第69の扉 水の国編その2
「私を、守ってくださいませんか?」
「?」
風花はいきなりの申し出にコテンと首を傾げている。そんな彼女の目をまっすぐに見つめて、玲奈は事情を話し出した。
「実は……」
水の国の近くにある森には、妖怪たちが住んでいるのだが、水巫女の力の弱い今を好機と考え、水の国を支配しようと動いているらしい。
玲奈が水巫女になるのが3日後。現在騎士団を作り、玲奈を守る準備を進めている最中だそうだ。
「みなさんの魔法は素晴らしいです。ぜひ騎士団に加入していただけませんか?」
国の今後がかかった戦いになる。戦力は少しでも多いほうがいい。玲奈は風花の手をギュっと握り、懇願する。
「あ、えっと……?」
玲奈の問いかけに風花が翼たちの方を振り返る。風花の瞳には困惑の色が浮かんでいた。いきなりの展開に理解が追いついていないのだろう。
「リーダーどうする?」
「困ってる人は見捨てられないけど……」
風花の瞳に射抜かれて、翼たちが話し合いを始める。助けたい気持ちはあるのだが、簡単に受けていい話ではない。一歩間違えれば全員の命が消えるのだ。どうしたものか、と考えながら玲奈の方へ視線を向けると、彼女と目が合った。
「あぅ……」
玲奈の真剣な瞳に射抜かれ、翼から変な声が漏れる。彼女は真剣そのもの。国の運命がかかっているのだ。当たり前のことだろう。
そして、翼はふと彼女の手元に目がいった。
「え……」
今度は翼から驚きの声が漏れた。目をゴシゴシこすりもう一度見るも、その事実は変わらない。
「そういうことか、桜木さん」
翼は風花の瞳を確認する。彼女の瞳には相変わらず困惑の色が。いきなりの展開についていけないから浮かべたのだと思っていたが、そうではないようだ。
玲奈の手が震えている。
玲奈はもうすぐ15歳。翼たちより少し年上だが、まだ子供であることに変わりない。そんな少女が国の命運を分ける戦いに挑まなくてはいけないのだ。恐怖や不安を抱かないはずがない。彼女はその気持ちを押し殺し、一縷の希望を託すため翼たちに声をかけたのだろう。
そして、玲奈はまだ風花の手を握っている。風花は彼女の震えにとっくに気がついているのだろう。
「あの時と一緒だ」
翼の頭の中で玲奈の姿がかつての風花と重なる。心のしずくを探すために、たった一人でやってきた風花。彼女も震えていた。そして、不安と恐怖を感じながらも大切なものを守ろうと必死だった。翼は優しくも残酷な運命を背負っている少女たちをその瞳に映し、拳をぎゅっと強く握る。
「……やろう」
気がつくと翼はそう口にしていた。彼の意思を確認した優一、美羽、一葉もこくんと頷き、同意を示す。
「ありがとうございます」
玲奈は握っていた風花の手をぶんぶんと振り回していた。風花は戸惑いながらも何だか嬉しそうにされるがままになっている。彼女の手はもう震えていなかった。
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「あ、そうだ。騎士団のみなさんを紹介しますね」
玲奈は騎士団の練習場へ翼たちを連れてくる。総勢百人にもの騎士たちが、決戦に備えて特訓をしていた。全員屈強な体つきをしており、筋肉隆々。
「筋肉、筋肉、筋肉!!!」
「ヤバい、どこを見ても筋肉しかないよ!」
美羽と一葉がキャーキャーと騒ぎ出す。風花はそんな二人を首を傾げながら見ていた。風花にはまだ理解できない感情なのだろう。
キャーキャーと賑やかに騒ぐ中、ひと際素晴らしい筋肉の塊を玲奈が連れてきた。
「ご紹介します。こちら騎士団団長の
筋肉の塊こと、安達勝。年齢20代前半で、がっちりとした体格と高身長。更に鼻は高く、黒目が大きな二重の瞳、程よく日焼けした肌。まさにイケメン。
玲奈の紹介に合わせて、ニコリと眩い笑顔を浮かべている。
「筋肉のイケメンやん……」
「あぁ、尊いわぁ……」
女性陣は風花を除いてこの笑顔にいちころのようだ。ぼぅっとしながら勝を拝んでいる。翼がちらりと玲奈を見ると、彼女もぼぅっとしているような気がする。やはり女性陣は屈強な筋肉が好きらしい。
「すごく鍛えているんだねぇ」
風花は相変わらず興味がない様子。翼は少し安心しながらも、何だかもやもやとした感覚が心に広がった。
「妖怪たちはおそらく3日後の儀式の日に仕掛けてくると思われます」
風花以外の女性陣のイケメンショックが収まると、玲奈と勝が細かい説明を開始する。
神殿の周りには、巫女が触れなければ入れない結界が張られている。しかし、儀式の間はその結界が消えるそうだ。普段は水の国全体にも結界が張られているのだが、今回は玲奈の母親の病により、その結界が弱まっている状態。
つまり、3日後が神殿を侵略する最初で最後のチャンスということになる。
「神殿の結界が復活すれば、神殿の中に妖怪が居たとしても追い出すことができます」
「みなさんには、騎士様たちと一緒に神殿の中での戦いに参加していただきたいのです」
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その日の夜、風花たちの泊まる場所は玲奈が用意してくれた。
「イケメンだった」
「筋肉だった」
みんなで食事をしていると、美羽と一葉は筋肉のすごさについて、風花に熱弁していた。風花は首を傾げながらも、熱く語る二人の言葉に耳を傾けている。
「「……」」
翼と優一は自分の体を見てみる。最初に比べればある程度筋肉はついてきたものの、騎士団の人たちに比べれば、到底及ばない。お互いの体を突っつき合ったが、プニプニとした感覚がするのみ。二人の口からふぅ、と息が漏れた。
((自分も筋肉をつけたら、女子からちやほやされるかもしれない))
男性陣が暗く落ち込む中、美羽が真剣な表情でふと呟く。
「……私たちで守りきれるのかな?」
自分たちの命が消えるかもしれない戦い。水の国の運命がのしかかっている戦い。不安を覚えないはずはない。全員の顔に不安の感情が灯った。
「大丈夫だよ。騎士団のみなさんもついてるし、きっと勝てるよ」
そう声をかけてくれる風花は相変わらずの無表情。その瞳にも何の感情も映していない。しかし、何かを守ると決めた時、彼女の瞳に迷いの感情は浮かばない。
夕食を終えそれぞれ自室へと戻っていく。翼は息を吐きながらベッドに倒れ込んだ。
「戦いか……」
翼は頭の中で太陽と風花と一緒にしてきた修行の数々を思い浮かべる。
今までたくさん修行してきた、あんなにたくましい騎士団の皆さんもついてる。自分は一人じゃない。
『大丈夫』と言ってくれた風花の顔を脳裏に浮かべ、翼は眠りについた。
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