第45の扉  鬼ごっこ編その3

「よぉし! やるぞぉ」


 作戦会議が終わり、風花と美羽は颯の後ろに立ち、杖を構える。


wind ballウィンドボール」「heat ballヒートボール


 二人は熱と風の塊を、教室中の至るところに配置。部屋の中に熱風が吹き荒れ、パラパラと教科書たちが音を立てる。


「轟け、sparkスパーク!!!」


 配置が終わると颯は全力で攻撃を放った。風花と美羽の作ったボールに向かって、雷が散らばっていく。鬼たちは避けようとするが、至るところから攻撃が飛んでくるため避けきれず、鬼二人に直撃した。


 ビリビリビリビリ


 教室中に凄まじい電撃音が響き渡り、鬼はパタリと倒れた。彼らの身体からは黒い煙が出ており、ピクリとも動かない。


「やったのかなぁ?」

「すごいよ! 鈴森くん!」

「でしょ! 昨日考えたんだぁ。魔法は想像力なんだよねぇ?」


 颯は美羽に褒められ上機嫌である。

 颯が全力で魔法を放つと、その分コントロールが落ちる。鬼二人に全力の攻撃が当たるか分からなかったのだが、風花の風、美羽の熱の塊の高エネルギーに導かれたのだ。

 三人で話しているとスーと鬼の姿が消えていく。鬼も消すことができるようだ。これで鬼の数は残り二人。対するこちらは結愛一人が脱落し、八人。残り時間は30分。この分なら勝てるかもしれない。


「さてとぉ……」

「?」


 風花が残り時間と残り人数を計算して、意気込んでいると目の前に影が落ちた。顔を上げるとそこには颯の姿が。にっこりと笑顔なのだが、その笑顔が少し怖いのは気のせいだろうか。

 颯はしゃがみこんでいる風花の目線まで座り込む。


「いはぃほ(痛いよ)」


 颯が風花の頬っぺたを両手でつまんで、引っ張った。彼女の頬っぺがみょーんと伸びる。風花が手を離してもらおうと抵抗するのだが、颯はにっこり笑顔で微笑んで手を離してくれない。


「ふふほひふん、いはぃほ(鈴森くん、痛いよ)」

「桜木さん、俺はねぇ、怒っているんだよぉ」


 颯はようやく風花の頬っぺを解放してくれる。風花は痛かったようで両頬をスリスリと擦っていたのだが、颯が怒っている理由が思い当たらず首を傾げるしかできない。そんな様子に颯はため息をこぼすと、風花の頭を撫でてくれる。


「心配だったのは分かるけどぉ、自分のことも大切にしてほしいんだぁ」


 そう言う彼の笑顔はいつも通りの柔らかいものになっていた。

 颯が怒っていた理由。それは風花が自分の身を顧みず、美羽の元へと行ってしまったからだ。危ない場面もあったが、颯が間に合い何とか無事。しかし、彼女が消えていてもおかしくない状況だった。あの時の彼女は周りへの注意を怠って、美羽の元へと急いでいた。


「俺はぁ、桜木さんが傷つくのも嫌なんだぁ」

「鈴森くん……」


 颯は風花に微笑みかけてくれる。その笑顔を見て、風花は胸の中に何か温かい物が広がるのを感じた。この気持ちは何ていう気持ちだろう。風花が胸に手を当てて考えていると、


【いいお知らせがあるわよ、鬼が二人倒されたわ。おめでとう】


 校内放送から紅刃の声が響いた。

 普通の鬼ごっこでは「鬼を倒す」などという発想はできない。それが分かったことは風花たちにとって大きな一歩だ。

 三人で鬼の撃退を喜んでいくと、その希望を突き落とすように残酷な声が空気を遮った。


【悪いお知らせもしなくちゃね。あなたたちのお仲間が2人脱落したわよ】


【残り6人】


「え……」


 イヤホンで確認すると、彬人と一葉からの反応がない。鬼との遭遇報告もなく二人は姿を消している。一体どういうことだろうか。









 中学校舎3階


「風花さんたちがこちらに来ます」


 うららが風花との通信を終えて、翼と優一に声をかける。鬼を倒せることが分かったので、合流して戦力を集めようということになったのだ。


「俺らはとりあえず待機だな」

「このまま鬼に出会わずに終わりたいね」


 翼たちはゲーム開始から、一度も鬼に出くわしていない。そのため、どこかのんびりとした雰囲気が漂っていた。しかし……


「桜木さんたちかな?」

「早すぎないか?」


 トントントンと彼らの近くの階段を上る足音がする。首を傾げていた翼と優一だが、


「足音が一つです。一人しか上ってきていませんわ」


 うららの発言にぴりつく。翼がイヤホンで報告し、優一がチラリと覗くと全身真っ黒の不気味な鬼が階段を上ってきていた。初めて見る鬼の存在に、翼の手が震える。


「先手必勝でいくかな」


 翼が震える中、鬼をしっかりとその瞳に捕らえた優一が何やら呟いている。幸い鬼はまだこちらの存在に気がついていない。奇襲攻撃を仕掛けるのが得策だと考えたようだ。


water holdウォーターホールド!」


 巨大な水の手を出現させて、捕まえようと動く。彼の攻撃はまっすぐに鬼に向かっていった。物凄いスピードで飛んでいき、身体を固定しようとしたのだが……


「は!?」


 あと少しで捕まえられたのだが、鬼は素早い動きで攻撃をかわし、優一と一気に距離を縮めてきた。


「ヤバッ!」

shineシャイン!」


 優一に鬼の手が触れようになった時、うららが眩い光を放ち目をくらませる。その隙に優一は鬼と距離を取ることができた。


「神崎、ありがとう、助かった」

「いえ。それにしても、あの鬼の速さ異常です。このままでは全員タッチされますわよ」


 うららの言う通り、鬼のスピードはかなり速い。さっきは何とかなったが、そう長くはもたないだろう。


「どうしたらいいんだろう……ん?」


 考え込む翼が肩を叩かれ振り向くと、優一がにやりと笑っていた。翼は何だか嫌な予感を感じ、顔を引きつらせる。







「お、鬼さんこちら、た、タッチしてみろよ!」


 翼は鬼の前に飛びだし、挑発する。しかし、翼は恐怖でがくがくと震えている。全く挑発になっていないようにも見えるが、鬼は翼を捕まえようと距離を縮めてきた。


「ひっ!」

「神崎、今だ!」

flashフラッシュ!」


 優一の合図で、うららは先ほどの光とは比べ物にならない大きな光を生み出す。鬼は目を開けていることができない。


water holdウォーターホールド!」


 光に目が眩んだ隙をついて、優一が拘束。今度は捕まえることに成功し、鬼は動くことができない。しばらくすると黒い煙となり消えていった。


【鬼、一人退場】






「あの子達なんなのよ。私の自慢の鬼たちを。まぁ残ってる一人はそう簡単に倒せないと思うけれど」


 紅刃は放送室で、苛立たし気につぶやいていた。しかし、余裕の表情が崩れることはない。







「怖かった」


 翼は恐怖のあまり鬼が消えると、同時にぺたんと座り込む。


「倒せましたわね」

「ナイスチームプレーだったな!」


 優一はねぎらいの声をかけ、翼が立ち上がるのを手伝ってくれた。翼は優一にお礼を言いながらもジッと睨む。


「ごめん、ごめん」


 優一は翼の視線に気がつくと、手を合わせて謝った。技の特性上、翼が囮役になるのは仕方がなかったが、とても怖かった。この気持ちを優一にぶつけるしかないのだ。頬をパンパンに膨らませて抗議している。


「桜木たちとの集合場所を変更しよう。今の騒ぎで、鬼に場所を気がつかれたかもしれない」


 優一は怒る翼をなだめながら、風花たちと連絡を取り、体育館で集合することとなった。


「よし、体育館行くぞ!」

「……あ、うん!」


 翼は体育館へ移動する最中、先ほどの優一の計画力とうららの対応能力に驚いていた。

 鬼のスピードを計算して、自分たちが倒せるように作戦を考えた優一。その作戦にすぐに合わせて魔法を発動することができたうらら。

 優一の成績は学年主席。うららも五本の指に入るほどの優秀者だ。成績面だけでなく、二人は魔法使いとしても優秀なようである。


「また、何もできなかった……」


 それに対して自分はどうだろう。魔法発動は上手くいかないこともある。出せる技のレパートリーも少ない。力も弱い。作戦力も対応力も、柔軟性もない。みんな持っているものが何もない……











「無事で何よりだねぇ」


 体育館で風花、翼、優一、颯、美羽、うららの6人が集合し、無事を喜んでいた。翼も今は自分の無力さを嘆く時間ではない、と気持ちを切り替える。


「残り15分。鬼は一人、俺たちは6人。これは勝てるんじゃないか?」


 鬼を3人消せたことに喜び、明るい雰囲気で話し込んでいる。忍び寄る魔の手には気がつかない。


「え?」


 風花の後ろで一瞬風が吹く。振り返ると、今までそこにいたはずの、美羽とうららの姿が消えていた。


【残り4人】

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