第2章  戦いの幕開け

第27の扉  ご令嬢

 ダンジョン攻略戦から一夜明け、風花は自室のベッドでぱちりと目を開く。


「起きた」


 本日は日曜日で学校は休み。現在時刻は午前10時。昨日ダンジョンで太陽に抱えられてから今まで、ぐっすりと眠ってしまったようだ。風花は伸びをしながら、窓を開ける。


「気持ちいい」


 春の心地よい風が室内に入ってきて、すっきりとした気分になった。風花の部屋は白色の壁、ピンクの絨毯を引いた床、何とも女の子らしい部屋だ。部屋にはベッドと勉強机、ぬいぐるみの数々が綺麗に置いてある。


「治ったね」


 風花は窓から入ってくる風を堪能すると、自分の身体をパタパタ触ってみる。昨日まで感じていた気だるさ、息苦しさは全く感じない。薬が効いたようだ。

 風花はクローゼットに向かい、服を選び始める。選んだのは白色のパーカーと桃色のスカート。パジャマから着替えて、髪の毛を整え、リビングへと向かった。











「太陽?」


 リビングに入ると、そこに太陽の姿はない。どこかに出かけているのだろうか。風花がきょろきょろとしていると、机の上に紙を見つけた。


『少し風の国へ帰ります』


 どうやら急な大臣の仕事で、風の国に帰っているらしい。

 太陽は風花の従者兼、風の国の大臣。そして、彼は異世界を行き来できる扉魔法の使い手。この魔法を使える者は少なく、彼が日本に居る間にも何度か呼び出しがかかるのだ。


「太陽は、忙しい」


 風花は彼の所在を確認すると、安心したような寂しいような感情を覚えた。自分の胸に広がる感情に首を傾げていたのだが、突然お腹の虫が鳴り響く。


「ご飯」


 風花は胸の中の感情をポンッと忘れて、キッチンへ向かう。すると、太陽が用意してくれた朝ご飯が、ラップに包まれ置いてあった。

 風花と太陽は二人暮らし。食事、洗濯、掃除など家事は自分たちで行わなければいけない。当初、太陽が全て自分がやると言ったが、風花がそれを拒否。自分のことは自分でやりたいのだと主張し、交代当番制という形で落ち着いた。


「いただきます」


 風花は美味しそうな朝ご飯に手を合わせる。スクランブルエッグとソーセージ。色とりどりの野菜を使ったサラダ。サクサク衣に包まれたクロワッサン。一流ホテルの朝ごはんで出てきそうな仕上がりだった。


「……」


 風花は朝ご飯を食べながら、ふとリビングを見渡す。大きな柱時計、ソファと机だけの寂しい印象だったリビング。しかし、今では変化が生じていた。

 翼たちが何だか味気ないからということで、それぞれの私物を置いてくれたのだ。翼は猫のぬいぐるみ、優一は野球のボール、彬人は戦隊物のフィギア、美羽はハーバリウム、一葉は髪につけているリボン。

 彼らの優しさ、暖かさがリビング全体を包み込んでくれていた。風花はそれらを眺めていると、何だか頬が緩むのを感じ、胸の中に暖かい物が広がる。


「よし!」


 心地よい暖かさに癒されていたのだが、突然立ち上がり、食器を洗いにキッチンへと向かった。歯を磨き、自分の部屋から小さな肩掛け鞄を持って戻ってくると……


「しずくを探しに行きます」


 と宣言し、玄関へ向かった。彼らとの思い出の品を眺めていたら、協力してくれるみんなのためにも頑張らなくては、という気持ちになったようだ。彼女は無表情なのだが、やる気がみなぎっている雰囲気を感じる。


「こっちに行く」


 扉に鍵をかけ、落とさないように鞄の中にしっかりとしまった風花は、鼻息荒く宣言している。

 心のしずくは、風花がある程度近くに行かないと、その気配を感じることができない。そのため、様々な場所を捜索する必要がある。風花は今まで通ったことのない道を選択し、ずんずんと歩いていった。












 天気のいいぽかぽかとした日曜日。無表情で感情があまり出にくい風花だが、春の陽気の心地よさにほんの少し、表情が明るくなる。しばらくご機嫌で歩いていたのだが……


「桜木?」


 後ろから声がかかった。振る向くとそこには


「あ、成瀬くん、こんにちは」

「こんにちは」


 優一が立っていた。いつもは制服姿の彼も今日は休日。紺色のパーカーにジーパンというラフないでたちである。二人でぺこりと頭を下げて、挨拶を交わした。


「何してるんだ?」

「しずくを探そうと思って、散歩してた」


 風花はドヤ顔気味で優一に報告。胸を張って、「えっへん」という感じである。


「……一人で探すのは危ないと思うぞ?」


 ドヤ顔風花とは対照的に、優一は頭を抱えた。

 風花がしずくを見つけるとレーダーに反応し、京也がやってくるため戦闘が始まってしまう。心のしずくを少し取り戻し、魔力が回復してきた風花だが、一人ではまだ京也には勝てない。


「ん?」


 風花は危機感がないのか、優一の忠告をキョトンとした顔をして聞いていた。心を失くすと危機感も薄くなるのだろうか。風花の反応はまるで小さな子供の様だった。その様子に優一はますます頭を抱える。


「桜木、あのな……」


 優一がなぜ一人で探すのは危ないのか丁寧に説明する。風花は彼の言葉をうんうんと頷きながら聞いてくれるのだが……


「分かったか?」

「うん、分かったー」


 本当に分かっただろうか。危機感のない返事しか返ってこない。素直に頷いてくれたので、分かったと信じたいのだが、感情が出にくい彼女を読み取るのは至難の業だ。


「今日は俺も一緒に行っていいか?」

「うん、いいよ」


 しずく探しに同行することを申し出ると、受け入れてくれる。とりあえず分かってくれているようなので、まあ良しとしよう。










「ほー」


 二人で歩いていると、少しして風花から驚きの声が上がった。とても大きな豪邸を見つけたのだ。

 学校のグラウンド程の面積があるのではないか、という位の敷地面積。奥には立派な家があり、高級車が何台も停まっていた。


「大きな家だね。ずっと向こうの方まで塀が続いてる」

「ほんとだな。すごい豪邸だ」

「あら?」


 二人があんぐりと家を見ていると、後ろから声がかかった。振り向くと、そこにはクラスメイトの神崎かんざきうららが。

 今日は学校はないのでもちろん私服。うららは清楚な水色のワンピースに身を包んでおり、髪の毛はくるくると巻かれていた。


「お二人ともこんなところでどうされたのですか?」

「うららちゃん、こんにちは」


 ぺこりと挨拶をする風花に、うららも「こんにちは」と挨拶を返してくれる。


「ちょっと散歩してたんだ。そうしたら大きな家見つけて……」

「あら、ここは私の家ですわ」

「「え!?」」


 家の門の表札には『神崎』と書かれていた。ここは彼女の家のようだ。

 うららの両親は日本を代表する大企業、神崎グループのトップ。不動産や飲食店、製造業や建設業などなど、日本の経済の中枢を担っている存在である。その大企業の一人娘。それが神崎うらら。

 二人はあまりにも規模の大きな展開に頭がフリーズしてしまったのだが、うららの声で現実に戻ってくる。


「もしよろしければ上がっていきませんか?」

「え、いいの?」

「うふふ。どうぞ、どうぞ」


 風花はうららの提案にキラキラと目を輝かせる。大豪邸の中を見学できるということで、テンションが上がったようだ。












「ほー」


 再び風花から驚きの声が上がる。うららに案内されてお邪魔しているのだが、内装がとにかく豪華。天井には大きなシャンデリア。壁には有名な作家の作品であろう絵画。そして至る所に高そうな壺が置かれている。


「お前、お姫様だろ? 城とかにこういうのなかったのかよ」

「風の国の物とは違うよ。こういうの見てるとワクワクするよね」


 文化の違いなのだろうか、日本の物と風の国の物では様相が違うようだ。風花はうららと話しながら目が輝いている。


「良かったな」


 優一はそわつく風花を見て、思わず声が漏れた。最初は無表情無感情だった彼女だが、ふんわりと楽しそうな雰囲気を出し、目をキラキラと輝かせている。心のしずくをたくさん取り戻すことができた証だろう。


「こちらで少しお待ちくださいね」


 うららは風花たちをリビングに案内すると、キッチンの方へと歩いていく。風花は座ったソファのふわふわ加減が気に入ったようで、ずっとぽふぽふと遊んでいた。

 リビングには大きな大画面テレビ、クリーム色のソファ、高そうな置物。そして、家族写真だろうか、幼いうららと両親らしき人物の楽しそうな写真が何枚か飾られている。


「ん?」


 家族写真を眺めていた優一だが、ふと違和感に気がつく。写真に写っているうららは2、3歳程度。それ以降の年齢の物は見つけられないのだ。なぜだろう、と優一が考え込んでいると、キッチンから彼女が戻ってきた。


「お待たせしました。紅茶とモンブランですわ」

「美味しそう」

「ありがとう」


 紅茶の優しい香りが部屋に満たされて、穏やかな気分になった。彼女が持ってきたモンブランは、この前テレビで一つ数千円と言っていたような気がしなくもない、有名店のモンブランに見える。優一はその事実にピッと固まるも、風花は何も気にせず、口に運んでいた。


「美味しい」

「だろうな……」

「良かったですわ」


 風花がもぐもぐと咀嚼音を響かせるが、優一は手が震えてなかなかスプーンが進まない。彼の手がプルプルとする中、うららは砂糖を忘れてたことに気がつき、再びキッチンへ歩いていく。


「あら?」


 うららが戻ろうとした時、床に雫型をした石が落ちているのを見つけた。手のひらサイズで宝石のようにキラキラと輝いている。母親の落とし物だろうか、不審に思いながらも自分のポケットに入れた。

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