が浮かび、息苦しさを感じた。激しく心臓が脈を打ち、全身に血液が駆け巡る。
「くっそ……」
バトル大会では殺しは禁止。しかし、その事実さえも忘れてしまうほど、目の前の瞳は殺すと語っていた。
試合は開始した。魔法を出して、彼女を攻撃しなければならない。しかし、声が出ない。魔法に集中できない。彼の心を支配しているのは恐怖という感情のみ。
「ぇ……」
優一が必死にメグの殺気と戦っていた時、突然彼女の姿が消えた。一瞬にして、何の音もせず、彼女は姿を消した。まるで最初からそこには何もいなかったかのような錯覚さえ覚える。しかし……
「……降参、する」
「勝者、メグ!!!」
弱弱しい優一の声を聞き、審判がコールした。音もなく姿を消したメグが、音もなく優一の背後に現れ、首元にナイフを当てたのだ。彼女は審判のコールを聞くと、優一の首に当てていた短剣を静かにしまった。
「……ぁ」
優一は力が抜けてぺたんと座り込んでしまった。もう試合は終わったというのに、震えが止まらない。息がしづらい、心臓がうるさい。
一瞬で決着がついた。自分はメグの殺気に怯んで、動けなかった。魔法すら発動することができなかった。本当の殺気はこんなにも冷たく、怖いものなのか。
優一の心の中に恐怖が渦巻く。
【Dブロック代表者決定戦 藤咲一葉 VS 陽光】
「試合スタート!」
「
一葉は開始早々、杖を剣に変化させた。冷たい冷気が彼女の周りに漂い、髪が美しく宙を舞う。太陽の光を反射しながら、一葉の氷の剣が陽光を切り裂こうと、向かっていった。
「やはり、迷いがあるな」
「ぐぅ……」
陽光は余裕の微笑みを携えながら、彼女の攻撃を受ける。キンキンと剣の交わる音が会場内に響くも、一葉の心の中に黒い感情が巻き起こった。
『迷い』
一葉自身も分かっていた感情。人を殺すかもしれない、殺されるかもしれない。自分の一撃で命が散ることを考え、常に迷いが乗るのだ。そして、迷いは攻撃を鈍らせる。
カキンッ
「実戦では死んでいるな?」
「……降参、します」
陽光が一葉の剣を弾き、首元に剣を突き付けた。勝負あり。陽光は剣をしまうと、そのまま競技会場を後にする。
「迷い……」
一葉はそんな彼の背中を見つめながら、迷いの色を濃くしていた。
【Aブロック代表者決定戦 相原翼 VS 赤木】
「どう、しよう……」
赤木は依然として翼に重い攻撃を繰り出していた。攻撃の威力は全く落ちない。対する翼は耐えることしかできず、彼の重い攻撃により魔力を削られていた。翼の抱えている炎の盾が不安定に揺れている。このままでは翼の魔力がつき、負けてしまうだろう。どうしたらいいのだろうか。焦りながら、翼が頭を働かせていると、彼の拳が目に入る。
「な、んで?」
翼の盾に叩き付けられる拳は真っ赤に焼けただれており、所々骨が見えていた。それにも関わらず、彼は痛がる素振りも攻撃をやめる素振りも見せない。翼はずっと赤木の攻撃に耐えていたが、今の今までそのことに気がつかなかったのだ。
「魔法じゃ、ないの?」
翼の頭の中を疑問が埋め尽くす。てっきり赤木は自分の拳に魔法を這わせていると思っていた。翼の炎の盾はかなりの熱を持っている。そんな燃え盛る炎の中に防御なしで突っ込んでいると、誰が思うだろうか。
「まだまだ、行くぞ?」
それを目の前の男はやってのけている。痛いはずなのに、怖いはずなのに、その感情を一切外に出さずに拳を叩きつけていた。
赤木の身体はかなり鍛えられている。凄まじいパワーと瞬発力。しかし、それは痛みの感情を消せるものではない。彼の拳はもうボロボロ。それなのに、攻撃は全く衰えない。何が彼にそこまでさせるのだろうか。
「お前たちはいいよな、魔力があって。すごい魔法をドンドン使えて」
「え……」
攻撃を次々と繰り出しながら、赤木はポツリと話し始めた。
「俺には魔力がないんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます