第29の扉  不思議ちゃん

 風の国、魔法図書館にて。


「やはり、手がかりはなしですか……」


 太陽が何冊もの書類を並べて、ため息をついている。

 表紙には【黒田まどか王妃殺害事件調査報告書】と書かれており、びっしりと細かく丁寧に書かれた文字の数々が。それを見るだけで、この事件に対してどれほど真剣に調査をしているか分かるほどの気合の入れようである。にも関わらず、この事件の犯人はいまだ捕まっていない。


「太陽くん、戻っていたのか」

「王様」


 ため息を吐き出していた太陽の元に、王である風花の父親、風馬ふうまがやってくる。風馬から漂うオーラは風花に似ていて、どこかふんわりとした優しい雰囲気が漂っていた。しかし相手は自分の国の王様。太陽は慌てて椅子から立ち上がり、ぺこりとお辞儀する。


「楽にしていいぞ。それより風花の様子はどうだ?」


 風馬は太陽の慌てように口元を緩ませ、問いかけた。


「実は……」


 太陽は苦しそうに顔を歪めながら、ローズウイルス事件のことを話す。京也が助けてくれたこと、京也の父親である董魔が事件を起こしたことも含めて。


「そうか」


 風馬は難しそうな顔で太陽の話を聞いていた。風馬と董魔は同い年で幼なじみ。そんな彼が自分の娘を殺そうとしたのだ。彼の感情は複雑だろう。


「董魔のことは私でもどうにもならない。まどかさんの事件を解決しなければ、彼はずっと私たちの敵でいるだろうな」


 太陽は風馬の言葉を聞き、机の上にある報告書の束をちらりと見る。事件発生から10年が経過しているが、何の手がかりも掴めていない。この事件を解決しなければ、風花は狙われ続けるだろう。


「事件のことは私も調査を進めている。太陽くんは風花のことをよろしく頼むよ」

「はい」


 風馬はそう言うと柔らかく微笑み、図書館を後にした。


「……」


 太陽は風馬の背中が見えなくなると、服の中から瓶を取り出す。瓶には紐がついており、首から下げて服の中に入れておいたのだ。そして、その中には真っ黒に染まった石が一つ。


「姫は必ずお守りいたします」


 瓶を握りしめながら呟いた。








_____________ 









「私で良ければお力になりたいですわ」

「うららちゃんありがとう」


 翌日、学校でうららに事情を話すと快く仲間になってくれた。これで六人目の精霊付き。風花は彼らの存在を心強く思う反面、別の感情が胸に渦巻いていた。


「風ちゃん、身体はもう大丈夫?」

「美羽ちゃん! うん、みんなのおかげだよ。ありがとう」


 胸の中の感情を探っていると、美羽が話しかけてくれて、風花の頭から悩み事が飛んでいった。うららの家でしずくを一つ取り戻すことができたため、彼女は表情がにこやかである。最初は無表情の無感情だった彼女だが、徐々に本来の柔らかさが表に出てきた。

 美羽が微笑ましく風花の様子を見ていると、二人の後ろから元気な声が降ってくる。


「二人ともおはよー!」


 挨拶してくれたのは佐々木結愛ささきゆあ。元気にスキップをしながら近づいてくるが、何かいいことがあった訳ではない。彼女は基本歩くときはスキップをするのだ。いわゆる不思議ちゃんである。ふわふわと彼女のショートカットの髪の毛が楽しそうに舞っていた。


「今日も楽しそうだね」

「うん! 楽しい!」


 美羽の声に結愛は満足そうに頷いた。









「あれ?」


 3人で楽しく話をしていたが、風花はふと教室の入り口付近が目に入る。翼の隣の席、川本愛梨かわもとあいりの席である。愛梨の席を大野彩おおのさやかとその取り巻きである長谷川柚希はせがわゆづき八神穂乃果やがみほのかが囲んでいた。


 大野の家は資産家で不動産業などをやっている。うららの神崎グループと並ぶ勢力を持つ、大企業の一つだ。彼女を怖がるものや、すり寄っていくものは後を絶たない。


「……」


 風花の今の位置から彼女たちの会話の内容は聞き取れないが、何やら不穏な雰囲気が漂っているのを感じた。愛梨は怯えた表情をしているようにも見える。一体何を話しているのだろうか。

 風花が首を傾げながら彼女たちの様子を見ていると、大野がぺシンと乱暴にノートを投げた。それが筆箱に当たり落下。筆記用具が地面に散らばる。


「落ちた」


 大野たち三人はくすくすと笑いながら、落としたものも拾わず自分の席へ戻っていく。風花は彼女たちの行動に嫌な感情を覚えた。初めて覚える感情に戸惑っていたのだが、筆記用具を一人で拾い始める愛梨に気がつき、考えるのを止める。


「大丈夫?」

「あ、風花ちゃん。ありがとう」


 風花は愛梨と共に筆記用具を拾い始めた。







__________________







「そういえばね、美羽ちゃん」

「ん?」


 風花が愛梨の元へ歩いて行ったあと、結愛はにんまりと得意げな笑みを携えて、美羽に話しかけた。美羽が何事かと首を傾げていると、結愛は自分のポケットをガサゴソと探り出す。


「ジャーン! 綺麗でしょ。学校に来る途中で見つけた」

「!?」


 結愛がポケットから取り出したのは、風花の心のしずく。美羽はぽかんと口を開けて驚いていたが、急いで結愛の手のひらを閉じさせる。そして、手を引っ張って教室から飛び出した。


「およよ?」


 結愛は戸惑いの声をあげるが、美羽は無視してどんどん進んでいく。途中、愛梨と一緒に居た風花にも声をかけ、屋上にあがった。


「ここなら人もいないし、大丈夫だよね」


 美羽が屋上を見渡すも人の気配はしない。ここには風花、美羽、結愛の三人のみ。少し強めの風が三人に吹き付けていた。


「なになに?」

「美羽ちゃんどうしたの?」


 美羽の突然の行動に二人とも首を傾げている。結愛はともかく、風花のその態度に美羽は驚きを隠せない。なぜなら……


「あ、心のしずく」


 美羽が結愛の手を開かせるとそこには心のしずくが。風花はある程度近づかないと心のしずくの気配を感じることができないが、今は目と鼻の先にそれがある。なぜ気配を感じないのだろうか。


「およよ? これ風ちゃんのなの?」

「うん、落としてしまって探してたの。私のすごく大切なものなんだ」

「そうなんだ! 見つけられて良かったよ。はい、どうぞ」


 理由はよく分からないが、結愛のおかげでまた一つ心を取り戻すことができた。風花は瞳に嬉しそうな色を浮かべて、しずくを受け取ろうと手を伸ばす。


「ほー、そうか。気配を感じなかったか」


 風花がしずくに触れようとしたその瞬間、声がかかり三人はびくっと肩を揺らす。


「ありゃ、もう来ちゃったか」

「やぁ、おはよう」


 彼の登場に美羽が頭を抱える中、笑顔で手を振る京也。彼の後ろにはうららの家の時にも見た、真っ黒なローブを着ている少女もいる。

 京也の手にはいつもの如くレーダーが握られていた。しずくの反応を示す赤い印が点滅している。風花が感知しなくても、一定距離近づいたためレーダーに反応してしまったようだ。


「どうしよう……」


 このまま戦闘になるのだろう。風花は事情を知らない結愛をどうやって守ろうか、考えを巡らせていたのだが……


 カチリ


「ん?」


 何やら美羽の方からスイッチのような音がした。風花が美羽を見ると、普段とは違う雰囲気を纏った彼女と目が合った。美羽は風花を安心させるようににこりと微笑むと、京也の方へずんずんと進んでいく。


「は?」


 不審に思った京也が身構えるも、美羽は構わず距離を詰め、彼の腕に身を預ける。そして……


「風ちゃん病み上がりだからぁ、今日のところは見逃して、帰ってほしいんだけどなぁ」


 うるうるの上目遣いと可愛らしく尖らせた唇で、京也にお願いする。美羽は女優スイッチをオンにしたようだ。あざとさが限界値を突破している。

 可愛い美羽に見つめられて、京也は固まってしまった。


「ねぇ、お願い……」


 甘い声を出し、美羽が京也を仕留めにかかった。掴む腕にぎゅっと力を込めて、身体を押し付ける。京也の顔が次第に真っ赤に染まった。しかし……


「い、いくら可愛い子のお願いでも、それはちょっと聞けないな」


 あと少しの所で京也が正気を取り戻し、美羽を腕から引きはがす。声が裏返ってしまったが、ブンブンと頭を振り、自分の中の邪心を追い出している。


 このけちゴリラ、と文句を言う美羽に構わず、京也はコホンと咳ばらいをして、ぱちんと指を鳴らす。


「今回は俺の新しい技を見せてやるよ。darkダーク territoryテリトリー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る