第28の扉 家族の在り方
「いいな、美味しそうだな。俺にもくれよ」
「「!?」」
しばらく三人が穏やかな時間を楽しんでいたのだが、いきなり扉の方から声がかかった。
「京也くん!?」
「おい、何しに来たんだよ」
そこには「やぁ」と笑顔で立っている京也が。彼の後ろには、真っ黒のローブを深く被った少女が一緒に居る。この少女は誰だろう。風花と優一は首を傾げていたのだが、その思考を遮るように京也が威圧的に言い放つ。
「しずくをもらいに来た。渡せ」
「え、私何も感じない」
京也の掲げているレーダーには、しずくの反応を示す赤い点が点滅している。しかし、風花はしずくの気配を感じていない。一体どういうことだろうか。
「お前、まだ熱あるのか?」
「ないよ、治ったもん」
京也が風花のおでこに手を当てて確認するも、発熱はしていない。レーダーの誤作動ではないようだ。と、いうことは……
「コーヒーか?」
京也がポツリと呟く。風花はコーヒーを飲むと、魔法を使えなくなる。以前デパートの一件で彼女は痛い目を見た。
しかし、うららが出してくれたのは紅茶。風花は今日コーヒーを飲んでいない、と思ったが、うららが首を傾げながら口を開く。
「モンブランの生地の中にコーヒーが染み込んでいますの」
「原因はそれだな」
風花は知らないうちにコーヒーの成分を体内に入れてしまっていたらしい。そのため、しずくの気配を感じないようだ。「なるほど」と納得していたのだが……
「しずくはあるってことだな? 渡せ」
京也が早速戦闘に入ろうと構えてしまう。今の風花は魔法を使えない。戦えるのは優一のみ。彼は女性陣二人を素早く自分の背中に隠してくれた。
「京也、お前いつも桜木のストーカーみたいなことしやがって。しつこい奴は嫌われるぞ?」
「はっ、そんなの知るかよ。
京也は風花が攻撃できないことを好機と考え、ばんばんと打ち込んくる。真っ黒の禍々しい闇の塊が風花たちに襲い掛かった。
「ぐっ……
優一が水の壁を作り攻撃を防いでくれる。京也の攻撃が容赦なく放たれるため、壁を支えている優一はかなり辛そう。そして、重たい音が鳴り響きながら、跳ね返った攻撃が部屋を破壊した。
「ちょっと京也くん! 家がめちゃくちゃになっちゃう」
テレビが割れ、床には穴が開く。心地よい感覚を与えてくれたソファもボロボロに。そして棚に飾られているうららたちの家族写真。京也の攻撃が当たり、パリンと音を立てて落下した。
「いい加減に……」
「いいんです、風花さん」
京也を止めようとした風花だが、うららの声で動きを止める。その声はとても悲しく、寂しそうな声だった。
「いらないんです、全て」
「え?」
うららの言葉に風花は驚きを隠せない。驚いて見つめていると、寂し気に瞳を揺らして事情を説明してくれた。
うららの両親は大企業のトップ。そんな二人は日々仕事に追われてしまい、彼女との時間を楽しむことができていないようだ。
「だからソファーもテレビもいらない。みんなで楽しくテレビを見たりすることもないんですから」
悲しそうにうららは呟く。優一が最初に感じた写真の違和感。うららが幼い頃の写真しかなかったのは、成長した彼女との思い出が少ないからなのだろう。
「うららちゃん……」「神崎……」
「ふん! よそ見してる場合か」
風花と優一が悲しそうに見つめる中、京也はその隙を見逃さなかった。攻撃を放つと水の壁を器用にかわし、優一を吹き飛ばす。
「グハッ!」
「成瀬くん!」
「これで終わりだ、風花」
優一の壁がなくなり、京也が威圧的に風花に詰め寄る。ギロリと目を光らせて、手のひらに禍々しい闇の塊を作りだした。
「どうしよう……」
風花はまだ魔法を使えない。自分の後ろにはうららがいる。彼女を守らなくてはいけないものの、うららの家にあるしずくはどこにあるのだろう。
「え? なんですの?」
風花がクルクル考えていると、うららの戸惑った声が届いた。驚いた風花が振り向くと、うららのポケットが光輝いており、中からは心のしずくが。
「それを渡せ」
「いやですわ。あなたみたいな乱暴な方にお渡ししたくありません」
「このやろっ」
京也が詰め寄るも、うららはぴしゃんと拒否する。京也はカチンときて、強引に奪い取ろうとするが……
『名前、呼んで』
うららの頭の中に優しく声が響く。暗い闇を暖かく照らしてくれる光のような、優しく温かい声。その声の心地よさに戸惑っていたのだが、自分の中に浮かんできた名前を一緒に叫ぶ。
『「
うららが名前を呼ぶと足元に魔法陣が浮かび、体がまばゆい光に包まれた。彼女の身体にポカポカとお日様のような光が降り注ぎ、胸に暖かい感覚が広がる。
「一体何が……」
「は? またかよ」
光が消えるとそこには黄金の髪、キラキラと輝く黄金の衣装を身に纏ったうららの姿が。手には杖を持っており、そう片方の手には光り輝いている心のしずくが。
京也は今まで何度も経験してきた展開に、ため息をつく。
『「
うららが呪文を唱えると、眩い光に包まれた塊が一直線に京也へと向かっていた。ボンっという破裂音と共に彼に命中する。
「くそ、覚えてやがれ!」
京也はいつもの捨て台詞を残し、部屋の入り口にずっと立ったままの少女を連れて去っていく。結局あの少女は誰だったのだろうか。
「成瀬さん、大丈夫ですか?」
「あぁ、悪い。ありがと」
風花が考え込んでいると、うららたちの声が現実に引き戻した。うらら、風花は特に怪我もなく無事。京也に吹き飛ばされてしまった優一も、頭を軽く壁にぶつけただけで、特に怪我を負っていないようだ。
「うららちゃん、あのね……」
ガチャン
風花がうららに事情を説明しようとしていた時、玄関の扉が開く音が。どうやらうららの両親が帰ってきたようだ。
「どうしよう……」
風花の瞳に焦りの色が濃く浮かぶ。うららの変身は心のしずくの光が消失し、元に戻っていた。しかし、部屋は京也の攻撃のせいでめちゃくちゃのまま。魔法の存在を秘密にしなくてはいけない風花にとって、この状況はかなり不味い。
「お二人は窓から出てください。後は私がなんとかします」
「え、でも……どうするの?」
「大丈夫ですわ。あ、これ、風花さんのものでしょう。お返ししますわね」
風花たちが慌てる中、うららは冷静に話しかける。何か考えがあるのだろうか。うららは戸惑う風花にニコリと微笑み、しずくを手渡す。
「明日、きちんと説明させて」
「もちろんですわ。また明日お会いしましょう」
不安げに瞳を揺らす風花を安心させるように微笑むと、うららは窓から二人を庭へと逃がした。次の瞬間、リビングに彼女の両親が現れる。
「お帰りなさいませ。お父さん、お母さん。今日はお早いのですね」
「これは、一体……」
二人は部屋に入ってきて固まる。ボロボロのソファ、画面にひびの入ったテレビなどなど、ひどい惨状だった。
「ごめんなさい。科学の実験に失敗してしまって、お部屋を汚してしまいましたの」
ぺこりと頭を下げて、謝罪を口にするうらら。きっと怒られてしまうだろう、そう思って怯えていたのだが……
「お前に怪我はないのか?」
「どこか痛いところはない?」
両親の優しく心配そうな声が耳に届いた。怒られると思っていたうららは、予想外の返答でキョトンとしている。
「でも、わたくしお部屋を……」
「部屋なんていいの。あなたに怪我がないなら何よりだわ」
「良かった、本当に良かった。次からは気をつけるんだぞ」
「お母さん、お父さん……」
母親の腕の中で父親にポンポンと頭を撫でられる。胸に暖かい物が広がり、今まであった黒い物が薄くなっていった。自分の中の感情に戸惑っていると、父親が優しく口を開く。
「うらら、今までごめんな。俺たち仕事ばっかりでお前に寂しい想いをさせていただろう?」
「これからは家族の時間も大切にしようと思って。今からでもまだ間に合うかしら?」
「っ……」
そうか、自分は寂しかったのだ。それが今彼らの言葉と行動で消えていく。胸の中の黒い物が、優しく温かい物へと変化していく。うららは目頭が熱くなるのを感じていたが、それをぐっと堪えて、満面の笑顔で言葉を返す。
「嬉しいっ」
「うららちゃん、良かったね」
「あぁ」
風花と優一は窓から追い出された後も心配で、彼女の様子をうかがっていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。帰路につくため、二人並んで歩く。
「お母さんとお父さんか……」
風花がポツリと呟いた。そう呟く彼女は何だか寂しそう。
「どんな人なんだ? 風の国の王と妃なんだろう?」
「……優しい人、だと思う」
風花の記憶は心のしずくとなって散らばってしまっている。しずくを取り戻す度に彼女の中に思い出も戻ってくる訳だが、まだまだ数が足りない。彼女の寂しそうな表情の理由はこれだろう。
「早く全部思い出せるといいな」
「ありがとう」
風花は柔らかく微笑む。優一はそんな風花の様子に、大切に育てられてきたんだな、と少しだけうらやましく思った。
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