第58の扉  努力の結晶

 魔神の攻撃を近くで防いだ4人は、相当な距離を飛んで行ってしまったようだ。それほどまでに魔神の攻撃力が高い。


「桜木さん……」


 最悪の想像をしてしまった翼は、4人の元へ急ぐ。辺りは砂煙に包まれており、状況は分からない。










「バーンって飛んだよ!!!」


 砂煙に近づくにつれて、翼の耳に元気な結愛の声が聞こえる。どうやら宙を舞ったことが、楽しかったようだ。彼女の頭の上のアホ毛が楽しそうに揺れている。


「あぁ、分かった、分かった」


 優一は結愛の様子に頭を抱えていた。4人は数メートル宙を舞ったわけだが、ジェットコースターさながらのスリルを体験。彼女はそれがお気に召したようだ。結愛は興奮気味に優一にその楽しさを熱弁している。

 そんな二人の隣では


「本城くん大丈夫?」

「ふ、名誉ある負傷だ」

 訳)少し痛いです


 彬人は腕を擦りむいたようで、風花に回復魔法をかけてもらっていた。本人はなぜかご満悦な様子である。


「良かった」


 最悪の事態を想像してしまったが、吹き飛ばされただけで、4人とも大した怪我はしていない。元気に立ち上がる彼らを見て、翼から声が漏れた。


「相原くん、大丈夫だよ。ありがとう」


 彼は安心と恐怖でひどい顔をしていたのだろう。風花は翼を安心させるように、優しく声をかけてくれた。


「桜木さん……」


 翼は目頭が熱くなるのを感じたが、ぐっとこらえて前を向いた。


「どうしたらいいんだ」


 戦闘はまだ続いているのだ。しかも、魔神が倒れる気配は全く感じられない。その糸口さえつかめない。


 9人の攻撃が次々と命中するが、一向にダメージを受けているように見えない。そして、重ねていたシールドを一撃で破壊する力。早く手を打たなければ、学校がめちゃくちゃになってしまう。


「ふ、我がExcaliburエクスカリバーの前にひれ伏すがいい」

「ちょっと、バカ。真面目にやりなよ」

「バカはお前だ一葉、俺はこのExcaliburエクスカリバーで奴を……」

「来るよ!」


 いつものようにカッコいいポーズを決めていた彬人に、一葉が注意していたが、再び魔神が魔力攻撃のモーションに入った。


「うぁぁぁぁぁ!」


 再びレーザービームが如く、高エネルギー攻撃が放たれた。びゅんと一直線に飛んでいく。


 パリン、パリン、パリン、ピキッ


 間一髪、再びシールド班が校舎を守るために展開。3枚重ねを貫くも、最後の1枚が防いだ。風花たちが吹き飛ばされ、土煙に包まれる。


「ヤバいって、これ」

「強すぎるでしょ……」


 全員に焦りの色が濃く浮かんだ。このままでは魔神を倒す前に、自分たちの魔力が底をつくだろう。全員汗をかき、肩で呼吸をしていた。


 どうしたらいい? 考えるんだ、僕たちが倒れると学校のみんなが……


「どうしよう」

「あ」


 翼がくるくると考え込んでいると、風花の声が響いた。彼女は先ほどのシールド展開に参加していたため、また遠くに飛ばされたのだが、怪我でもしたのだろうか。翼が心配して目をむけると、全力疾走してくる姿が目に入る。


「ひっ!?」

「相原くん、お願いがあるの」

「え、あ、はい」


 翼は彼女の猛スピードに思わず悲鳴が漏れた。そんな翼には構わずに、キラキラと瞳を輝かせ作戦を告げる。





 _____________





「合図した5秒後に飛び出すから、魔神が気づかないように援護して」

「了解!」「分かった」


 風花がイヤフォンマイクを通して、みんなに指示を出す。

 彼女は今、翼と魔神の直線上に少し離れて立っている。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、準備運動中だ。これから彼女たちが何をするかと言うと……


「飛びます!」

「えぇ……」


 先ほどキラキラと瞳を輝かしながら翼にお願いしたのは、現在練習中の中央投下。

 魔神の身長が大きすぎて、翼たちの攻撃が頭まで届いていないことに気が付いたのだ。起死回生の一手のため、風花が魔神の頭に攻撃を叩き込む。


「でも……」


 翼は風花の作戦に難色を示す。今まで何回も練習をしてきたが、一度も成功したことがないのだ。優一、彬人、颯の男性陣が何とか形になる中、翼だけは一度も成功したことがない。怪我をさせてしまったらどうしよう。失敗したらどうしよう。様々な感情が邪魔して、思いっきり飛ばすことができないのだ。


「相原くんじゃなきゃ、ダメなの」


 風花が相変わらず目をキラキラとさせながら、翼を見つめる。

 今回の目的地は魔神の頭の上。その高さ、地上50メートル程。風花が風魔法を足に這わせ、翼が炎魔法を手に纏わせて飛ばすことで、ぎりぎり到達できる高さだろう。


「う……」


 翼の口から苦しそうな声が漏れる。風花が自信に満ち溢れた目で見ているのだ。彼女は成功を疑っていない。彼女の瞳に不安は全く浮かんでいない。そんな瞳で見つめられては頑張らざるを得ないだろう。


「大丈夫、できる、できる、できる」


 翼が炎を手に纏わせて、風花を吹き飛ばす準備を進める。迷いの感情をすべて消さなければ、この技は成功しない。風花ができると信じてくれたのだ。自分も自分を信じるしかない。


「よし」


 息を吐き出す翼の瞳に、もう迷いの色は浮かんでいなかった。しっかりと風花をその瞳に映し、彼女と呼吸を、動きを、感覚を、合わせる。


 できる、できる、できる。僕ならできる、僕たちならできる。


 極限まで集中力を高め、心を落ち着ける。そして……


「うわぁ、すごいやぁ。桜木さん飛んでるぅ」

「ちょっと、のんきに見とれてないで攻撃しないと!」


 攻撃を止めてしまった颯を美羽が叱る。びゅんっと物凄い音を響かせ、炎の線をつけながら、風花が魔神の頭へと飛んでいった。


windウインド hammerハンマー!」

「ぐあぁぁぁぁ」


 無事に魔神の頭までたどり着いた風花は、巨大なハンマーを振り下ろす。魔神に見事命中し、苦しそうな声を上げると、出てきた穴に落ちてしまった。そして、穴は沈黙。無事に魔神を倒すことができた。


「でき、た……」


 翼はぺたんと座り込む。


 初めて、成功した。あんなに練習してできなかったのに、綺麗に飛んでくれた。


「できたね、相原くん」


 翼がしゃがみ込んで動けない中、彼の前にふわりと風花が降りてくる。彼女の真っ白の髪が美しく風に舞い、優しい風が彼らを包み込んだ。彼女の姿は、まるで羽の生えた天使が如く。


「ぁ……」


 翼は風花の幻想的な光景に息が止まった。彼だけ時が止まった。風花の髪が、服が太陽の光に反射してキラキラと輝いている。手を触れれば消えてしまいそうな儚さ。しかし、その光景を前に手を伸ばさずにはいられない。翼は無意識に彼女へと手を伸ばしていく。


「相原くん?」


 翼の手がポンと風花の頭に乗せられた。風花は彼の行動が理解できず、固まっていたのだが、頭の上には優しくて暖かい翼の手。風花の心の中に暖かな感覚が広がっていく。この気持ちは何という気持ちだろう。

 風花が考え込んでいると、翼の後ろから優一の声が。


「翼」

「わっ!?」


 翼がビクリと肩を揺らして振り向くと、彼はニマニマと楽しそうな笑みを浮かべている。翼はその笑みの理由が分からず、ポカンとしていたのだが。


「手」

「手?」


 優一の言葉で自分の手の先を見ると……


「?」


 キョトンと首を傾げている風花と、その上に自分の手が。


「んぇ!? あ、ごご、ごめん。桜木さん」

「?」


 翼は慌てて風花の頭から手を退かし、謝っている。優一に言われるまで無意識に彼女に触れていたようだ。一方の風花は相変わらず状況を良く理解できていないらしい。


「またか……」


 どうやら彼らの関係が進展するのはまだ先のようだ。優一はため息が止まらない。









groundグランド createクリエイト!」


 そんなやり取りの裏では、結愛が魔神の出てきた穴を塞いでいた。たくさんの土が穴の中に注がれていく。


「およ?」


 結愛は誰の仕業で魔神が出て来たのだろう、と首を傾げた。京也の仕業だとすると、戦いの中盤にはどや顔で出てきて、今頃いつもの捨て台詞を残し去っている頃だろう。


「……」


 結愛が辺りを見渡すも、京也の姿はない。ますます首を傾けていると、教室から西野の声がかかり、みんな慌てて戻っていった。

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