第57の扉  天使たちの降臨

「おはよう、相原くん」

「おは、ん、え!? 桜木さんどうしたの?」


 翼は登校してきた風花の姿を見て、目を見開く。彼女は両手にたくさんの絆創膏を貼っていたのだ。


「実は……」


 風花は恥ずかしそうに事情を説明してくれる。

 以前京也の誕生日パーティーで、惜しみなく料理の腕前を披露してくれた風花。しかし、無自覚料理音痴が発覚。現在、料理本を買い練習中なのだ。


「それで手に怪我が……」


 手の傷はその努力の証らしい。相当練習をしているようだ。これは彼女の料理上達の日は近いかもしれない。


「また桜木さんの料理食べてみたいな」

「うん! 上手になったら食べに来てね」


 風花はニコリと笑顔を浮かべてくれる。以前に比べて笑顔を見せてくれる機会の増えた風花。それだけ心のしずくを取り戻せた証拠だろう。

 翼はニコニコと微笑む彼女を見ると、無意識に自分の口元が緩んだ。そして、ふんわりとお花を飛ばしだす。双方それには気がつかずに、楽しそうに話に花を咲かせていた。


「ふ、天使たちが舞い降りているようだ」

 訳)今日も平和ですね


「確かにあれは天使かもね」


 そんな二人の会話をほんわかしながら一葉と彬人が眺めていた。


「相原くんは結構恥ずかしい言葉を言ったと思うんだけど、気がついてるのかな」


 翼はさっき『風花の手料理を食べたい』と言った。一種の告白やお互いの関係の進展を促す言葉だろう。しかし、翼も風花もその意味に気がつく気配はない。


「まぁ、そんな風にあの二人で考えるのはダメかぁ」


 一葉は自分の考えを反省してながら、相変わらず楽しそうに話す翼と風花を眺めていた。心を失くしている風花はもちろん、翼も恋愛感情について鈍い。彼らが自分自身の感情に気がつく日は来るのだろうか。


「なぁ、一葉」


 突然隣から肩を叩かれ、彬人の方へ顔を向けると


「ふ、俺に手料理を食べさせてくれないか?」













「はい、授業を始めますね」


 西野が教室にやってきて、通常通り授業が始まる、はずだった。


「本城くん、大丈夫ですか?」

「ふ、戦士の負傷だ」


 なぜか得意げに決めポーズを決める彬人は、目の周りに青い痣を作っていた。何とも痛々しい。


「戦いも気をつけてくださいね」


 西野は心のしずく絡みの負傷と勘違いしたようだが、実際はそうではない。一葉をからかった代償として顔面に拳をもらっていたのだ。


「ふははっ」


 本人はなぜか満足気である。一方の一葉はと言うと、何だか顔が赤くなっているような気がしなくもない。かっこよくポーズを決めている彬人はもちろんのこと、クラスメイトの誰もその事実には気がついていないだろう。


「はい、では授業を始めますね」


 気を取り直して今度こそ西野が授業を始める、はずだった。


 ドーン! 


 重たい音と共に、大きな穴が校庭にぽっかりと開く。その大きさは、大型トラックを3台横に並べても余りそうな位、大きな穴だった。


「なんだ?」「穴が開いてるぞ!」


 いきなりの展開に何人かの学生が窓から顔をだし、その様子を伺う。巨大な穴は少し沈黙していたが、徐々にうめき声が近づいてきた。


「うぁぁぁぁ」


 そして大きな魔神がにんまりとした笑顔を張り付けて出現。その魔神は身長50メートルを超えているだろう。紫色の肌、大きな牙、ギョロッと不気味に光る眼。何とも不気味な姿で興味深そうに校舎の方を眺めている。


「巨人だ!」「ヤバいぞ」「わー」


 生徒たちから悲鳴が上がり、混乱が広がった。あんな巨大な魔神に暴れられたらひとたまりもない。どれだけの被害が出るのか分からない。


「行く」


 風花が宣言し、教室を飛び出して行く。魔神の魔の手が迫ってきているのだ。自分たちはパニックになっている場合ではない。学校のみんなを守らなくてはいけないのだ。翼は彼女の声にグッと拳を握りしめる。


「ふ、俺の実力を見せてやる」

「バカ、さっさと行くよ」


 ふざけている彬人の頭をポカリと叩く一葉。彼女の顔の赤みはもう引いていた。やはり先ほどの赤みは気のせいだったのだろうか。その答えは誰も分からない。


「火練」「水城」「安樹」「雷来」「熱果」「衣氷」「地優」「光子」


 それぞれ自身の精霊を呼び、教室を飛び出していった。





 __________________





 風花たちが校庭に出ていくと、魔神は気がついたようだ。にんまり笑い、ブンッ、と大きな腕を振ってくる。


「っ!」


 ただ腕を振っただけで、吹き飛ばされそうな風が彼らを襲った。翼は足で踏ん張って耐えたが、巨大な魔神の力にごくりとつばを飲む。


「おい、リーダーどうする?」


 優一が翼に話しかける。優一のまっすぐな瞳に翼は恐怖を押しのけて、考えを巡らせた。自分はリーダーなのだ。みんなを引っ張っていかなくてはいけない。

 そしてこの魔神を何としてでも倒さなくてはいけない。自分たちの後ろには、何人もの生徒がいる校舎がある。全校生徒の命が翼たち9人の肩に乗っていた。


「必ず弱点があるはずだよ、みんなで手分けして攻撃しよう!」


 緊張のためか少し震えた翼の声が8人に届く。それでも彼はしっかりとその瞳で魔神の姿を捉えていた。


「よし!」


 彼の様子に笑みを零しながら、それぞれ分かれて攻撃を繰り出していく。

 魔法使いになってから数カ月。彼らは最初に比べ、自身に宿る精霊の力を発揮することができていた。使用できる技の種類、威力。その全てが最初とは比べ物にならないくらい上達している。しかし……


「私たちの攻撃が全く効いているように思えませんわ」

「ふ、弱点ウィークポイントなんてあるのかね」


 焦った彬人のうららの声が響いた。9人の攻撃は魔神の身体に確かに命中している。それにも関わらず、一向に効いている様子が見られないのだ。強大な力の前になす術がない。


「攻撃がくるぞ!」


 魔神が口元に大きな魔力の塊を作り始めた。ひゅう、ひゅうと不気味な音を響かせて、不気味な光のエネルギーが膨らんでいく。


「おい、こいつ校舎壊すつもりだぞ」

「成瀬くん、結愛ちゃん、本城くん、シールド展開して!」


 風花が近くに居た3人に指示を飛ばす。彼らがシールドを展開し、重ねて風花も展開。合計4枚の壁が校舎を守る盾となった。

 それと同時に、レーザービームのような高エネルギー攻撃が発射。ドゴォと地面を揺らすような爆音が鳴り響く。


 パリン、パリン、パリン、ピキッ


 3枚目までのシールドが破壊されたが、4枚目のシールドはヒビが入るのみ。校舎は無傷、何とか最悪の事態は免れたようだ。しかし、その破壊力は凄まじく、風花たち4人は吹き飛ばされてしまった。


「嘘でしょ」


 美羽が翼の隣でぽつりとつぶやく。

 相手にしている魔神は、桁違いの破壊力を持っているのだとを見せつけられてしまった。全く効いている気配のない自分たちの攻撃。

 対する相手は腕を振るだけでも強風を巻き起こし、魔力攻撃を放てば、4人がかりで何とか対抗できるレベル。そんな相手にどうやって勝てばいいのだろう。


「桜木さん……」


 そして翼の脳裏に嫌な光景が浮かぶ。校舎を守るためにシールドを展開していた4人は無事なのか。

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