第46の扉  鬼ごっこ編その4

 なんの音もせず、美羽とうららが姿を消した。ほんの数秒前までそこに居たのに、跡形もなく消えている。


「何が起きたの?」


 翼が驚きの声をあげるも、その声に答えられる者はいない。何が起こったのか全く分からない。


wind wallウィンドウォール!」


 風花は4人の周りに風の壁を作り、守りを固める。

 辺りを見回してみるも、体育館に鬼の姿は確認できない。しかし、確かに二人は消えたのだ。誰一人として状況が理解できない中、風花が口を開く。


「ちょっと待っててね」


 そう言うと風花は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。彼女の周りにふわりと風が舞い、髪が嬉しそうに踊った。風花は風を丁寧に学校中に駆け巡らせていく。


 廊下、窓、扉……

 教室、机、椅子、教科書……








「鬼は今、高校校舎の2階の廊下にいるみたい」

「え!?」


 彼女の言葉に3人は目を見開く。風花は学校中に駈け廻らせた風が当たる感覚で、鬼の位置を割り出したようだ。


 魔法は術者から遠く離れるにつれてその威力は弱くなる。風花は今いる体育館から学校の隅々に至るまでに、風魔法を届けた。

 東中学校は中高一貫校。2つ分の校舎がある。その面積は東京ドームにも相当する。それほどの面積の隅々に魔法を届けられる魔法使いは、数パーセント程度だろう。

 それに加えて風花は風の当たる感覚を感じ取り、鬼の場所を割り出した。離れたところの情報を受け取るのは、とてつもなく繊細な作業のはずだ。


「マジかよ……」


 そんな高度な技を短時間で、しかも正確に風花はやってのけた。本人にその自覚はないようで、けろっとしている。


「残っている鬼は一人。あの鬼が二人を消したとなると……」


 驚きの消えない三人を置いて一人、二人の消えた理由を考え出した。





「瞬間移動か?」


 しばらくして、衝撃から復活した優一が反応する。


「うん、多分そうだと思う」


 彼の反応に風花が同意を示した。おそらく最後の鬼は瞬間移動ができる。美羽とうららを消して、また瞬間移動をして帰っていったと考えるのが妥当だろう。彬人と一葉が何の連絡もなく消えたのにも、これで説明がつく。


「そんなのチートでしょ」


 颯が呟き、頭を抱える。鬼ごっこで瞬間移動ができる鬼など、無敵でしかない。今この瞬間に、背後に居たとしても不思議ではないのだ。翼は思わず自分の後ろを確認してしまう。


shieldシールド内には入って来れないと思う」

「良かった」


 翼の動作を見た風花が答えてくれる。いくら瞬間移動の魔法でも、他人の魔力の塊の中はすり抜けられないようだ。翼がホッと胸を撫で下ろしていると、それを見た風花の表情が少し緩んだ。


「残り時間立てこもるか?」


 優一の発言で、緩んでいた風花の表情が再び引き締まる。残り時間は15分間。全員の残りの魔力を考えると、立て籠れるかぎりぎりのラインだろう。


「困ったね」

「どうするかな」


 翼たちが勝たないと学校の生徒たちは帰ってこない。全校生徒の運命が彼らにかかっているのだ。


「ん?」


 考え込んでいると、優一が視線を感じ声を漏らす。視線の先を追うと、キラキラと瞳を輝かせている風花と目が合った。優一は突然の風花の変化に不思議そうに首を傾げたのだが、彼女はおもむろに距離を詰めてくる。


「は!? え、何、怖い」

「成瀬くん、お願いがあるの」

「お、おぅ……」


 風花はキラキラの瞳のまま、突進していく。優一は風花の身体を優しく受け止めてくれた。風花は何を考えたのだろうか。


「あのね……」


 優一が困惑の表情を浮かべていると、風花は目を輝かせながら作戦を話した。


① 優一が体育館いっぱいにbubbleバブルを放つ。

② 鬼が瞬間移動してきたら、風とbubbleバブルの動きを頼りに風花が拳を叩き込む。

③ 鬼を拘束。

④ 終了


「ほわぁ」


 翼が驚きの声をあげ、優一と颯は開いた口が塞がらない。鬼は瞬間移動をして素早いが、風花はそれを見切って拳を叩き込めると自負している。彼女は目をキラキラと輝かせて、どや顔気味で胸を張っていた。確かにそれが実現できるなら、鬼を倒すことができるだろう。しかし……


「桜木さぁん」


 颯がのんびりとした声をあげ、風花と目線を合わせるようにしゃがむ。風花は何事だろう、と首を傾げたのだが、颯はにっこりと微笑みかけた。その微笑みを見た風花の目から輝きが消える。


「俺がぁ、さっき言った言葉覚えてるぅ?」

「……自分のことも大切に」

「ん、そうだねぇ」


 颯はにこりと微笑んだまま、話を進める。

 今回の作戦では、風花が鬼にタッチしてしまうため、彼女が犠牲になることが明らか。shotショットなど、鬼に触れない放出系の攻撃なら問題ないのだが、それでは鬼の速さには対応できない。確実に倒すためには、拳を叩き込むしかないのだ。

 鬼を倒すことができるので、彼らの勝利になるのだが、今ここでそれを許可すると、風花は今後も自分を犠牲にして戦い続けるだろう。


「だから、だめぇ」

「でも、他に方法が……」

「でもじゃないでしょ?」


 颯はまた風花の頬っぺをみょーんと引っ張る。今回は消えるだけで死ぬわけではないが、今後の戦闘でこんな捨て身の作戦を実行されてはたまったものではない。


「はっへぇ……(だって……)」


 しかし、風花はみんなを助けられればそれでいいと思っているようだ。颯に頬を引っ張られてもその意見を変えようとしない。その様子には流石の颯も青筋が浮かぶ。


「これ以上文句言うと、怖い優一くんに怒ってもらうよぉ?」

「……」


 颯の言葉に目を向けると、苦笑いをする翼の隣に黒いオーラを出している優一の姿が。相当ご立腹のようだ。もしこの場に颯が居なければ、彼から怒りの鉄槌がすでに落ちていることだろう。のほほんな颯だからこそ、頬っぺたみょーんで済んでいるのだ。


「うぅ……」


 三対一では流石に分が悪い。風花の口から苦しそうな声が漏れた。

 風花はもう一度優一に目を向けてみる。強引に実行しようとしても、この作戦には彼の協力が必要不可欠。彼だけでも説得できないだろうか。


「なんだ、桜木?」


 あ、これは無理そうだ、と風花は瞬時に悟る。彼の声はいつもより低くなっており、目つきが悪い。かなり怒っている。説得は難しそうだ。


「んんー」


 風花は不満そうな声をあげた。彼女も彼らの言っていることは分かる。しかし、これしか方法がないのだ。自分一人が消えて、学校のみんなが助かるのならそれでいいと考えている。それに鬼ごっこに勝利すれば、消えた自分も復活するのだから。


「はぁ、これはすぐには治らないねぇ」


 颯は風花の様子に諦めて手を離す。彼女の他者優先の考え方はそうすぐには治らない。時間をかけて彼女が成長していくしかないのだろう。風花本人は颯が言っている意味が理解できないようで、キョトンと不思議そうな顔をしていた。


「ねぇ、どうしたらいいかなぁ」

「まぁ、今回は仕方ないか?」


 颯と優一は諦めムードである。風花の作戦以外に、この状況を打破する作戦がないのも確か。風花が消えるしか方法がないのだろうか。


「桜木さん」


 そんな中、翼が風花へと歩みを進める。








bubbleバブル!」


 優一は次々と体育館にシャボン玉を満たした。キラキラと淡い光を放つ大小様々なシャボン玉が、体育館中を埋め尽くす。それは何とも幻想的な風景だった。今が鬼ごっこの最中であるということを忘れて、風花はつい見惚れてしまう。


「こんな感じでいいか?」

「あ、うん、ありがとう」


 優一の声で現実に帰ってきた風花は、慌てて返事をする。今は見惚れている場合ではない。学校の全校生徒の運命がかかっているのだ。


「桜木さん、さっきの僕の言葉覚えてる?」

「うん、分かってるよ。swordソード


 風花は杖を剣に変えて、ぐっと握る。先ほど翼は風花に告げたのだ。「自分が消えるやり方以外ならいい」と。鬼の身体に直接触れると消えてしまうが、剣で殴るだけなら消えないはず。


「頑張る」


 風花は鼻息荒くやる気に満ち溢れている。そんな彼女の様子を見ると三人からため息が漏れた。本当はこのようなやり方も許したくないのが、本音である。一歩間違えれば風花が消えてしまう作戦。今回は死ぬわけではないが、実戦では『死』を意味するだろう。

 しかし、風花は翼たちと約束してくれた


「絶対に消えない」と。


 今は彼女のその言葉にかけるしかない。翼は自分の無力さを感じ、一人拳を握った。自分が守らなくてはいけないのに、危険な現場へと向かわせてしまう。本当ならその場所に自分が行きたい。しかし、今の翼では瞬間移動してくる鬼を叩き飛ばすなどという芸当はできない。


「ふぅ……」


 風花はシャボン玉の動きと風の流れを感じ、その瞬間を待った。彼女は剣を構え、集中を極限まで高めていく。


 来い、来い、来い。今すぐここに来い。お前をぶっ飛ばしてやる。


 彼女の瞳が、彼女の纏う空気がそう告げている。翼たちはその真剣な眼差しをshieldの中で見ていることしかできなかった。


 そして彼女が待ち望んだその瞬間は、まさに一瞬の出来事だった。

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