第30の扉 秘密にすること
「俺の新しい技を見せてやるよ。
そう言いながら京也はパチンと指を鳴らす。一体何をする気なのだろうか。風花と美羽が考えていると、突然結愛の身体がビクリと揺れた。
「結愛ちゃん?」
結愛の異変に気がついた風花が声をかけるも、彼女はうつむいて風花の声には答えない。京也はにんまりと不気味な笑顔を張り付けて、もう一度パチンと指を鳴らした。
「どうしたの?」
「ゴリラくん、結愛ちゃんに何をしたの?」
京也の指を合図に結愛がゆっくりと彼の方へ歩みを進めている。先ほどの彼の魔法の影響なのだろうか。
「少し操ってるだけだ。そいつがしずくを持ってるんだよな? 安心しろ、こっちに運ばせたら解放するから。あと、ゴリラって呼ぶな」
京也はゴリラと呼ぶ美羽に文句を言いながらも、結愛をゆっくりと自分の方へと進ませる。結愛の瞳は虚ろ、光を失っており、ただぼぅっと京也を見つめているだけ。
「結愛ちゃんダメだよ、そっちに行ったら」
「そうだよ、そっちには怪力ゴリラがいるんだから」
風花と美羽が結愛に静止を求めるも、その声は結愛に届かない。また一歩、京也の方へ歩みを進めていく。今の結愛は京也の魔法により、精神が押し込まれている状態なのかもしれない。
京也は余裕の表情で結愛を自分の元へと導いている。
「無駄だ。お前たちの声は聞こえてないだろう。……だからゴリラって言うなよ! 箒を折ったくらいで大げさなんだよ、普通だろう、そんなの」
「え……」
京也の言葉に美羽は固まる。隣でぽけっと立っている風花の肩を叩き、京也から背を向かせると、小さな声でコソコソと話し始めた。
「風ちゃん今の聞いた?」
「うん、聞いた」
風花は美羽の質問ににこやかに答える。大して驚いた様子を示していない風花を見て、美羽は質問を続けた。
「普通箒って折れないよね?」
「うん、無理だよ」
風花は相変わらずにこやかに答える。風花は特に驚いた様子を示していないので、異世界では箒を素手で折ることは一般常識なのかと思い、確認した美羽だったが、その考えは風花の答えで砕け散った。
「そうだよね……」
美羽はちらりと後ろにいる京也を見る。彼はこてんと首を傾げていた。
京也と風花たちは年もそう変わらない。男女で差はあるだろうが、人間は普通箒を素手で木っ端みじんに握り潰すことなどできない。しかし以前、美羽と一葉が能力を発現するきっかけとなったカフェで、京也は箒を破壊しているのだ。そして今彼はそれを『普通』と言い切った。握力はいかほどなのだろう。
「やっぱりゴリラだよね」
「うん、ゴリラだね」
ぷふぅ、と美羽は噴き出す。風花が美羽の『ゴリラ』発言に同意を示すと思っていなかったのだ。
「ん?」
噴き出した美羽を見て、風花は不思議そうに首を傾げていた。どうやら本人に悪意はないらしい。彼女の無表情がまた笑いを誘う。美羽は苦しそうにお腹を押さえて笑い始めてしまった。
「なんだ?」
二人の声は京也の耳には届いていなかったが、何やら悪口を言われていることには感づいた。ピクリと眉を動かすも、特に何も言わず、笑い転げる美羽と不思議そうな風花を眺めていた。
※※※※
あれ? ここどこだろう? 真っ暗だ。
私は目を覚ますと、そこは真っ暗闇の世界だった。
何をしてたんだっけ? なんだか頭がぼんやりするな。
何も見えないし、何も聞こえない。ふわふわと身体が浮いているような気もするし、押しつぶされそうな位重いような気もする。
ここはどこなんだろう。何だかすごく不思議な空間だなぁ。
私は真っ暗な空間の中で、辺りをキョロキョロと見渡してみた。すると暗闇の中にきらりと一筋の光が見える。
ん? 何だろう? とても明るくて、すごく暖かい。
__________________
「さぁ、いい子だ。こっちへおいで」
「結愛ちゃん‼」
美羽が笑い転げている間も京也は結愛を自分の元へと導いていた。彼女たちの距離は5mほど。風花が呼びかけるも依然結愛に反応はなく、しずくを握りしめて京也へと進んでいっている。このままではしずくが京也の元へ渡ってしまう。どうしたらいいのだろうか。風花が考え込んでいると……
「ん? どうした、こっちにおいで」
ピタリと結愛の足が止まった。あと少しで京也の元までたどり着ける距離なのだが、彼女は京也の命令にさえ動かない。
※※※※
すごく温かい光だ。何だか懐かしい匂いもする。どこで嗅いだんだっけ?
小さい頃、よくこの匂いに包まれていたような気がする。
『名前……呼んで……』
光に手を伸ばそうとしていた私に声が響く。
誰? すごく温かくて優しい声。心地いいなぁ
__________________
「!?」
動きを止めていた結愛の身体が突然光始めた。彼女の足元には魔法陣が浮かび、手に握りしめている心のしずくが光り輝いている。そして……
『「
結愛は大きな声で名前を叫んだ。彼女の瞳には光が戻り、楽しそうに輝いている。結愛の周りを土煙が包み込んだ。小さな子供たちが泥遊びをしているかのように、楽しそうに踊っている。
「およよ?」
土煙が消えるとそこには栗色の髪の毛と茶色の衣装を身に着けた結愛の姿が。結愛は楽しそうに変身した自分の姿を眺めていたのだが……
「嘘だろ、また精霊付きかよ。待て、いったん待て。話せば、分かる、話せば!」
京也の頭にはいつもの展開が浮かんだようだ。顔が引きつっている。結愛は彼の様子に頭の理解が追いつかなかったが、容赦なく頭の中に声が響いた。
『「
タイムをかける京也に構わず、結愛は精霊の声と共に呪文を叫ぶ。呪文を唱えると、大量の土の塊が京也を襲った。
「待てって言ったのに! くそ、覚えてやがれ!」
京也は土まみれになりながらもいつもの捨て台詞を残し、真っ黒な扉の中へと消えていく。一緒にやってきていた真っ黒ローブの少女も後に続いた。
「あの子……」
「なんかね、ピカーンって光って声が聞こえたの。そしたらバーンって出たね」
扉の横の少女について考えていた風花だが、結愛は興奮冷めやらぬ声が思考を中断する。一生懸命に説明してくれる結愛はとても楽しそう。彼女の頭の上には二本のアホ毛が生えているのだが、彼女の感情を表すように嬉しそうに揺れていた。
「あらら……」
「うんうん」
美羽が苦笑いをする中、風花はこくこく頷きながら彼女の話を聞いていた。風花の頭からすっかり謎の少女のことは消えている。
どれくらいの時間彼女は興奮していただろうか。一通り、結愛が説明し終わり、落ち着いた頃、風花が自分たちの事情を伝える。
「私も一緒に守りたい! これからよろしく!」
「結愛ちゃん、みんなに力のことは内緒だからね?」
「あいあいさー」
「んー、本当に大丈夫かな……」
テンションの高い結愛はきちんと理解してくれただろうか。美羽は心配になりながらも、結愛に念押しする。
「……」
うららに続きこれで七人目の精霊付き。頼もしい仲間が増える中、風花は一人浮かない表情をしていた。
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