第32の扉  精霊の意味

 京也はにやりと笑いながら、風花へ手のひらを向け、颯を脅す。


「あいつはもう魔法を使える体力は残っていないだろうな。これをくらったらどうなるかな」

「おい、やめろ!」


 颯が叫ぶも、京也がその手を止めることはない。彼の魔法はどんどん大きくなっていく。真っ黒で全てを飲み込んでしまうような不気味な魔法。これを食らってはひとたまりもないだろう。


「桜木さん‼」


 風花は気絶してしまっているのだろうか。颯の上着にくるまれたまま、ピクリとも動かない。颯が今から風花の元へ走り出しても、間に合わないだろう。仮に間に合ったとしても、二人とも攻撃の餌食になってしまう。

 颯の額に汗が滲み、ぎゅっとしずくを持つ手に力がこもった。


「どうしたらいい……」


 混乱する頭で必死に考える。風花を守りたい、風花の大切な物も守りたい。全てを守れるだけの力が欲しい。


『名前、呼んで……』

「え?」


 グルグルと考え込む颯の頭に暖かな声が響く。パチパチと弾むような心地よい声。誰の声なのだろうか。


「死ね。darkダーク shotショット!」


 颯が考え込んでいる間に、京也が風花に向けて攻撃を放ってしまう。無情にも攻撃はものすごいスピードで飛んでいった。


 バチバチッ!


 突然、雷が落ちたのかと思う位の破裂音が響き渡る。


『「雷来らいら!!!」』


 颯の持っている心のしずくが眩い光を放ちだし、身体が雷に包まれた。ビリビリとした心地よい感覚が体中を駆け巡り、それが消えると、黄色の髪、黄色の衣装へと変身した颯の姿が。


speedスピード!!!」


 間髪入れず、颯の頭の中に再び声が響き、力いっぱい呪文を叫ぶ。颯の足元に魔法陣が光り輝き、足元に電気を纏った。電気の影響で素早さの増した颯は、風花の元へと一気に駈けていく。そして……


 ドーン!


 京也の攻撃が辺り一面に衝撃波を響かせる。辺りが土煙に包まれる中、その少し奥にはぐったりとした風花を抱きかかえる颯の姿が。間一髪の所で風花を救出し、逃げだすことができたようだ。彼女がさっきまで居た場所は木っ端みじんに砕け散っている。もしあの場所に風花が居たらと思うと……

 颯は顔を青くし、風花を抱く腕に力を込めた。


「ほぅ」


 京也は颯の変身と行動に驚きの声を漏らす。彼の放った攻撃は結構なスピードがあったのだが、颯はそれを上回り、風花を抱えて逃げるまで果たしたのだ。敵ながらあっぱれ、と感心していたのだが。


「あぁ、南無……」


 風花を抱えて自分を睨みつけている颯の姿が目に入る。そして彼はこちらに杖を向けていた。京也は自分のこれからの未来を想像し、手を合わせる。


thunderサンダー shotショット!」

「やっぱりな、覚えてやがれ!」


 京也は颯の雷に服を焦がしながらも、いつもの捨て台詞を残し自分が出てきた穴へと去っていった。





「桜木さん、しっかりして!」


 京也は去っていったが、風花の目は覚めてくれない。颯の腕に身体を預けて、ぐったりとしている。救急車を呼ばなくてはいけない、と颯が涙目になって慌てていると、聞き覚えのある声が響いた。


「あれ、颯くん?」


 道の角から現れたのは翼。翼はボロボロの風花に顔を青ざめるも、変身している颯と心のしずくを見て事情を察する。


「桜木さんを家まで運ぼう。颯くんは歩ける?」


 泣き出しそうになっている颯をなだめ、風花の家を目指す。






 __________________






「太陽くん!」

「お帰りなさい」


 翼が声をかけると、ひょこりと太陽が顔を出した。先ほど風の国から帰ってきたようだ。いつもの燕尾服ではなく、真っ白の制服を着ている。


「え、姫様! どうされたのですか?」


 太陽は颯に抱きかかえられている風花を見ると、ギョッと目を見開いて驚く。慌てて駆け寄り、脈や呼吸を確認していた。


「また京也くんが現れたみたいなんだ。二人のことをみてあげて」

「もちろんですとも! さあ、中へ」


 リビングへと案内されて颯はソファの上に風花を横にする。太陽は解析眼鏡をかけて風花の診断を行ってくれた。どうやら魔法を使いすぎて気絶しているだけようだ。擦り傷などで痛々しい傷があるものの、命に問題はないらしい。


「少しお休みいただけば、意識も戻ってくるでしょう」

「良かったぁ」


 それを聞いた颯がほっと安心して、床に座り込む。余程心配だったのだろう、若干目が潤んでいる。颯も特に怪我はなく、無事。二人の無事を知った翼から安心して息が漏れる。














「あれ? 太陽と相原くん」


 太陽から回復魔法が施されると、しばらくして風花が目を覚ます。ぼぅっと目の前の太陽と翼の顔を眺めていたのだが、突然勢いよく身体を起こした。


「鈴森くんは!?」

「まだ起きてはいけません、姫様」


 太陽が風花をなだめるが、一向に落ち着いてくれない。まだ完全に回復した訳ではないので、大人しく寝ていて欲しいのだが、風花は今にも外に飛び出して行ってしまいそうな勢いだ。


「ねぇ、鈴森くんは? 無事なの?」

「姫様!」

「ここにいるよぉ」


 焦る風花の隣に颯が立ち、のんびりとした声をあげる。風花は彼の顔を見つけると、ぴたりと動きを止め、口を開いた。


「怪我は?」

「大丈夫だよぉ」


 颯の無事が分かると、息を吐きだしながらソファへと倒れ込む。相当焦っていたようだが、何とか落ち着いてくれた。


「あのね……」


 落ち着いた風花から、颯に詳しい事情が説明されていく。心のしずくのこと、京也のこと、精霊のことなどなど。


「太陽くん、ちょっといい?」


 風花が説明をしている間、翼は難しい表情の太陽に声をかけ、部屋を抜けた。


「火練さんと話する?」

「よろしいですか?」


 どうやら新しい仲間の出現に、また敵の可能性を考えていたようだ。翼の提案で彼の顔が軽くなる。


「ありがとうございます」


 風花と颯をリビングに残し、太陽と翼は部屋を移した。椅子に座って目を閉じた翼の胸に太陽が手を当てる。少しすると翼の身体が温かな赤色に光出し、彼に宿っている精霊、火練が出てきた。


「こんにちはー!」


 相変わらず元気そうな火練。翼の周りを楽しそうに飛んでいる。そんな彼女に太陽が他の精霊付きについて尋ねると、無邪気に答えてくれた。


「地優、光子、雷来の宿主、異世界の人間じゃないってさ。とある理由があって宿っているみたいだね。光子の理由はもう風花ちゃん知っているよー」

「火練さん、ありがとうございます」


 火練は答えるとまた無邪気に飛び回り、そのまま翼の胸の中へと帰って行った。


「ん……」


 火練が胸の中に戻ると、翼の目が覚める。目が覚めた彼の前には前回同様、苦しそうに息をしている太陽の姿が。彼は回復魔法と扉魔法しか使えないと言っていたが、精霊と会話するこの魔法は何なのだろう。


「すみません、ありがとうございました」


 翼がしばらく太陽の背中を擦っていると、彼の息が落ち着きだす。翼が彼の魔法について尋ねようとすると、太陽が先に口を開き、話題が逸れた。


「ところで翼さん、今日はどうしてこちらへ?」


 キョトンと首を傾げながら、太陽が問いかける。今日は魔法練習の約束はしていない。彼の訪問の理由は何だろうか。


「僕、弱虫で、魔法もうまく使えない。みんなはああ言ってくれたけど、僕にもっと力があれば、桜木さんを危険な目にさらすことはなかったと思うんだ。だから……」



 太陽の質問に翼は真剣な表情で答える。

 ダンジョン攻略の際、翼は番人に勝てず、風花の手を借りて勝つことができた。そのせいで彼女が死にかけたことをずっと気に病んでいるのだろう。


 翼は一呼吸置いて、言葉を紡ぐ。



「もっと強くなりたいんだ」

『もう傷ついてほしくない』



「翼さん……」


 太陽は彼の言葉に驚いていたが、やがて柔らかく微笑みかける。まっすぐに見つめてくる翼の手を優しく包んだ。


「みなさんも言っていた通り、今回のローズウイルスの件は誰もあなたのことを責めていません。責任を感じる必要はないのです」


 翼は風花を助けようと精いっぱい動いてくれた。震えながらも、声をあげてくれた。それがどれだけありがたく、心強かったことか。


「太陽くん」


 太陽の優しい言葉を聞き、翼は胸がいっぱいになる。握ってくれている手に力が入り、目頭が熱くなるのを感じた。


 この人たちはどこまで優しいんだろう……


「強くなりましょう、一緒に」

「……ありが、とう」


 翼は涙を拭き、立ち上がる。その背中を太陽がそっと支えた。






 __________________







「ふぅ……」


 翼、颯が帰り、太陽は部屋で一人考える。

 この世界の精霊は、理由があってその主の心に宿っている。精霊は心の傷に寄り添い、宿ると言われているが、うららの場合は家族との関係。残りの7人にもそれぞれ理由は異なるが、何かつらい経験があるようだ。


「その経験のために人は優しく、強くなるのかもしれませんね。みなさんの温かさはそのためでしょうか」


 太陽は苦しそうな表情で窓の外を見る。


「精霊がついている訳ではありませんが、京也さんも同じかもしれませんね……」

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