第53の扉 まっすぐな言葉
「何があった?」
「あのね……」
ひさしに連れ込まれていた風花を救出し、彼女から事情を聞く。
「♪~」
最近また一つ心のしずくを手に入れたので、彼女はご機嫌。現在掃除の時間中。風花はさっきまで教室の清掃を行っていたのだが、ゴミ袋がパンパンになり捨てに来ていた。
「風花ちゃん一人で大丈夫?」
「うん、できる」
出発前、愛梨が心配そうに話しかけた。彼女が心配するのは、ゴミ捨て場の場所である。
彼女たちの通う東中学校は中高一貫校。敷地面積が大きく、複雑な道になっている場所も多い。そして、彼女の今回の目的地であるゴミ捨て場は、校舎裏にある。風花が今いる教室から向かうためには、一度体育館の方へ回り、自転車置き場を抜けて、駐車場を突っ切らないとたどり着けない。
「きちんとできた」
転校してきて一カ月程度の彼女には難易度が高いようにも思われたが、杞憂だったようだ。迷子にならずに無事やり遂げている。
風花にとって初めて頼まれた仕事。達成感に包まれ、彼女の心は自然と満たされる。教室に戻ろうと、再びルンルンで歩いていたのだが……
「のぁっ!?」
いきなり腕を引っ張られ、退路を塞ぐように壁へと押し付けられた。状況が理解できず、ぱちくりと目を瞬かせていたのだが
「伊東くん?」
風花を押し付けたのは、隣のクラスの伊東ひさし。風花は一度彼が翼と話している所を目撃しており、覚えていたようだ。しかし、彼の行動の意味が分からずキョトンと首を傾げるのみ。
「お前だよな、桜木風花って」
「そうだよ」
「俺にも魔法を寄こせ」
「?」
風花はますます訳が分からなくなる。彼はなぜ魔法を欲しがっているのだろうか。首を傾げていると、ひさしが理由を教えてくれた。
「弱虫にできるなら、俺にもできるよな」
ひさしは翼が魔法使いになったことが気に入らないようだ。今まで格下と思っていた相手が、自分の想像もつかない力を手に入れている。ひさしにしてみれば自尊心を傷つけられて、腹が立つのだろう。そして、風花に力を寄こせ、と詰め寄った。
「ごめんなさい。伊東くんに渡すことはできない」
風花は魔法の仕組みを説明する。そもそも、翼たちが魔法を使えるのは、風花が貸したからではない。彼らの心に精霊が住んでいるからだ。
そして、風花の魔力は心のしずくとなって散らばっているので、彼に貸している余裕はない。
「は? その心のしずくっていう石があれば、魔法を使えるんじゃないのか?」
「しずくを渡しても、伊東くんの中に精霊が居なければ無理だよ」
「っち」
事情を理解したひさしは盛大に舌打ちをした。彼の気持ちが分からない訳ではないが、無理なものは無理である。
話が終わったようなので、風花が壁と彼の間をすり抜けて教室へ戻ろうとした時……
バシン!
「まだ話は終わってない」
風花の行く手をひさしが阻んだ。彼女を挟むように壁に両手をつき、完全に壁ドン状態。彼はかなり気が立っているようだ。強引に風花を脅し始める。
「石貸せ。俺も魔法使いになる」
「無理だよ」
「精霊が居ればいいんだろう? 弱虫に居て俺にいないはずがない」
「えぇ……」
「桜木さん?」
そうして二人が言い合っているうちに、翼と優一が来てくれたのだ。彼らの登場で無事に風花は解放。
「間に合って良かった」
優一の口から自然と息が漏れる。ひさしはたまに手が出ることがあるのだ。あと少し遅ければ暴力を振るわれていたかもしれない。間一髪である。
「……」
優一が一人安心する中、翼はいまだ先ほどの場所に立って、拳を握りしめたまま。
僕のせいだ。桜木さんが狙われたのは、僕が……
「桜木さん、ごめん。僕のせいだ」
翼が真っ青になって風花に頭を下げる。風花は今回自分のせいで狙われた。自分が魔法使いにならなければ、彼女はターゲットにならなかっただろう。
僕のせい、僕のせい、僕のせい……
全部僕がダメなんだ、僕が、僕が
ひさしが翼にかけた言葉の魔法はかなり強い。
翼とひさしは一年生の時に同じクラス。彼はずっと翼のことを『弱虫』『役立たず』『出来損ない』と呼んでいた。その冷たい言葉たちが翼の心に黒く溜まっていく。
ひさしは自尊心の塊。そんな彼は翼が魔法使いになったことを許せないのだろう。自分より上に見える今の状況が気に入らない。
「相原くん?」
翼が黒い感情に飲み込まれる中、風花はキョトンと首を傾げている。
「今の話の、どこが相原くんのせいなの?」
「え……」
風花の瞳には困惑の色が浮かんでいる。彼女は本気で翼の言っている意味が分からないのだろう。
「相原くんは何も悪いことしてないのに、なんでそんな顔しているの?」
今回翼は何も悪くない。翼がひさしをけしかけた訳でもないし、挑発した訳でもない。勝手にひさしが対抗心を燃やして、喧嘩を売ってきただけである。
「っ……」
翼は風花のその様子に目頭が熱くなり、胸が苦しくなった。
どうして君はそんなにも真っ直ぐに、言葉を伝えてくれるんだ。
君はいつもそう。僕が黒い感情に取り込まれそうになる度に、必ずその手を差し伸べてくれる。
どうして、どうして、いつも……
「ぁ……」
翼は耐え切れなくなって、胸を押さえてうずくまる。彼女の言葉が突き刺さり、暖かく広がってくれる。
「え、どうしたの、相原くん胸が痛いの?」
「桜木、大丈夫だから。ちょっと、そっとしてやろうか」
うずくまってしまった翼に風花が慌てるも、事情を理解した優一が止めてくれる。風花は当たり前に思ったことを当たり前のように伝えただけなので、翼の変化が理解できない。彼女のその真っすぐさが翼を救うことに気がつかないのだろう。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう、桜木さん」
しばらくして復活した翼を見て、風花が安心したように息を吐く。
「気をつけた方がいいかもな。俺らはともかく、女子は危ない」
安心したのもつかの間、優一の忠告でピッと空気が引き締まる。
ひさしはカッとなると手が出てくる可能性がある。しかも体格が良く、力が強い。いくら魔法使いと言えど、男子と女子。先ほどの風花のように、連れ込まれれば勝ち目はないだろう。
「桜木さん、しばらくの間は一人で人気のない所を歩いたらダメだよ?」
「うん、分かったー」
本当に分かっただろうか。危機感のない返事しか返ってこない。一番狙われる可能性の高いのは彼女なので、もう少し危機感を持って欲しいのだが
「本当に分かったか?」
「うん、分かったー」
不安である。
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