第43の扉 鬼ごっこ編その1
国家会議から一夜が明けて、学校にて。
「あ、あのね……」
教室では翼、優一、彬人、颯、美羽、一葉、結愛、うらら、風花の9人が集まっている。風花から話があると呼ばれたのだ。
「そのぉ、え、っとぉ……」
8人の視線に囲まれて、おどおどとしていた彼女だが、ゆっくりと事情を説明してくれる。
本来魔法を明かしてはいけないこと、今後も敵の襲来が予測されること、国家会議にて学校の生徒にのみ魔法を明かしても良い許可を得たこと、などなど。国家会議で提示された条件以外の内容を全て打ち明けた。
「みんなは、どう思う?」
「京也みたいなのが学校で暴れだしたら大変だしな」
「何も知らない状況だと混乱するし」
風花の問いかけに優一、一葉が賛成を示し、他のみんなも頷いてくれている。そんな中、風花の正面に居た翼は彼女の表情が気になった。
「……」
風花は転校してきた当初より表情が明るくなった。心のしずくをたくさん取り戻すことができた証拠だろう。普段話をするときは笑ったりと感情を出すことも多い。
しかし、今の彼女は無表情。まるで自分の中の感情を押し殺しているように。何か自分たちに隠していることがあるのだろうか。
「桜木さんはどうしたい?」
翼は風花に柔らかく問いかける。無表情でいることが多い風花だが、瞳の中の感情は読みやすい。キラキラ輝いたり、楽しそうに弾んでいたり、様々な色を見せてくれている。しかし、今の風花の瞳には寂しさの色が浮かんでいた。その瞳の理由は何だろう。
「わ、たしは……」
風花は翼の言葉を聞き、今にも泣き出してしまいそうな悲しい表情を向ける。やはり彼女は何かを隠している。その表情がそう告げていた。
「私……」
風花の感情の変化に気がついた8人が優しい視線を向けてくれる。唇をぐっと噛んで、涙を堪えていた風花だが、彼らの優しさに口を開きかける。
「わた……」
ドーン、ドーン
風花が口を開いた瞬間、学校全体に重たい音が響き渡り、地面が大きく揺れた。
「え、何?」
「地震?」
至る所でパニックになる中、教室の掲示物が落下。綺麗に整頓されていた生徒たちの机もぐちゃぐちゃになり、教科書類が地面に散らばった。ロッカーや掃除道具入れが倒れ、混乱が更に加速する。
生徒たちの叫び声、物が崩れる音、様々な音が入り乱れる中、翼たちは姿勢を低くして自身の身を守る。そして……
「んぇ? 止まった……」
翼がポツリと呟く。今までグラグラと揺れていたが、嘘のようにピタリとその動きを止めたのだ。
「みんな、怪我は?」
「大丈夫だ」
「何ともないよぉ」
翼たち9人は少し壁にぶつかったり、転んだりしたものの特に怪我は負っていない。全員の無事が分かると、自然と息が漏れた。しかし、教室の様子はかなりひどい。教科書が散乱し、机、椅子が積み重なっている。教壇やロッカーなど重量のある物も倒れてしまっていた。誰か下敷きになったり、怪我をしているのではないか。翼たちは急いで、怪我人の救助に動き出したのだが……
「誰もいない?」
自分のクラスだけでなく下級生や上級生の教室、職員室まで調べたのだが、誰一人として姿がなかったのだ。先ほどの地震までは校舎内に楽しそうな声が響いていたのに、今は不気味なくらい音が聞こえない。一体何が起こっているのだろうか。
「敵かな……」
「ふ、人を抹消せし魔法か?」
翼と彬人が呟く。今この校舎内に翼たち9人以外の人間がいない。敵が学校中の人たちを消したということだろうか。翼たちが通う東中学校は中高一貫校。生徒だけでも相当の数である。それを消したとなると、相手は膨大な魔力量の持ち主なのだろう。
「僕たちは何ともないよね」
翼が自分の身体をパタパタ触りながら呟く。特に痛みを感じたり、身体の一部が消えているということもなく、元気。しかし、いつ消えてもおかしくない状況だろう。自然と緊張感が彼らを包み込む。
「あれ? 桜木さん、大丈夫?」
「……うん」
翼が今にも泣き出してしまいそうな風花に気がついた。唇をぐっと噛んで、瞳が揺れている。今の状況が怖いのだろうか。こんなに悲しい表情をしている彼女を初めて見た。
「飴ちゃん食べるぅ?」
不安そうな風花に颯がポケットから飴を取り出す。ドット柄の包み紙の可愛らしい飴が、風花の手に乗せられた。颯はいつも制服のポケットにお菓子を入れているのだ。小さな弟妹たちの影響かもしれない。
「鈴森くん、ありがとう」
飴のおかげで風花の表情がほんの少し柔らかくなった。やはり彼女は普通の女の子。風花の背負う肩書は多いが、何も特別なことはない、ごく普通の少女なのだ。
ピンポンパンポン
そんな中、学校の校内放送が響き渡った。
「みなさん、こんにちは。私の名前は
声の主が生徒たちを消したようだ。そして彼女の目的は風花の心のしずく。紅刃との勝負に勝てば、生徒たちを取り返せるが、負ければしずくを渡すことになる。
「人質ってことか」
優一がポツリと呟く。生徒たちを取り戻したいなら、風花たちはこの勝負を受けなくてはいけない。逃げ出すわけにはいかないのだ。
「勝負は簡単よ。今から10分後に鬼4人を放つから、捕まらないように1時間逃げ切りなさい。校内全てが逃走範囲。魔法の使用制限は一切なしよ」
学校全体を使った鬼ごっこ。翼たち9人の肩に、全校生徒の命がかけられた。自然と拳に力が入る。
「単独行動はなしで散らばるぞ」
「鬼に会ったら、イヤホンマイクで場所を報告し合おうよ!」
優一と結愛の声が響く。9人全員で固まっていると鬼に見つかりやすくなってしまうので、2,3人で散らばることとなった。緊迫する状況の中でも、どこか賑やかにチームが決められていく。お互いがお互いの恐怖を打ち消そうとしているのかもしれない。
「桜木さんは、俺と一緒に行こうかぁ。まだ飴ちゃんあるよぉ」
「うん、一緒に行く。ありがとう」
翼は悲しそうな表情をしている風花をその瞳に映す。彼女は颯と行動を共にするようだ。風花の悲しそうな表情はまだ継続しているのだが、戦いが不安なのだろうか。
「練習の成果を出すんだ」
翼の頭の中には太陽との修行の日々と、彼の言葉が駆け巡っていた。逃げ出すしかできなかった自分だが、今では戦うことができる。守りたいものを守るための第一歩を、今、踏み出す。
「翼、行くぞ」
「あ、うん!」
翼、優一、うらら。
颯、風花。
一葉、彬人。
結愛、美羽。
この4グループに分かれて、それぞれが学校内に散らばっていく。
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「10分経ったわよ。頑張ってちょうだいね。鬼に捕まった子は他の子たちと同じように消えるから、気を付けてね。それじゃあ、ゲームスタート!」
再び校内放送から紅刃の声が流れ、ついに鬼ごっこが開幕した。
物音ひとつしない学校内。普段は多くの学生や教師がにぎやかにしているので、静かな学校はかなり不気味に思えた。
そして鬼ごっこ。どこに鬼がいるのか分からないという底知れぬ恐怖が心を蝕む。
「タッチされなければいいんだもんね!」
「うん、触られる前に飛ばしちゃえば大丈夫だと思う」
美羽と結愛は、教室の教壇の中に隠れながら話していた。お互いの中の不安を認識しないよう、わざと明るい声を出す。二人は体が小柄なため二人で教壇の中に隠れても入りきることができた。お互いの体温を感じながら、じっと時が経つのを待つ。
そんな二人の元へ、一人の鬼が近づいていた。
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