第39の扉 言葉の影響力
「そういえば風ちゃんのしずくって、一度心に入れたら出せないの?」
「出せるよ、ほら」
愛梨と分かれ、不思議そうに尋ねる結愛に風花は胸に手を当て、一粒しずくを取り出して見せる。風花が胸に手を当てると、ふわりと風が吹くと共に、光を放つ心のしずくが出てきた。
結愛はわぁ、と感動の声をあげる。が、疑問を感じ首を傾げた。
「しずくを貸し出してくれれば、京也くんにも勝てるのでは?」
心のしずくには風花の記憶と感情、ほんの少しの魔力が含まれている。そのため風花の魔力はしずくを取り戻す度に、上昇してきているのだ。京也もその魔力を欲しがって、しずくを狙っている、と以前風花が推測していた。
結愛たちが初回の戦闘時に爆発的な力を発揮し京也に勝つことができたのは、心に宿る精霊と風花のしずくの波長が合い、本来の力を呼び出すことができたから。京也はその力の前に逃げることしかできなかった。しかし今の結愛たちは、最初に比べれば強い力を発生させることができているものの、精霊たちの真の力を使いこなせている訳ではない。
「んー」
彼女の言う通り、風花のしずくが手元にあれば、京也はなす術がないだろう。先ほども逃げ出していたのだ。しかし、結愛の提案に、風花は口ごもっている。
「多分勝てるけど……」
「けど?」
「しずくが壊れてしまうと思うんだ。本来しずくは、私の記憶と感情を保存しておくためのもの。魔力は少し入っているけど、戦うためにあるものじゃないから」
「そうだよね、ごめん。バカなこと聞いた」
事情を聞き結愛は、ぺこりとすぐに頭を下げる。その頭は本当に申し訳なさそうに下がっていた。彼女が心のしずくの大切さを理解しているからこその行動だろう。風花は彼女の行動に胸に暖かい感情が広がった。この感情の名前は何だろう。
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「あれ?」
風花が結愛と別れ帰宅すると、リビングには翼がちょこんと座って待っていた。何かあったか、と不審に思い首を傾げるが、どうやら太陽と約束があり待っていたらしい。彼は今日から太陽との修行を開始する。
「お帰りなさい。遅かったけど何かあったの?」
「結愛ちゃんと愛梨ちゃんと帰っていたんだけどね……京也くんが、かくかくしかじかで」
「大丈夫だったの!?」
「結愛ちゃんが助けてくれたから大丈夫だったよ」
京也の名前を聞き、顔を真っ青にして慌てる翼。風花に怪我がないか、相当焦ってくれたようだ。翼の必死な様子に風花は思わず口元が緩むのを感じる。翼はしばらく慌てていたが、無事を確認すると落ち着いてくれた。そして、ふと思い出したように首を傾げる。
「そういえば、川本さんの心には精霊が宿ってなかったんだね」
「そうだね、変身しなかった。全ての人に精霊が宿る訳じゃないからね」
精霊は人の心の傷に寄り添い宿る、珍しい存在だ。今までしずく発見時にそばに居た人が精霊付きであったため忘れていたが、全員に宿っている訳ではない。
「変身してないなら敵の心配はなさそうだね」
「あれ、でも……」
風花は翼の質問を受けて、何やら違和感を覚えた。胸の中にモヤっとした物が広がっている。
「んー?」
胸に手を当て違和感の正体を考えてみる。結愛と一緒に下校していたら、愛梨と出会った。そして、しずくの気配を感じて探していたら、京也が現れる……
「姫様、お帰りなさいませ」
「あ、太陽。ただいま」
風花が違和感の正体を考えていると、準備が出来た太陽がやってくる。これから修行なので、いつもの燕尾服ではなく、白色の戦闘服だ。
「翼さん、お待たせしました。行きましょうか」
「うん、よろしくお願いします!」
「行ってらっしゃい」
太陽に連れられて翼が庭へと消える。風花は違和感のことはコロっと忘れて、二人の背中を見送った。
魔法はイメージ、想像力が大切。強化するためには、ひたすら練習を繰り返すしかなかった。
「翼さんは、人一倍努力されています。きっとその努力が報われますよ」
翼は誰よりも練習の時間を長く取り、頑張ってくれている。
彼は最初の頃に比べて魔法の威力も増してきたし、出せる技の種類も増えてきた。諦めずに何回も練習を繰り返してきた結果だろう。
「家でも少しやってるんだ」
翼は自室に籠り、イメージトレーニングをしているらしい。ブツブツと呪文のようなものを唱え続ける息子を、母親が心配しているようだ。幸いイメージトレーニングをしているだけで、実際に技を発動させてはいないので、母親や他の家族に魔法が見つかることや、家が火事になってはいない。
「翼さん……」
太陽は翼の努力量に目を細める。翼はしずく発見時に偶然近くにいた。そして、偶然精霊を宿していた。冷たいことを言ってしまえば、それだけの関係である。にも関わらず、彼は強くなろうと努力してくれる。自分のためでなく、風花のために。
彼は強くなる、今よりもっと。この努力が実らないはずがない。太陽は心優しく、暖かな少年をその瞳に映す。
「始めましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
太陽の言葉に翼は素直に返事をしてくれる。彼は今後どんな成長を見せてくれるだろうか。それが楽しみで仕方ない。
「お疲れさまでした」
「はぁ、はぁ……ありがとう、ございました」
辺りが暗くなってきた頃、二人の練習は終了。今日は太陽が剣でずっと打ち込んで、翼の姿勢や筋肉を育てていた。太陽の剣はずっしりと重い。その細い腕のどこからそんな力が出せるのか、と疑問に思うほどである。
汗をかき、肩で呼吸をしていた翼だったが、ほんの少しだけ自分の成長を感じていた。初めは震えて逃げることしかできなかった自分だが、今では剣を握りしめることができている。まだまだ弱いことに変わりないが、少しずつだけど歩いて行けているような気がした。翼の表情は何だか軽いように見える。太陽はそんな彼に言葉をかける。
「あとは少しの勇気と、できると信じる気持ちだけだと思います」
「勇気と信じる気持ち……」
翼は太陽の言葉をポツリと繰り返す。本人は気がついていないかもしれないが、出逢った時からずっと、翼はある言葉を口にし続けている。
『弱虫』
翼は何かあって失敗するたびに、この言葉を口にする。彼の口癖なのだろう。しかし、太陽にはこの言葉が、自分自身のことを縛ってしまっているように思えてならないのだ。
「翼さんはよくご自分のことを『弱虫』とおっしゃいますが、言葉は恐ろしいもので、本当にそのようになってしまいます。言葉に縛られてはいけませんよ」
「お邪魔しました」
太陽との練習を終え、翼は家に帰る。その道すがら、太陽に言われたことを思い出していた。
「言葉に縛られる、か……」
太陽に言われて初めて気がついたが、『弱虫』という言葉が口癖になっている。何かある毎にその言葉が浮かんできて離れない。自分は何もできない、役立たず。その思いが黒い感情となって胸にこびりついているのだ。
「桜木さん……」
そしてその感情は風花と出会ってからますます色濃くなった。ダンジョン攻略戦を始めとして、翼は戦闘で活躍できていない。優一や彬人、他のメンバーがすごい作戦を思いつき、柔軟に対応していく中、翼一人だけ大した活躍ができていないのだ。むしろ風花を危険な目に合わせてしまっている。その思いがより一層翼の心を黒く塗りつぶしていく。
「ダメだ、ダメだ! 僕は強くなるんだから」
黒い感情に飲み込まれそうになっていた翼だが、先ほどの太陽の言葉を思い出す。言葉に縛られてはいけない。自分が信じなければ何も変われない。翼は黒い感情を追い出すように、その拳をぎゅっと握った。
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