第89の扉  ないものねだり

「お前たちはいいよな、魔力があって。すごい魔法をドンドン使えて」

「……」

「俺には魔力がないんだ」

「え……」


 思いがけない言葉に翼は目を見開く。


「魔法が、使えない……?」


 ここは異世界。魔法が当たり前の世界だ。そこで魔法を使えない人物がいるなんて、考えたことがなかった。

 そんな当たり前の世界で、当たり前のことができない赤木。どれだけ苦しい思いをしたのだろう。


「生まれつき使えない。これから先もきっとそうだろうな……」


 魔法は両親から遺伝し、幼少期に発現、成長と共にその力は大きくなっていくことが通常だ。しかし、赤木は魔法が発現しなかった。両親は二人とも魔法使いであるにも関わらず、成長しても全く魔法が使える気配がない。


「俺は体を鍛えた。どんな相手でも勝てるように、俺ができることは何だってやった」


 いつかは自分も使えるようになるのではないかと魔術の勉強、身体づくりにいそしんだ。そうして、今の身体を手に入れた。

 赤木の身体は全身どこを見ても筋肉。筋肉の塊である。服を着ていても、その下の筋肉が見えるくらいに鍛え上げられている。魔法がなくても戦えるように。


「ぐ……」


 翼を攻撃する赤木の手は弱まらない。重い拳に翼から声が漏れた。


 この人はどれだけの修行を重ねたんだろう。ここまでの体を作るのにどれだけの時間を費やしてきたんだろう。それだけじゃない、あんなに負って痛くないはずないのに、拳の勢いは全く衰えない。むしろ強くなっている気もする。身体だけじゃない、心も強い。


「だけど……」


 翼が赤木の努力に目を細める中、彼は苦しそうに唇を噛んだ。





「お前魔法を使えないんだって?」

「ダサいよな」


 幼少期、赤木をクラスメイト達が取り囲み、殴る、蹴るの暴行を加えていた。魔法を使えない人間はでき損ない。それが異世界の人たちの認識だった。

 いつか必ず、お前たちを見返してやる。自分も魔法が使えるようになったら、必ずお前たちより強くなる。その一心で彼は魔法が使える日を待ち、魔術、体術の練習に励んだ。バトル大会にも何回も出場して、経験を積んだ。


「勝者、赤木!」


 その努力もあって、魔法使い相手にも勝てるようになってきた。少しずつだが、周りも彼の存在を認め始め、もう馬鹿にする人物は居なくなった。しかし……





「鍛えるだけじゃどうにもならないんだ」


 赤木は一度もバトル大会で優勝したことがない。


「努力は天才に勝てない。才能に勝てない。……魔法には、勝てない」


 赤木の言葉が翼の胸に刺さり、痛みに顔が歪んだ。



 天才、才能、魔法



 人生は平等じゃない。才能、容姿、神様は一人一人違うものを渡す。誰だって最初は弱い。僕だってそうだ、いや僕はまだ弱いまま。

 桜木さんや太陽くんだって、優一くんや横山さんだって、みんな最初は一緒のスタートライン。ただ、その時に渡されたものが違うだけで。


 僕もみんながうらやましい。みんなみたいな才能が欲しい。強さが欲しい。

 凡人は天才や才能には勝てないのかもしれない。でも……


 翼はギュっと唇をかみしめる。手にも自然と力が入った。


「……あなたがそれを言ったらダメだよ」


 翼は苦しそうに言葉を紡ぐ。胸が痛くて、苦しくて、赤木に言わなくてはいけない言葉が溢れてきた。


「頑張ってきたんじゃないか。魔法に憧れて、才能に憧れて。……それでもあきらめずに頑張ってきたんでしょ?」


 僕だって強さに憧れた、才能に憧れた。


「だったら、今までの自分を信じてあげてよ。……君が信じなかったら誰が信じるの?」

「お前に何が分かるんだ、魔法の使えるお前に!」


 そう言いながら、赤木は一段と重い攻撃を翼に放つ。その一撃に翼は苦しそうな声を漏らすも、一歩も後ろへは下がらない。しっかりと盾を構えて、赤木を瞳の中にとらえる。


 魔法が使える翼の言葉は、赤木に響かないかもしれない。それでも……


「分かるよ!!!」


 翼は負けないように大きな声を出した。彼の頭には今までの冒険が駆け巡る。


 何の役にも立てない自分、足手まといになっている自分。僕にはないものが多すぎる。


「僕だって、強くなりたいんだ!」


 守りたいものすべてを守れるように。


「ない物をねだってもどうにもならない。みんな自分の持っているもので精いっぱい戦っているんだ。それで強くなるしか方法はないんだよ!」


 僕には才能がない。みんなが一回でできることでも何倍もの時間がかかる。だったらできるまで何回でもやるしかないじゃないか。


「だから、過去の自分を否定するようなこと、言ったらダメだよ!!!」


 自分の努力を一番よく知っている僕だけは、過去の僕を認めてあげないとダメなんだ。

 僕は大切なことを桜木さんや太陽くん、多くの仲間たちに教えてもらった。


「君が頑張ってきたことは絶対に無駄にならない。君だけは、自分のことを信じてあげてよ」


 翼は盾に込める力を強くして、赤木の攻撃を跳ね返す。


「……っ」


 赤木は目を見開いた。本人は気がついていないが、翼の頬を涙が伝っている。翼は自分の過去と赤木を重ね合わせて、涙を流したのだ。


 翼は魔法を発現することができたが、習得には膨大な時間を有した。最初は震えて逃げるだけだった彼だが、今では前を向いた。何回も何回も練習して、自分を信じて努力してきた。だから今の彼がいる。


「……」


 赤木は翼の言葉と涙に何も言わない。ただ下を向くだけ。赤木には翼の言葉はどう聞こえたのだろう。翼の涙はどう見えたのだろう。












「俺は自分をバカにしたやつ全員を見返すために」

「僕は大切なものを全て守れるように」


 努力だけでここまで上り詰めた二人の少年。彼らの瞳には鋭い光が宿っていた。二人はまだまだ強くなっていくことだろう。


「「……」」


 二人の視線が混ざりあい、拳を握る。そして、一瞬の沈黙ののち……



「「強くなるんだ!!!」」



 会場全体に衝撃の風が響き渡る。今までのどの試合よりも大きく、力強い風が彼らを優しく包み込んだ。

 観客が固唾を呑んで見守る中、審判が手をあげコールする。


「勝者……」

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