第71の扉  水の国編その4

※※※※

 

 神殿の広間の至る所で、妖怪と騎士団たちの戦いが繰り広げられている。そんな中、僕一人だけが動けずにいた。ガクガクと足が震えて、息が苦しくなった。


 僕も戦わないといけない、ここは戦場なんだ。


windウインド fistフィスト!」


 桜木さんは拳に風を纏わせて、妖怪を気絶させている。彼女の腕は細いのに、どこから力が出ているんだろう。桜木さんが吹き飛ばした妖怪が山のように重なってるよ。


 僕も戦わなくちゃ。決めたんだ、彼女を守るって。


waterウォーター holdホールド!」


 優一くんは水の塊を出現させ、向かってくる妖怪たちを次々と閉じ込めていく。やっぱり優一くんはすごいな、どんどん敵を吸い込んでいくよ。


 みんな戦っているんだ、僕もやるぞ。


heatヒート wallウォール!」


 横山さんは大きな熱の壁を出現させ、熱気で妖怪たちを退けている。すごいな、あんな魔法の使い方、僕は思いつかなかった。


 大丈夫、きっとできるぞ、僕はちゃんと練習してきたんだ。


iceアイス rockロック!」


 藤咲さんは氷の中に封じ込めていく。数人の妖怪が切りかかるも、剣道部なだけあって華麗にかわしている。すごいな、やっぱり運動神経と反射神経がいいんだね。


 早く動き出さなくちゃ。ここは戦場なんだ。戦わないと殺される・・・・


「……」


 僕は一歩、一歩前へ足を踏み出していく。杖をしっかりと握りしめて、戦いの行われている戦場へと進んだ。もうその足は震えていない。


 やらないと、やられる。正当防衛だよね。

 そう、正当防衛だよ。僕は何も悪くない。やらないと殺されるんだ。大丈夫、できる、できる、できる。太陽くんも言っていた、言葉は縛ってしまうって。だから口に出して言ってみることが大切なんだ。



殺さなきゃ・・・・・



 妖怪の一人が僕に気がつき、突進してくる。大きな鎌を振りかざして、殺気を飛ばしてきた。


 殺すんだ、殺す。大丈夫、僕は練習してきたんだ。殺す・・ために。


 妖怪が僕の魔法の射程範囲に入る。杖に込めた魔法は大きな塊となり、発射準備は整った。いつでも打てる。


 大丈夫、できるぞ。ちゃんとできる。できる。できる。できる。

 殺すんだ。


 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。


 僕の心の中が黒い感情で満たされていく。僕は相手を殺すために魔法を振るうんだ。やれ、やるんだ。魔法を打たなくちゃ。








shotショット!」

「え……」


 僕が攻撃しようとしていた妖怪は顔面に攻撃を食らい、吹き飛んで行った。僕は攻撃を発射していないのに。どういうこと?

 戸惑う僕の手を妖怪を吹き飛ばした人物が掴み、走り出す。


「え、ちょっと」

「成瀬くん、背中貸してね」

「あぁ、いいぞ」


 僕の手を掴んでいた人物、横山さんはそう言うと、優一くんの後ろに回り姿を隠す。そして、僕を前から抱きしめた。

 あ、柔らかい…… 違う、そうじゃない。


 僕の顔はきっと耳まで赤くなってしまっている。でも、一体何が起きているんだ。どうして僕は横山さんに抱きしめられているんだ。それにさっきの妖怪はどうして、倒れたの?


「相原くん、ちゃんと息して。落ち着いて、大丈夫だから」


 横山さんは僕を抱きしめながら、背中をさすってくれる。

 

 あれ、僕は息をしてる?

 横山さんに言われて、息をしていなかったことに気がついた。あ、気がついたら、何だか苦しくなってきた。苦しい、死ぬ……うぅ


「はぁ、はぁ」

「大丈夫だよ、ゆっくり息してね」


 横山さんはずっと僕が落ち着くまで、背中をさすって抱きしめてくれた。彼女の暖かさが僕の中に渦巻いていた黒色の感情を消していく。苦しさも薄めてくれる。


waterウォーター holdホールド!」


 僕たちの後ろでは、優一くんが襲ってくる妖怪たちを次々と捕まえ、守ってくれていた。


「あ……ぁ」


 そんな二人の優しさを感じ、僕の息は段々と整ってきた。全身の震えも治まって、心も落ち着きを取り戻す。


「さっきすごい顔してたよ。変な呼吸もしてたし」


 落ち着いた僕を確認して、横山さんは口を開く。え、自分も戦いながら、僕のそんな細かいことまで気がついたの? 僕は自分が息を忘れていたことすら気がついてなかったのに。


「何を考えてたの?」


 横山さんは僕に優しく問いかけてくれる。


 僕は何を考えた? 

 最初に妖怪たちが移動してきたときに怖くなって。でもみんなちゃんと戦ってて、僕も戦わなくちゃって思って、でも動けなくて。殺さなくちゃって……



 必死に殺すことを考えていた。



「ここは殺し合いの場じゃないよ」

「ぁ……」

「確かに命を落としてしまうことはある。だけどね、ここは守る・・ための場所だよ」

「守る、ための……」

「殺さなくていい。守れればそれでいい」


 僕は辺りを見渡す。後ろの優一くんは妖怪たちを捕まえているだけ、藤咲さんは氷に封じ込め戦闘不能にしているだけ、桜木さんも敵を気絶させているだけ。さっきまで横山さんも熱を利用して敵を退けていただけ。


 誰一人として敵を殺して・・・いないんだ。守れればいい。殺すために戦うんじゃなくて、守るために戦う。


「ね? それに怖いのはみんな同じ」

「あ……」


 横山さんはそう言いながら僕の手を握る。彼女の手は震えていた。

 そうだよね、今までこんなに殺意を向けられたことはなかったし、生きるか死ぬかのやり取りなんてしてこなかった。怖いのは僕だけじゃない。


「一緒に、頑張れそう?」


 僕は横山さんの震える手を握り返し、彼女の質問に頷く。一つ息を吐き、戦場へと踏み出した。また足が震え出したけれど、今はそれでいい。

 守るんだ、殺さなくていい。玲奈さんに近づけさえしなければ。


fireファイヤー lineライン


 僕は玲奈さんの前まで戻ってきて、壁まで続く炎の線を引く。これで玲奈さんの近くには来れないはず。


 大丈夫、殺さない。強すぎず、弱すぎず。僕は今まで守る・・ために修行してきたんだ。




※※※※




「翼は大丈夫そうだな」

「うん、良かったよ」


 炎の線が出来上がるのを見て、優一と美羽が呟く。彼はもう大丈夫。それを感じられるくらい力強く温かい炎だった。その炎を見て、安心していたのだが……


「成瀬くん、ごめん」

「ん?」


 彼の後ろに居た美羽が優一の服をぎゅっと握って、背中に頭をつけた。


「もう少しだけ背中貸して?」

「どうぞ、好きなだけ」

「……ありがと」


 背中から美羽の震えた声が返ってきた。優一は彼女を後ろに隠し、目の前の妖怪たちに魔法を放っていく。


「翼だけかと思ってたけど、これは俺ら全員・・・・ヤバいかな……」


 そう小さく呟く彼の手も震えていた。

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