第86の扉  笑顔の試合

【Bブロック2回戦 鈴森颯 VS 赤木】


 颯の相手の赤木。見た目は自分たちと何も変わらない人間のよう。


「筋肉がぁ」


 颯から思わず声が漏れた。そう、目の前の赤木は体つきが素晴らしく、筋肉隆々、たくましい。ボディビルダーのように鍛え上げられた筋肉たち。美羽と一葉が居れば、キャーキャー言いそうな出で立ちだ。さらにそれを引き立てるように、Tシャツにチノパンという服装で、男子である颯もその筋肉に見惚れてしまうほど。


「すごいねぇ」

「すごいか?」


 颯の目線に気がついた赤木が苦笑いを溢している。颯が自分の身体を触ってみるも、プニプニとした感触しかない。目の前の男性とのあまりにもな違いに思わずため息が漏れた。


「試合スタート」


 颯が絶望を感じる中、審判の声が会場内に響き渡る。それと同時に颯の絶望と赤木の笑顔が消えた。


「よしっ! speedスピード


 颯は開始と同時に、電気を体にバチバチとまとわせる。一手で決めるつもりのようだ。彼の身体全体が眩い光を放ち出し、静電気でふわりと髪が楽しく踊る。


「……」


 一方の赤木はそんな颯を見ても、全く動じていないようだ。涼しい顔をして颯を見つめている。

 赤木の手には杖も、剣も他の武器も握られていない。彼の戦闘スタイルが謎である。


「行くよぉ?」


 颯はそんな様子に片眉を上げるものの、彼がやることは変わらない。トップスピードで突撃し、一瞬で仕留めるのみ。赤木がどれほどの魔法使いだろうが、剣士だろうが関係ないのだ。

 颯は自分の纏う電気を足元に集中させ、鋭い瞳に赤木を映した。足に力を込めて、赤木の懐へと飛び込んでいく。


 ボコンッ


 颯の姿が消えたと共に、会場内に鈍い音が響き渡った。


「え……」


 客席で見ていた翼から思わず声が漏れる。目の前の状況を理解できないのだ。彼の混乱が続く中、同じく戸惑っている審判がコールする。


「え、っと。鈴森颯選手、戦闘不能、赤木選手の勝利」


 戸惑いの中心地にいるのは、先ほどと何も変わらない赤木と、彼の足元にぐったりと横たわっている颯。


「医療班、すぐここに!」


 翼たちの混乱が続く中、白衣に身を包んだ集団が颯に駆け寄っていた。彼はピクリとも動かない。大丈夫なのだろうか。


「嘘、でしょ……」


 颯が倒れていた部分のコンクリートが、ひび割れている。

 おそらく颯が赤木の懐に飛び込んだその時、赤木の拳が彼の脳天を直撃したのだろう。颯は地面にめり込むと同時に気絶した。


「ふぅ」


 颯はかなりのスピードで彼に向かっていった。電気を纏った彼の動きを見ることさえ叶わなかったのだから。それにも関わらず、赤木は無傷。気怠そうに手をブンブンと振っている。まるで『颯を倒したのは簡単だった』とでも言うように。


「……」


 そんな赤木の様子に翼はごくりとつばをのむ。翼が順調に勝ち進めば、Bブロックの決勝戦で戦うことになる相手なのだ。彼の心に恐怖が沸き起こる。









 一方Dブロックでは……


【Dブロック2回戦 坂本太陽 VS 陽光】


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 両者は向かい合い、ニコリと微笑む。太陽の相手は頑丈な鎧に身を包む騎士。かなり重量がありそうな鎧なのに、彼は涼しい顔をして、準備体操をしている。


「俺は以前この国の王宮に務めたことのある騎士だ。君も騎士なのか?」


 騎士は柔らかく微笑み、太陽に話しかける。身長が太陽よりも高く、若干見下ろすような形なのだが、全く不快感を感じない。彼の纏う柔らかな雰囲気故だろう。


「私は騎士と名乗るほどの力は持ち合わせておりませんが、剣で戦わせていただいております」


 対する太陽も彼に負けないくらいの柔らかな雰囲気を纏って、問いかけに答える。『太陽と陽光』名前も近い二人だが、雰囲気も名前の如く暖かくて、優しい。ポカポカの日差しの如く、会話を楽しんでいたのだが


「ほぅ……」


 太陽が腰に刺している剣を見た陽光の雰囲気が変化する。先ほどまでの優しい雰囲気を消して、目には鋭い光が宿った。

 太陽の剣は灰色で細身の長剣。全く不自然な所などないように思うのだが、彼は何かを感じ取ったようだ。


「それでは試合開始!」


 陽光からピリつく雰囲気を放つ中、審判の声が響いた。陽光の気配を感じ取った太陽の顔からもにこやかな笑顔が消える。

 つい少し前まで、穏やかな会話をしていたなど想像できない鋭い視線が交わった。そして



 キンッ!



 心地よい金属が交わる音が響き、辺り一帯に衝撃波が吹き荒れた。


「なかなかやるじゃないか」

「お褒めに預かり光栄です」


 一瞬で距離を縮めた二人が剣を交えている。涼しい顔で打ち合いをしているように見えるが、会場内に響き渡る音はとても重い物。その衝撃波が観客を襲い、悲鳴が響き渡っていた。


「すごい……」


 同じくDブロックの一葉は、選手控室にあるモニターで、試合の様子を観戦していた。モニター越しにも彼らの強さがひしひしと伝わってくる。

 一葉は無事に2回戦を勝ち抜いていた。つまり、この戦いの勝者と次に戦うことになる。一葉は画面を見ながら、ぐっと手を握った。まだ自分の剣は彼らには到底及ばないだろう。レベルの違いを見せつけられた気持ちになった。


「でも」


 例えレベルが違いすぎたとしても、勝ちを譲るつもりはない。太陽と陽光の戦いから技術を盗もうと、しっかりと二人の戦いを見つめていた。







「はぁ、はぁ」

「そろそろ決着にしようか」


 両者一歩も譲らない剣の打ち合い。二人の額からじっとりと汗が垂れ、体力も限界に近づいていた。次の打ち合いで勝負が決するだろう。


「ふんっ!」


 陽光が一つ息を吐いたと思ったら、彼の周りに魔力の壁が出来上がる。そして、解放した魔力全てを自身の剣へと纏わせた。

 重い剣だけでなく、研ぎ澄まされた鋭い魔力が加わり、肌が焼けるような感覚が太陽の元に届いた。そして、ニヤリと微笑むと


「全力で、来い」


 太陽を挑発するような言葉を投げかけた。陽光の纏う魔力が不気味に届き、太陽の白いローブ、髪が楽しそうに踊る。その動きに誘われるように、太陽の口が何やら呟いた。


 ボンッ!


 それと同時に、太陽の灰色の剣が白と黒の二色の光を纏い出す。ゆらゆらと二つの光が、彼の周りに揺れた。


「ぐ……」


 太陽の口から苦しそうな声が漏れる。彼の剣を包む二色の光が強くなるにつれて、息が乱れ、額に汗が滲んだ。しかし、そんな中でも太陽はすがすがしい笑顔を浮かべている。こんなにも楽しそうな表情の彼を見たことがないかもしれない。


「いい試合になりそうだ」


 陽光は太陽の笑顔を見て呟いていた。太陽の身体からどす黒い物が噴き出ている気もするが、そんなことさえ忘れられる。今気にしなくてはいけないのは、彼の剣のみ。それだけでいい。


「「……」」


 緊張感が会場内を包み込み、二人の息遣い以外の音は聞こえない。そして



 シュンッ



 一瞬の沈黙ののち、会場中を凄まじい衝撃波が包み込んだ。観客の悲鳴が響き渡る中、競技会場は土煙で状況が全く分からない。

 決着はついたのか、どちらが勝ったのか……





 観客たちが息を呑んで見守る中、土煙の中に動く一つの人影が。

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