第31の扉  居残り授業

 キーンコーンカーンコーン


「席についてくださいね。日直さん号令お願いします」


 京也との戦闘を終え、風花たち三人が屋上から戻ると、ちょうど始業の鐘が鳴り大和の授業が始まった。ちなみに結愛には再度秘密であることを念押しし、心のしずくは既に風花の中に戻っている。


「それでは、教科書の10ページから始めていきますね。清少納言の……」


 大和の担当教科は国語。本日は古文、清少納言の枕草子を勉強していく。大和が心地よい低めの声で文を音読していった。古典の文章はリズムがよく、とても滑らかで美しい。クラス中が大和の声に聞きほれ、古文の世界を堪能していたのだが……


「あぁ」


 大和のため息と共に音読が中断し、生徒たちは現代へと帰ってきた。現在、授業開始20分。いつもの如く颯が眠りの国へと旅立ったようだ。スヤスヤと穏やかな寝息を響かせながら、お休み中である。大和の声と心地よい古文のリズムは、颯にとっては子守歌となってしまったようだ。


「今日は頑張っていたんだけどな」


 大和は頭を抱える。颯はいつもは授業開始早々に旅立つか、もって10分程度がいい所。それが今日は20分耐えることに成功していた。彼の中では急激な成長なのだが、大和はため息が止まらない。


「ふ、誰しも眠りの妖精の魔法には敵わないようだ」

「本城くん、授業中だから静かにしようね」


 大和は彬人に注意し、そのまま授業を続ける。彬人はシュンとしていたが、授業の再開と共に集中し、一生懸命にノートを取り出した。













 キーンコーンカーンコーン 


「鈴森くん、今日は約束通り居残りね」

「ほ!?」


 授業が終了し、放たれた大和の言葉に一気に目が覚める颯。彼女は以前確かに「次眠ったら居残りにする」と宣言していた。颯がそこを何とか、と粘るも大和は首を縦に振らない。颯はがっくりと崩れ落ちた。授業中に眠ってしまう彼が悪いのだ。

 そんな様子の颯に彬人は手を合わせ、


「南無」


 と、呟いていた。









 キーンコーンカーンコーン 


「ばいばい」

「またね」

「ふ、再びこの呪われた地で会いまみえよう」

 訳)さようなら、みなさんまた明日


 クラスメイト達の別れの挨拶が教室に響く中、風花も帰り支度を済ませ帰宅しようと、教室の扉へ向かう。扉のそばの翼が、気がつき彼女に声をかけた。


「桜木さん、また明日ね」

「ん? あ、相原くん。またね」


 風花はそう言うと、翼の前を通りすぎ教室を出ていった。いつもとは違い、ぼぅとしているような気がするのだが、気のせいだろうか。風花の様子に翼は首を傾げながらも、自分も帰り支度を進めていく。


「……」


 風花は学校を出発し、いつも通り帰宅していた。しかし、ぼけっと考え事をしていたため、いつもの曲がり角を通り過ぎてしまった。普段とは違う道を進みながら、近くにしずくの気配を感じ、ハッと我に返る。


「どこだろう」


 辺りをキョロキョロと見渡し、しずくを探し始める。





「あった」


 少しすると、道の隅に落ちていたしずくを発見し、嬉しそうに握りしめていた。しかし……


 ドーン


 地面が割れて中から京也が現れる。





__________________





「誰もいないなぁ」


 颯が大和の居残りを終え教室に戻ると、それぞれ帰宅、部活動などに向かっており、教室には誰もいなかった。


「いいねぇ、俺もあんな風に部活やりたかったなぁ」


 颯は陸上部の練習を横目にみながら下校する。颯の家は大家族。颯には弟と妹がそれぞれ4人ずついた。彼らの面倒は一番年上である颯が見る役目である。両親は共働き、まだ年齢の小さい子もいるため、目が離せず、部活動に捧げる時間は、彼にない。

 仕方がないと自分を納得させながらも、楽しそうなものはやはり楽しそう。颯の目には部活動をしている彼らが、キラキラと眩しく映った。

 ブンブンと頭を振り、今見た光景を頭からはじき出す。通学鞄を振り回しながら、弟妹たちの待つ家へと帰っていった。


「ん?」


 しばらく歩いていると、何やら物音がすることに気がついた。不審に思い、道の角からそっと覗くと……


「桜木さん!?」


 白色のワンピースを着た風花が、壁に激突している場面に出くわす。何かに吹き飛ばされたかのような、すごいスピードで彼女は激突していた。事故だろうか。慌てて彼女に駆け寄ると、服のすき間から覗いている手足には痛々しい擦り傷の数々が。


「鈴森、くん?」

「今日は邪魔が入らないと思ったのにな。なんで、いつもこうなんだよ」


 風花が戸惑いの瞳を颯に向ける中、道の奥からは不気味な雰囲気を纏う京也が。颯は彼の雰囲気に顔をしかめるも、すぐに風花に話しかける。


「桜木さん、立てる? 俺の肩に捕まって。とりあえず、逃げよう」


 颯は彼女の怪我を庇うように身体を起こし、肩に捕まらせようとする。風花はかなり息が乱れており、汗も拭きだしていた。少し動くだけでも辛そうな様子。そんな風花の手からポロリと心のしずくが落ちた。


「ん? 何か落ちたね」

「おい、その石をこっちに渡せ。渡せばもう攻撃しないぞ」


 颯が心のしずくを手にしたところを見ると、京也は余裕の笑みで手を差し出す。


「桜木さんがこんなになるまで守ったものを、簡単に渡せるわけないよねぇ」

「ふん! なら死ね」


 京也は颯に手のひらを向けて、攻撃を仕掛けるために魔法を貯める。ブラックホールのような恐ろしい塊が彼の手のひらに作られていった。


「え、何それ、魔法?」


 目の前の信じられない状況に颯の混乱は続く。しかし、現実は何も分からない。京也は涼しい顔をしながらどんどん塊を大きくしていった。


「死ね。darkダーク shotショット!」

windウインド…… shieldシールド……」


 重く暗い爆発音が風花と颯を包み込んだのだが、間一髪、風花の風の盾が防ぎ、難を逃れる。


「鈴森、くんは、逃げて……大丈夫、だから」

「え……」


 そう言う風花は肩で息をしており、かなり苦しそう。フラフラとおぼつかない足取りで颯の前に出て、京也に杖を構えた。今にも倒れてしまいそうなくらい儚いのに、彼女の瞳は京也を捕らえて離さない。颯を背に彼女の足は一歩も下がらない。


「桜木さん……」


 京也は依然涼しそうな表情のまま、ボロボロの風花を眺めている。彼はとてつもなく強いのだろう。フラフラとしている風花が勝てるとは到底思えない。それなのに風花は自分を守ってくれようとしている。


「……」


 颯は唇をぐっと噛んで、心のしずくを握っている手に力を込める。そして……


「え?」


 自分の前に出た風花の肩を引き寄せ、壁に身体をもたれかけさせた。いきなりの行動に抵抗した風花だが、彼女の力はかなり弱い。颯が脱いで渡した制服のブレザーにくるまって、彼にされるがままになってしまった。


「鈴森くん?」

「桜木さんは、ここで待っててねぇ」


 戸惑いの声をあげる風花にニコリと微笑みかけ、京也に向かい合う。そして準備体操をするように身体をほぐし……


「は!? おい!」

「きみの狙いはこれだろ? だったら追いついてみなよぉ」


 全速力で京也から距離をとろうと走り出した。

 颯はクラスの中でも一番足が速い。自分の速度に追いつける奴なんかいないだろうと、走り出したのだ。

 そして京也の狙いが颯の握りしめた心のしずくなら、必ず彼は追ってくる。風花から京也を離すことができると考えたようだ。しかし……


「嘘でしょ……」


 後ろを振り向いた颯から驚愕の言葉が漏れる。すぐそばまで京也が追いついてきていたのだ。

 颯は思いがけない展開に、急ブレーキをかけて止まる。風花との距離は25メートルほど。京也を引き離すということには成功したが……


「さぁ、渡せ」

「いやだねぇ」


 颯は先ほどの全力疾走で息がきれている。しかし、京也は全く息がきれていない。圧倒的な実力差を見せつけられたようだった。魔法を使える不気味な少年と、ほとんど無力で何もできない自分。どうしたらいいのだろう。どうすれば風花も風花の大切な物も守れるのだろうか。

 颯が考えていた時、京也がにやりと笑い冷たい声で口を開く。


「これならどうだ?」


 京也は風花の方に手を向け、まがまがしい魔法を手のひらに作り始めた。

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