第55の扉  ロックオン

「ふ、右手が疼くぜ」

 訳)右手が痛いです


 風花、翼、彬人、うらら、一葉の5人がしずく探しの作戦会議中。

 無事全員が太陽の餌食になり、数週間が経過。いまだ一人も技を成功していない。やはり人一人を投げ飛ばすという技は、習得まで時間がかかる。筋肉痛に苦しみながらも、練習を継続していた。


「あ、そう言えば風花さん」

「ん?」


 ふとうららが思い出したように声をあげた。そして、鞄から


「結愛さんと鈴森さんと私からですわ」


 取り出したものは、どんぐり、飴型のクッション、音符のクリスタル。風花はそれらを目を輝かせながら受け取った。


「風花さんの家に置いてくださいますか」


 風花の家のリビングには、翼たち精霊付きが私物を置いているスペースがある。寂しい空気を緩和しようと彼らが贈り物をくれたのだ。そして、まだ置けていなかった三人から、今風花へ手渡された。


「ありがとう」


 風花は三人からの贈り物を目を細めながら、嬉しそうに抱きしめる。彼女のリビングは更に温かく、優しくなることだろう。


「良かったね、桜木さん」

「うん、嬉しい」


 翼の呼び掛けに風花は柔らかく微笑んでくれる。表情が柔らかくなっていることはもちろんだが、最近風花は、自分の気持ちを口にしてくれるようになった。「嬉しい」「楽しい」などなど。これも心のしずくを取り戻した成果だろう。

 彼女のこういう変化を見ると、翼は無意識にその口元が緩む。風花はこれからも様々な表情を見せてくれるだろうか。


「よし、頑張ってしずくを探そうね!」


 少しでも早く彼女の心を取り戻したい。もっといろいろな表情を見せてほしい。翼はやる気に満ち溢れていた。


「青春だねぇ~」


 ニマニマしながら呟いた一葉の言葉は、風花はもちろん翼にも聞こえなかったようだ。風花の表情の変化と共に、彼らの関係も変化するのだろうか。それはニコニコと花を飛ばし会話を続ける二人にも、分からない。





「学校の近くはだいぶ探しましたよね」

「ふ、俺に恐れをなしたようだな」

 訳)この近くにはもうないかもしれないですね


 心のしずくの在りかは風花がある程度近づかないと分からない。心のしずくには感情、記憶、魔力の3つが入っている。この魔力の部分を風花が感知して捜索ができるのだ。

 この世界にやってきて順調に取り戻しているものの、まだ半分も集められていない。心のしずくは風花そのもの。彼女の生きてきた証だ。今まで生きてきた14年分の欠片はいくつあるのだろう。


「何?」

「ふ、風の妖精のいたずらか」

「いたずらで終わらせるには大きすぎるでしょ」


 作戦会議をしていると、突然校庭に大きな黒い竜巻が発生した。5階建ての建物を優に超えるくらいの高さがあり、かなりの回転スピードで回っている。校庭に居た生徒たちから悲鳴が上がっていた。一体何が起きているのだろう。


「あ、待って、桜木さん」


 混乱して翼たちが竜巻を見ている間に、風花は教室を飛び出して校庭へと降りていく。翼が呼び止める声も、彼女には届いていないようだ。一直線に校庭を目指していた。

 風花の行動に一瞬顔を歪ませるものの、翼たちも急いで校庭へと飛び出した。そして、そこには……


「大野さん!?」

「ごきげんよう、みなさん」


 全身黒色の服に身を包む大野彩が、得意げに翼たちを出迎えた。彼女の後ろではいまだ大きな竜巻が巻き起こっており、校庭の遊具がなぎ倒されている。早く止めなくては校舎まで破壊され、怪我人がでてしまうかもしれない。


「やぁ、風花」

「京也くん……」


 焦る風花たちの前に、京也と、彼と同じく真っ黒のローブを纏った少女が現れた。彼の登場に風花の顔が歪む。誕生日パーティーでの最後の言葉通り『次会う時は敵同士』。彼の言葉が現実となった。


「俺が少し手を貸したんだ」


 風花が悲し気に瞳を揺らす中、京也は冷たい威圧感を纏い、話を進める。

 大野はこの前の一件を根に持っているらしい。その復讐のために、京也が自分の魔法を分けた。大野の後ろの竜巻は、彼と同じく禍々しい気配を放っている。


「藤咲さん、神崎さん。私と勝負しなさい」


 大野は相変わらず砂嵐を巻き起こして回り続けている。校庭の木や遊具が倒れているのもお構いなし。今の彼女の目には、一葉とうららしか映っていないのだろう。

 彼女の様子を見て、二人の空気が変わった。


「売られた喧嘩は」「受けて立ちますわ」


 ピリピリとした空気を纏って大野の前に立ちふさがった。二人の髪が竜巻の風でふわりと舞い上がり、鋭く瞳を光らせて大野を睨みつける。今すぐにでも戦闘が開始されそうな空気が辺りを包み込んだ。しかし……


「風花?」「風花さん?」

「……」


 二人の服の裾を風花が引っ張った。彼女は不安げに瞳を揺らして、ギュっと唇を噛みしめている。一葉たちが傷ついてしまうことが怖いのだろう。


「そんな顔しないで、大丈夫だから」

「相原さんたちと待っていてくださいますか?」


 風花の表情を見た二人が、安心させるように微笑んで目を合わせてくれる。

 今回の戦いは、憎しみを持たれている一葉とうららが戦うしかない。正面から受けてねじ伏せなければ、彼女は収まらないだろう。


「うぅ……」


 しかし、風花の不安は全く消えない。大野は京也から力を借りているのだ。今の彼女はかなり危ない。怪我をしてしまうのではないか。死んでしまうのではないか。風花の心が恐怖で満たされる。


「桜木さん、僕たちと一緒に待ってようか」

「ふ、信じるものは救われるのだ」

 訳)二人のことを信じましょう


 一葉とうららの服を掴んで離さない風花の手を、翼と彬人がほぐす。しばらく頑なに離そうとしなかったのだが、全員の説得もあり何とか離してくれた。そして、服の代わりに翼と彬人が彼女の手を握ってくれる。二人に連れられて、風花は少し離れた所で待機することとなった。


「これは無傷で生還しないと、風花が泣くね」

「そのようですわね」


 彼女の背中を見送りながら、一葉とうららが呟いている。風花のその気持ちはとても嬉しいのだが、複雑な感情が胸に広がった。

 風花は優し過ぎるのだ。仲間が傷つく度にその痛みを自分の物として受け止めてしまう。そんなことをし続ければ、身体がいくつあっても足りないだろう。


「衣氷」「光子」


 一葉とうららは自分の精霊の名前を呼び、魔法衣装を身に纏う。一葉を冷気が、うららを光が包み込み、幻想的な空間が出来上がった。

 風花のためにも、自分たちのためにも、この戦いに勝たなくてはいけない。


「ふふっ、ボロボロにして差し上げますわ」


 大野の不気味な笑い声が響く中、二人は歩みを進める。









「一葉ちゃん、うららちゃん」


 三人の戦いを眺める風花は、不安げに瞳を揺らしている。彼女の手は翼と彬人が握っているのだが、その手が無ければすぐに走っていってしまうだろう。


「桜木さん、きっと大丈夫だよ」

「でも……」


 翼がなだめるも彼女の不安は消えない。不安の色を濃くした瞳で彼女たちの戦いを見つめていた。

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