第54の扉 中央投下
時は進んで放課後。風花の家に翼、優一、美羽、一葉が魔法の練習のために集まっていた。
「ほぅ、風ちゃんを壁ドンするとはいい度胸じゃない?」
「ぶっ飛ばしてやる」
翼と優一から事情を聞いた美羽と一葉のセコムコンビが、指をポキポキと鳴らしている。今にでもひさしを殴りに行きそうな勢いだ。
「やめとけよ。それで桜木がもっと危ない目にあったらどうすんだ」
そんな彼女たちを必死に止める優一。確かに彼の言う通り、ひさしを刺激し過ぎると風花に害が出てしまう可能性がある。彼の言葉にセコムたちの動きが止まった。
「姫様、お一人での行動は避けてくださいね」
「うん、分かったー」
本当に分かったのだろうか。相変わらず危機感のない返事しかしない。
風花は今回ひさしに詰め寄られて驚いたものの、何もないうちに救出されたので、その恐怖を自覚していないのだろう。彼女の様子にはため息が止まらない。
「皆さん、どうかよろしくお願いします」
太陽がぺこりと頭を下げる。
彼は学校に通っていない。風の国の大臣兼風花の執事である太陽は、頻繁に風の国からの呼び出しがかかり帰国している。大臣の仕事が大変らしい。
と、いうことで彼は学校には通えない。
「よろしくお願いします」
風花も太陽に倣い、ぺこりと頭を下げる。彼女は意味を分かって頭を下げているのだろうか。
太陽がついて行けない学校では、彼女を守るのは翼たちの役目。校内にはひさしの他にも黒い感情を持っている人がいるかもしれない。
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「今日は合体技をしてみましょうか」
魔法の修行を開始し、早速太陽から本日の練習メニューを告げられる。
本日の練習は『中央投下』。
「何それ」
「ご覧になった方が早いですね。姫、良いですか?」
「うん、大丈夫」
太陽が風花を促すと、彼女は少し離れた所でぴょんぴょんと飛び跳ねている。対する太陽は両手のひらを組んで、お椀型の形にしている。一体何をするつもりなのか。
翼たちは庭に出て、じっくりと観察する。
「上に飛ばしますよ」
「はーい」
太陽が声をかけると、風花が一気に彼への距離を詰めた。そして……
「嘘やん」
思わず優一から声が漏れた。翼たちもポカンと口を開けて、上を見上げている。そして、その目線の先には風花が。
風花は太陽の手のひらに足を引っかけて、彼が投げ飛ばすと同時に跳躍。びゅんと真上に飛んでいったのだ。その距離およそ50メートル。
「魔法?」
「いえ、何も使っていません」
太陽の言葉に翼たちはますます開いた口が塞がらない。てっきり風花の風魔法を用いて飛んでいったのかと思ったのだが、違うようだ。彼女たちは自らの筋肉でその高さまで飛んでいったらしい。風花の脚力、太陽の腕力と彼女を支えるだけの体幹。これらによりあの高さまでの跳躍が可能なのだろう。ちなみに風花はまだ空中に居る。
「皆さんにはこれを習得していただきます」
「「いや、無理」」
サラッと告げる太陽の言葉に、翼たち全員が声を揃える。こんな人間離れした技を自分たちができるとは思えない。翼たちはまだ中学生。戦うようになってから少しは身体を鍛えたりしたものの、自分たちの二の腕はプニプニしている。人一人を投げ飛ばすなどできるのだろうか。ちなみに風花はまだ空中に居る。
「これを習得できると基礎の身体づくりは完ぺきなのですよ」
太陽はポカンとしている翼たちに説明を開始する。
受け止める太陽側は、彼女を受け止める体幹、投げ飛ばすだけの筋力が必要。そして、飛ぶ風花側は、飛んでいくだけの脚力、不安定な場所で姿勢を保つ体幹が必要となる。
この技を無事に習得することができれば、筋力と体幹は完ぺきだろう。ちなみに風花はまだ空中に居る。
「えぇ……できるかな」
「大丈夫です。できますよ」
不安を訴える翼たちに太陽がにこりと微笑む。彼は翼たちができると信じて疑っていないようだ。その瞳を見れば、頑張ると言わざるを得ない。しかし、翼には一つ気がかりなことが。
「桜木さんはいつ降りてくるのかな?」
そう、風花はまだ空中に居るのだ。太陽が説明を続けている間も空中に漂っている。風魔法でも使って浮いているのだろうか。
「もうそろそろ落ちてくる頃ですね」
翼の質問に上を見上げた太陽が呟く。風花は太陽が吹き飛ばした余波でまだ空中に存在できるようだ。魔法は一切使っていない。それほどの力で太陽が飛ばしたということなのだろう。ますますこの技を習得できるのか不安になる。
「ん? 落ちてくる? それって大丈夫なの」
風花は今50メートル近くの上空に居る。その高さから落下すれば、無傷では済まないだろう。飛ばしたはいいものの、どうやって着地するのか。翼たちが首を傾げて、見上げているとその瞬間はやってきた。
「落ちてきたぞ」
空中に漂っていた風花が突然落下を開始。ひゅうっと風を切って翼たちの元へ近づいてきた。まさに真っ逆さま。このままでは地面に激突して怪我をしてしまう。魔法で何とかするのかとも思ったが、風花は杖を手にしておらず、魔法を発動する気配がない。大丈夫なのだろうか。
翼たちが慌てる中、太陽はニコニコ笑顔で落下中の風花を眺めている。そして……
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
落ちてきた風花を太陽が素手でキャッチ。空中浮遊が楽しかったのか、風花は笑顔を浮かべている。受け止めた太陽もニコニコ笑顔で答えている。
「嘘やん」
優一から本日二度目の『嘘やん』が飛び出した。
彼らはふんわりと笑顔なのだが、風花が降ってきたときの衝撃波が凄まじかった。50メートル程の高さから人が一人落ちてきたのだ。びゅうっと相当の風が彼らを包み込んでいた。
「楽しかったね」
「それは良かったです」
その中心地に居たはずの彼らは、怪我一つ負わずに楽しんでいる。見た目はそんなに筋肉があるとは思えない彼らだが、なぜあんな離れ業ができるのだろうか。異世界人と日本人では身体の作りが違うのかもしれない、と、つい思ってしまうほど。
「では、始めましょうか」
「「……」」
ひとしきり風花との再会を楽しんだ太陽が、また当たり前のように修行を宣言する。
「おはよ」
「おはよ……」
中央投下の練習の翌日、翼たちの顔色が良くない。練習のし過ぎで筋肉痛が襲ったのだ。身体が悲鳴を上げており、自分たちの未熟さを思い知る。これだけのことを軽々とやってのけれる風花と太陽は、やはりすごい。それだけ修行を重ねてきたのだろう。
「腕がもげそう」
「私は足がヤバい」
「……」
「あ、翼が息してない」
昨日練習に参加した翼、優一、美羽、一葉は限界のようだ。そんな彼らに……
「「南無」」
合掌を捧げている彬人と颯。彼らは昨日用事があったため、練習に参加していない。
「良かったよぉ、俺はチビたちの面倒みないといけなかったからさぁ」
「ふ、俺にも果たさなければならぬ
訳)お母さんからおつかいを頼まれていました
犠牲にならなくて良かったな、とのほほんとして思っていたのだが、そんな彼らの元へ無邪気な足音が。
「二人とも、今日は用事ある?」
ビクリと振り向くとそこには風花が。曇りなき眼で彬人と颯を見つめている。
ちなみに今日、二人には放課後の用事はない。しかし、あると言いたい。明日には翼たちのようになっている未来が見えるのだ。
「ん?」
この曇りなき眼を前に、偽りを述べることはできるだろうか。答えは否である。
「ないよぉ」「ないな」
「太陽が連れてきてって言ってた」
「「……」」
こうして二人は犠牲となることが決定した。二人の沈黙を肯定と受け止めた風花は、次なる犠牲者の元へと動き出す。
「結愛ちゃん、うららちゃん。太陽がね……」
誰しもが通る道。例外なく全員犠牲になるのだ。
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